日本全国の美術館・博物館の
コレクションを見に行くシリーズ第14弾は、
続・東京都現代美術館。
前回の訪問時、時間が足りなくて
全フロアを拝見できなかったので、
「もう一回!」取材させていただきました。
「歩く、赴く、移動する」というテーマの
1階のコレクション展を
前回とおなじく水田有子さんが、
3階の特集「横尾忠則―水のように」を
藤井亜紀さんが、
やさしくおもしろく教えてくださいました。
担当は「ほぼ日」奥野です。どうぞ。
- ──
- うわ、ずいぶん大きな‥‥っていうか、
長い作品ですけど、絵巻物ですか。
- 水田
- はい、1911年生まれの版画家、
藤牧義夫の作品です。
今回、版画作品も展示していますが、
こちらは絵巻。
本格的な美術教育は受けていないのですが、
幼少時から画才があった人で。
ただ、24歳のときに
失踪してしまったんですけれども。
- ──
- そうなんですか。そんな若くして。
- 水田
- 恩地孝四郎らによる版画集
『新東京百景』もそうですが、
明治末期から昭和初期へかけての時期に、
創作版画のブームが興りました。
藤牧もそうした時代の中、
版画を中心に活躍を見せていましたが、
この作品は、
失踪直前に隅田川の両岸をとらえた、
白描(はくびょう)の風景画なんです。
- ──
- へええ‥‥すごい長いんですね。
- 水田
- じっくり見ていただきたいんですけど、
とってもおもしろいんですよ。
江戸時代の街並みを残す風景もあれば、
近代的な建物や橋が描かれていたり、
いろんな「東京」が混在してるんです。
- ──
- あ、白髭橋だ。
- 水田
- はい。
関東大震災後の昭和6年にできた橋ですね。
こうして風景を追っていくと、
川沿いを歩いているような、
穏やかな風景に魅了されます。
でも、じっくり見ていると、
この白髭橋のように
広角でパースをつけて描かれている箇所もあれば、
望遠で捉えられている箇所もあり、
高いところや、低いところ、遠近など、
視点も本当に様々なところ描かれていて、
ちょっと不思議な感覚にもとらわれます。
- ──
- でも「つながっている」わけですよね。
描かれた風景としては。
- 水田
- そうなんです。
- 2020年に東京で閉廊した「かんらん舎」の
大谷芳久さんという方が、
藤牧義夫について詳細に研究した
『藤牧義夫眞偽』(学藝書院、2010)
というご著書を
出していらっしゃるんですね。
そこに、この部分は地図のこの地点で、
こういう画角で描いていたのではないかという、
作品の詳細な分析図が載っています。
- ──
- 単なる散歩者の視点だけじゃなくて、
広角レンズの視点とか、
ドローンみたいな俯瞰的な視点が
いろいろと組み合わされている、と。
- 水田
- ずっと対岸を眺めていた視点から、
次の瞬間にはその対岸に渡って、
さらにその向こう側を眺めていたりするんです。
でも、描かれた風景としては
シームレスにつながっている。
映像を編集するように描いていると
大谷さんは指摘されています。
- ──
- こういったものを、失踪直前に描いた。
- 水田
- はい。藤牧が残した絵巻の4点のうち、
当館では3点を所蔵しています。
今回、展示しているのはこちらの2点。
隅田川の両岸を描いた作品です。
1点で16メートルくらいあるので、
2点では30メートルを超えますね。
- ──
- え、じゃあ、4本ぜんぶ合わせたときは、
《鳥獣戯画》4巻44メートルより、
横山大観の《生々流転》40メートルより
長いってことですか。 - 横山さんのはひと巻きで、ですけれど。
- 水田
- 4つの絵巻すべてが
風景として繋がるわけではないのですが。
この2点では、先ほど見た白髭橋から
江戸期からある三囲(みめぐり)神社までを
ひと続きでたどっています。
- ──
- 白髭橋のあたりとかも
何度か歩いたことはありますけど、
実際の風景と比べると、
ああ、ここってここかあみたいな、
腑に落ちる感じもあるんですかね。
- 水田
- ええ、そういうところもあれば、
今ではすっかり
風景が変わっているところもありますね。
- ──
- 空が余白になっているというか、
何にも描かれてないのがいいですね。 - 当時は、まだ高い建物とかもなくて、
空が高かったのかなあ。
アドバルーンみたいなのも飛んでる。
- 水田
- 余白が編集の鍵でもあります。
本当に目の奪われる細部に溢れた作品ですよね。
- ──
- ああ、松本竣介さん。好きな作家です。
- 水田
- あ、そうでしたか。
- 松本は当時靉光などと
「新人画会」というグループをつくって
活動していたんですが、
こちらは、
戦争中の東京の風景を描いたデッサン。
前回、来ていただいたときにも
展示していたものです。
- ──
- 戦争に反対していたんですよね。
- 水田
- 「抵抗の画家」と言われることも
ありますね。
戦時中も東京の風景、
ニコライ堂なんかもよく描いてます。
- ──
- 実家の近くの群馬県桐生市にある
大川美術館に
《ニコライ堂の横の道》という
作品があって、
何だか雰囲気がすごく好きなんです。 - そうか、あれもこの時期の作品。
- 水田
- こちらはその少しあと、
戦後の桂ゆきのスケッチです。
当館が、「桂ゆき資料一括」として
まとめて収蔵したものを、
いま整理していて、
その中からいくつかご紹介しています。 - 戦時中、母親は
疎開して東京から離れたのですが、
桂は父親と東京に残っていた。
そのとき身近にある風景を描いていたんです。
- ──
- さまざまな作家たちが、
それぞれの視点で東京を残していた。 - 何だか感動しますね‥‥。
- 水田
- そうですよね。
- ──
- でも、こうして見ているとやっぱり、
同じ東京を描いても、
松本竣介は松本竣介らしい感じだし、
桂ゆきは桂ゆきらしいですね。
当たり前のことかもしれませんけど。
- 水田
- それぞれの視点、それぞれの描き方。
さまざまな作家たちの眼差しが、
時を超えて、
東京という都市で交差している様子も、
浮かび上がってきます。
- ──
- 本当に。
- 水田
- こちらは占領下の銀座の風景ですね。
建物に「東京PX」と書かれた看板がありますよね。
当時、銀座の和光などのデパートが接収されて、
米軍の兵士向けの売店になっていたんですよ。
- ──
- えっ、そうなんですか。知らなかった!
(つづきます)
2024-03-02-SAT
-
今回、取材させていただいている
MOTコレクション
「歩く、赴く、移動する 1923→2020/
特集展示 横尾忠則―水のように/
生誕100年 サム・フランシス」
の会期は、3月10日(日)まで。
記事を読みながら展示室をまわると、
いっそうおもしろいし、理解が深まると思います。
開場時間など詳しくは展覧会ページでご確認を。
なお、東京都現代美術館のコレクション展示、
次会期は
「歩く、赴く、移動する 1923→2020/
Eye to Eye-見ること」展
と題して、4月6日(土)からスタートします。
1階「歩く、赴く、移動する 1923→2020」も
いくつかの展示替えがあるとのこと。
また、オラファー・エリアソンの
《人間を超えたレゾネーター》も、
コレクション展では初展示されるとか。
また、3階の「Eye to Eye-見ること」展では、
アレックス・カッツやリキテンスタイン、
そして中園孔二さんの作品も展示予定だそう。
こちらも楽しみです!本シリーズの第1回「東京国立博物館篇」から
第12回「国立西洋美術館篇」までの
12館ぶんの内容を一冊にまとめた
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紹介されているのは、
東京国立博物館(本館)、東京都現代美術館、
横浜美術館、アーティゾン美術館、
東京国立近代美術館、群馬県立館林美術館、
大原美術館、DIC川村記念美術館、
青森県立美術館、富山県美術館、
ポーラ美術館、国立西洋美術館という、
日本を代表する各地の美術館の所蔵作品です。
本という形になったとき読みやすいよう、
大幅に改稿、いろいろ加筆しました。
各館に、ぜひ連れ出してあげてください。
この本を読みながら作品を鑑賞すれば、
常設展が、ますます楽しくなると思います!
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