日本全国の美術館・博物館の
コレクションを見に行くシリーズ第14弾は、
続・東京都現代美術館。
前回の訪問時、時間が足りなくて
全フロアを拝見できなかったので、
「もう一回!」取材させていただきました。
「歩く、赴く、移動する」というテーマの
1階のコレクション展を
前回とおなじく水田有子さんが、
3階の特集「横尾忠則―水のように」を
藤井亜紀さんが、
やさしくおもしろく教えてくださいました。
担当は「ほぼ日」奥野です。どうぞ。

 

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第3回 ルポルタージュ絵画と清澄白河。

水田
続いては「現場に赴く」という章で、
「ルポルタージュ絵画」を描いた
作家たちを中心に、紹介しています。
 
1945年にはようやく戦争が終わりますが、
犯罪や飢餓など
社会的な問題が山積している状況で、
たくさんの民衆運動が起こっていました。
1952年の
サンフランシスコ講和条約の締結で
日本の主権は回復しますが、
米軍基地が
600以上も残された現状に対して、
各地で基地反対運動が起こっていたり。
──
はい。
水田
そうした時代の中、
多くの若い作家たちが、さまざまな運動、
政治的、社会的な事業の現場に赴いては、
それらを取材して絵画に描いてるんです。
──
それが、ルポルタージュ絵画ですか。
社会に対する問題提起や批判を
テーマにしている、と。
水田
はい。たとえばこちらは、
池田龍雄先生の《網元》という作品です。
──
このおじさんが、網元さん?
何かちょっと、ふしぎな表情ですね。
(池田龍雄《網元》は、こちら
水田
ええ。1950年代、
石川県の内灘という海沿いの地域で、
米軍試射場への反対運動が起きます。
池田もその現場へ、
作家グループ「エナージ」の仲間と
一緒に向かうんですけれども、
この網元の人物、よく見ると
首にロープが巻かれているんですよ。
──
あ、ほんとだ。グルグル巻き‥‥。
水田
そして、手で船を差し出しています。
──
うわあ、そういうことか‥‥!
水田
つまり漁場を差し出すことによって
補償金はもらえるけど、
反対闘争している漁師たちの生業や、
漁場は奪われてしまう‥‥
現実に引き裂かれる複雑な立場を
描き出しています。
 
ここに作品がある尾藤豊も、
同1953年、
ダム建設反対運動が起きていた小河内村で
山村工作隊に参加しました。
その翌年、そうした若い作家たちが
「青年美術家連合」(青美連)という
グループをつくって連帯し、
作品を発表していきます。
──
なるほど‥‥代表的な作家というと、
さっきの池田さんや、
こちらの尾藤さんになるんですか。
水田
こちらの中村宏先生も。
今回は、新聞、雑誌や資料をもとに
「血のメーデー」を
あとから題材として描いた《革命首都》を
展示していますが、
ルポルタージュ絵画としては
在日米軍の立川の飛行場への反対闘争を描いた
《砂川五番》が代表作です。
 
現在はお貸し出し中ですが、
次会期から、展示予定です。
(中村宏《砂川五番》は、こちら
──
朝倉摂さんの《群れ》。
これはつまり「野良犬」ってことですか。

朝倉摂《群れ》1954 朝倉摂《群れ》1954

水田
野良犬たちが連れ立っていますね。
骨をくわえていたり、
鋭い牙が見えていたり、
基調となるオレンジ色も、
強いインパクトで迫ってきますよね。
 
この不穏さが、戦争直後の状況を
象徴しているようにも見えます。
初期の朝倉は、日本画で
モダンな人物像などを描いてたんですが。
──
戦後という時代の中で、
作風が変わっていった‥‥んですか。
水田
新しい表現の展開を見せていきます。
 
朝倉は、さっきお話した「青美連」に
参加していたわけではないのですが、
画家仲間たちと、
各地の炭鉱や漁村に出向いていって
労働者の姿を描いたりしているんです。
──
時代とか社会の趨勢というものって、
やっぱり、多かれ少なかれ、
表現する人に影響を与えるんですね。
水田
同じ時代の空気のようなものも
感じますよね。
 
さて、次の章のタイトルは
「清澄白河を歩く」です。
数年前のリニューアル休館
(2016年~2019年)前後に、
地元地域との繋がりから生まれた、
「MOTサテライト」という企画がありました。
休館中に
地域のお店や施設を使わせていただいて
展示したり、とか。
──
なるほど。
水田
それを機に収蔵された作品を中心に、
今回コレクション展で
はじめて展示する作品を集めて、
ひとつのセクションを構成しました。
 
具体的には、清澄白河を描いた作品。
地元の人たちにとっては、
すごく身近に感じる作品ばかりです。
──
ええ、うれしいでしょうし、
誇らしい気持ちにもなりそうですね。
水田
最初に一人だけ例外で
少し時代を遡るのですが、
中野淳という作家です。
 
新人画会で、松本竣介の作品を見て
非常に感銘を受けた作家で、
竣介の生前は、親しく交流し、
画家としての道を歩んでいきました。
──
中野淳さん。

中野淳《滅びゆく風景(木場)》1976 中野淳《滅びゆく風景(木場)》1976

水田
東京・下町の生まれで、
隅田川の風景を身近に感じていた
作家でもあります。
清らかだった少年時代と、
戦後の暗い記憶とを重ね合わせながら
「下町シリーズ」を残しました。
 
そして、1970年代にその集大成として
このへんにあった水路の貯木場、
「木場」としての、
失われゆく風景を
スケッチや油彩で残しています。
──
こっちの絵は‥‥抽象画っぽいですね。
これも「清澄白河」なんですか?
水田
こちらはクサナギシンペイさんの作品です。
クサナギさんは、
宮本輝さんの
『水のかたち』という連載小説の挿絵を
描いていたのですが、
その小説の舞台が清澄白河でした。
 
小説の挿絵を描くにあたり、
清澄白河のことを調べていくうちに、
あることに気づいたそうで。
──
あること。
水田
駅名は「清澄白河」ですが、
「清澄町」も「白河町」もあるのに、
「清澄白河町」という町名は存在しないと。
──
あ、そうなんですか。知らなかった。
人は清澄白河の名で覚えているのに。
水田
また、絵画というものも、
「清澄白河」という駅名のように、
現実と非現実の間にまたがるような、
「半透明の中間領域」なのではないかと。
そんなことを考えつつ、
これらの絵画を描かれたそうです。
 
この展示室の中だけでも、
いろんな人が清澄白河を描いていますが、
じっと眺めていると、
わたしたちの記憶とか、空想の中にある、
たくさんの風景が投影された
スクリーンのようにも感じます。
──
たしかに、そう言われてみると
「清澄白河」って感じがしてきました。
ふしぎなことに。
水田
ふふふ、そうですか?(笑)

クサナギシンペイ《荒野へ》2017 クサナギシンペイ《荒野へ》2017

(つづきます)

2024-03-03-SUN

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  • MOTコレクション 歩く、赴く、移動する 1923→2020/ 特集展示 横尾忠則―水のように/ 生誕100年 サム・フランシス 3月10日(日)まで開催中!

    今回、取材させていただいている
    MOTコレクション
    歩く、赴く、移動する 19232020
    特集展示 横尾忠則―水のように/
    生誕100年 サム・フランシス」
    の会期は、3月10日(日)まで。
    記事を読みながら展示室をまわると、
    いっそうおもしろいし、理解が深まると思います。
    開場時間など詳しくは展覧会ページでご確認を。
    なお、東京都現代美術館のコレクション展示、
    次会期は
    「歩く、赴く、移動する 1923→2020/
    Eye to Eye-見ること」展
    と題して、4月6日(土)からスタートします。
    1階「歩く、赴く、移動する 1923→2020」も
    いくつかの展示替えがあるとのこと。
    また、オラファー・エリアソンの
    《人間を超えたレゾネーター》も、
    コレクション展では初展示されるとか。
    また、3階の「Eye to Eye-見ること」展では、
    アレックス・カッツやリキテンスタイン、
    そして中園孔二さんの作品も展示予定だそう。
    こちらも楽しみです!

    書籍版『常設展へ行こう!』 左右社さんから発売中!

    本シリーズの第1回「東京国立博物館篇」から
    第12回「国立西洋美術館篇」までの
    12館ぶんの内容を一冊にまとめた
    書籍版『常設展へ行こう!』が、
    左右社さんから、ただいま絶賛発売中です。
    紹介されているのは、
    東京国立博物館(本館)、東京都現代美術館、
    横浜美術館、アーティゾン美術館、
    東京国立近代美術館、群馬県立館林美術館、
    大原美術館、DIC川村記念美術館、
    青森県立美術館、富山県美術館、
    ポーラ美術館、国立西洋美術館という、
    日本を代表する各地の美術館の所蔵作品です。
    本という形になったとき読みやすいよう、
    大幅に改稿、いろいろ加筆しました。
    各館に、ぜひ連れ出してあげてください。
    この本を読みながら作品を鑑賞すれば、
    常設展が、ますます楽しくなると思います!
    Amazonでのおもとめは、こちらです。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館

    007 大原美術館

    008 DIC川村記念美術館篇

    009 青森県立美術館篇

    010 富山県美術館篇

    011ポーラ美術館篇

    012国立西洋美術館

    013東京国立博物館 東洋館篇

    014 続・東京都現代美術館篇