日本全国の美術館・博物館の
コレクションを見に行くシリーズ第14弾は、
続・東京都現代美術館。
前回の訪問時、時間が足りなくて
全フロアを拝見できなかったので、
「もう一回!」取材させていただきました。
「歩く、赴く、移動する」というテーマの
1階のコレクション展を
前回とおなじく水田有子さんが、
3階の特集「横尾忠則―水のように」を
藤井亜紀さんが、
やさしくおもしろく教えてくださいました。
担当は「ほぼ日」奥野です。どうぞ。

 

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第5回 移動そのものが作品になる。

水田
こちらは、アイスランド系デンマーク人の作家、
オラファー・エリアソンの作品です。
 
2020年に当館で開催した個展を機に、
収蔵した作品のひとつです。
──
最近、開館したばかりの
麻布台ヒルズのギャラリーでも
個展をやってましたね。
水田
はい。国立新美術館のテート美術館展でも、
作品をご覧になったかもしれません。
──
見ました。最後の最後に、
天井から吊り下がっていた巨大な作品とか。
水田
テート展にも出品されていましたが、
色や光で知覚の仕組みを問いかける作品などを
発表してきた作家です。
 
また彼は近年、環境問題、気候変動に意識をむけ、
自身の立ち上げたスタジオでも、
「サステイナブル」な未来を見据えた活動を
展開しています。
──
そうなんですね。
水田
当館での展覧会では、
ベルリンにあるスタジオから
ここ東京都現代美術館まで、
なるべく二酸化炭素を排出しないように
作品を輸送しよう、と。
通常の展示では
飛行機で空輸することが多いんですけど、
鉄道や船、車などを使って‥‥。
──
えっ、すごい時間がかかりますよね?
ひゃー。
水田
ほぼ一ヵ月かけて。
そのとき、輸送用の木箱、クレートの中に、
ドローイングマシンを入れていました。
輸送の際の振動などによって、
ボールペンのペン先が動く仕組みです。
 
ここにあるのが、それによって生まれた作品。
ベルリンのスタジオから出発して、
ポーランド、ロシア、中国‥‥日本と、
移動の軌跡が、
「一本の線」で置き換えられているんですよ。
──
うわー、おもしろい。
水田
ここまで紹介してきた作品は、
作家自身が歩いたり、移動したりすることで
つくられた作品でしたが、
これは、
移動そのものが作品化されているんです。

オラファー・エリアソン《クリティカルゾーンの記憶(ドイツ-ポーランド-ロシア-中国-日本)no. 1-6》2020 Photo: Kazuo Fukunaga © Olafur Eliasson オラファー・エリアソン《クリティカルゾーンの記憶(ドイツ-ポーランド-ロシア-中国-日本)no. 1-6》2020 Photo: Kazuo Fukunaga © Olafur Eliasson

──
出発の時点では真っ白だったところに、
この作品がたどった
陸路と海路の軌跡が刻まれている、と。
到着した時点で完成するというのも、
おもしろいです。
水田
さて、1階最後の章では、
「想像/創造の歩みと飛翔」というテーマで、
ふたりの作家に注目しています。
 
まず、1908年生まれの末松正樹という画家です。
第一次大戦後にドイツで興った舞踊、
「ノイエ・タンツ」に関心を持ち、
1939年に渡欧したのですが、
第二次世界大戦のさなか、
フランスから中立国スペインへ逃れる途中、
敵性人として捕まり投獄され、
のちにはホテルで軟禁生活を送った人です。
──
はい、末松正樹さん。

末松正樹《1945.1.26-27》1945 末松正樹《1945.1.26-27》1945

水田
そうして移動の自由を奪われた状況の中、
末松が描いていたのが、こちらです。
画面上を線が踊るように
たくさん引かれていますが、
こうした
抽象化された群舞する人々のデッサンを、
何百枚も描いたそうです。
──
つまり、自由な移動が制限される中で、
「踊り」という、
身体を動かす自由に焦点を当てている。
水田
そうですね。
そして最後に、福田尚代さんの作品。
 
福田さんは、本や文房具を素材にして、
作品を制作している方です。
わたしたちは、
実際に自分の身体で空間を移動するだけじゃなくて、
読書を通じて、
その本の中の物語世界をめぐったりもしますよね。
──
はい、ときに大冒険します。
水田
そこで、想像力の歩みというテーマ、
また福田さんのやりとりから
「飛翔」という言葉も章タイトルにいただいて、
今回、〈本に刺繍〉のシリーズを
展示していただきました。
 
福田さん自身、本が好きで、ちいさなころから
とても親しみを持って接していた、と。
ここでは、そんな大切な「本」のページが、
大胆に切り落とされていたり、
ところどころに
玉結びの刺繍がほどこされたりしているんです。

福田尚代《『ロビンソン漂流記』》2003 Photo: Ichiro Otani 福田尚代《『ロビンソン漂流記』》2003 Photo: Ichiro Otani

──
先ほど写真が展示されていた
石川直樹さんがまさにそうなんですが、
角幡唯介さんとか、
冒険家・探検家と呼ばれる人たちって、
読書家が多い気がします。
北極冒険家の荻田泰永さんなんか、
本屋さんをやってらっしゃるくらいで。
水田
ええ、そうですよね。
このロビンソン・クルーソーの物語も
石川さんがお好きで
子どものころ読まれていたと本で読んだので、
展示室間に繋がりを結ぶように、
冒頭に少し印象的に展示してみました。
──
ああ、なるほど。
水田
本って、冒険や探検、世界へ出かけるときの
出発点やきっかけに
なるようなものにもなったりするわけで。
──
冒険する人って、
頭のなかでも冒険してるんだなあって
いつも思ってました。
水田
本当に。本もそうですが、
コロナ禍など、
たとえ移動の自由が奪われたりするなかでも、
想像力をもって
歩いたり飛翔したりもできるんじゃないかと、
そういう気持ちで。
──
いやあ、おもしろいですね。
水田
このあとは、
まず3階のサム・フランシスを見て、
そのあと、
横尾忠則さんの展示をご紹介します。
──
はい。サム・フランシスさん。
水田
2023年が
サム・フランシスの生誕100年で、
その記念として、
当館に寄託されている
サム・フランシスの大作を展示しました。
 
4点すべてをお見せするのは久々です。
──
わあ、大きい! この方は‥‥。
水田
カリフォルニア生まれの抽象表現主義の画家です。
 
第二次世界大戦中、
陸軍航空隊に属していたのですが、
1944年に事故で脊柱を損傷し、
しばらく動けない状態だったんです。
そのとき一種のセラピーとして、
水彩の絵を描くようになったんだそうです。
アンフォルメルの時代にパリで注目されましたが、
のちに故郷、カリフォルニアに戻り、
大きなスタジオの床にカンヴァスを広げて、
こうした大作を描くようになりました。

──
DIC川村記念美術館には
マーク・ロスコの巨大な壁画に囲まれる
専用ルームがありますし、
青森県立美術館では、
シャガールの舞台背景画《アレコ》全4幕が、
いま、まとめて見られますよね。
四方を大きな作品に取り囲まれるという
この感覚って、
独特の緊張感に満ちているというか‥‥
静かにドキドキする感じがありますよね。
水田
はい。水をたっぷり含んだ
アクリル絵の具で引かれたラインが
画面をゆるやかに上下して、
独特の浮遊感もありますよね。
 
こちらの4点は約1年間展示したのですが、
息が詰まるようなコロナ禍でも、
この作品の前では、
深呼吸したくなるような気持ちに、
なってもらえたらいいなと思って。

サム・フランシス
(左から)《無題(SFP85-110)》《無題(SFP85-95)》《無題(SFP85-109)》1985
寄託(アサヒグループジャパン株式会社所蔵)MOTコレクション展示風景 Photo: Masaru Yanagiba サム・フランシス (左から)《無題(SFP85-110)》《無題(SFP85-95)》《無題(SFP85-109)》1985 寄託(アサヒグループジャパン株式会社所蔵)MOTコレクション展示風景 Photo: Masaru Yanagiba

(つづきます)

2024-03-05-TUE

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  • MOTコレクション 歩く、赴く、移動する 1923→2020/ 特集展示 横尾忠則―水のように/ 生誕100年 サム・フランシス 3月10日(日)まで開催中!

    今回、取材させていただいている
    MOTコレクション
    歩く、赴く、移動する 19232020
    特集展示 横尾忠則―水のように/
    生誕100年 サム・フランシス」
    の会期は、3月10日(日)まで。
    記事を読みながら展示室をまわると、
    いっそうおもしろいし、理解が深まると思います。
    開場時間など詳しくは展覧会ページでご確認を。
    なお、東京都現代美術館のコレクション展示、
    次会期は
    「歩く、赴く、移動する 1923→2020/
    Eye to Eye-見ること」展
    と題して、4月6日(土)からスタートします。
    1階「歩く、赴く、移動する 1923→2020」も
    いくつかの展示替えがあるとのこと。
    また、オラファー・エリアソンの
    《人間を超えたレゾネーター》も、
    コレクション展では初展示されるとか。
    また、3階の「Eye to Eye-見ること」展では、
    アレックス・カッツやリキテンスタイン、
    そして中園孔二さんの作品も展示予定だそう。
    こちらも楽しみです!

    書籍版『常設展へ行こう!』 左右社さんから発売中!

    本シリーズの第1回「東京国立博物館篇」から
    第12回「国立西洋美術館篇」までの
    12館ぶんの内容を一冊にまとめた
    書籍版『常設展へ行こう!』が、
    左右社さんから、ただいま絶賛発売中です。
    紹介されているのは、
    東京国立博物館(本館)、東京都現代美術館、
    横浜美術館、アーティゾン美術館、
    東京国立近代美術館、群馬県立館林美術館、
    大原美術館、DIC川村記念美術館、
    青森県立美術館、富山県美術館、
    ポーラ美術館、国立西洋美術館という、
    日本を代表する各地の美術館の所蔵作品です。
    本という形になったとき読みやすいよう、
    大幅に改稿、いろいろ加筆しました。
    各館に、ぜひ連れ出してあげてください。
    この本を読みながら作品を鑑賞すれば、
    常設展が、ますます楽しくなると思います!
    Amazonでのおもとめは、こちらです。

    常設展へ行こう!

    001 東京国立博物館篇

    002 東京都現代美術館篇

    003 横浜美術館篇

    004 アーティゾン美術館篇

    005 東京国立近代美術館篇

    006 群馬県立館林美術館

    007 大原美術館

    008 DIC川村記念美術館篇

    009 青森県立美術館篇

    010 富山県美術館篇

    011ポーラ美術館篇

    012国立西洋美術館

    013東京国立博物館 東洋館篇

    014 続・東京都現代美術館篇