こんにちは、「ほぼ日」の奥野です。
初の長編アニメーション作品
『ONI』を完成させた堤大介監督に
久々にお会いして、話しました。
作品について、
作品がうまれたきっかけについて、
そこに込めた思いなど、
じっくりと、おうかがいしました。
なお、このインタビューのすぐあとに、
『ONI』は、みごと、
アニー賞の2部門を受賞しました!
Netflixで配信されているので
未見のかたは、ぜひごらんください。
立川のPLAY! MUSEUMでは
トンコハウス・堤大介の「ONI展」も
開催されています!

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第2回 自分は他人と、何かちがう? そんなの平気だよ。

──
『ONI』の物語の核になるのは、
こうだろう‥‥と思っていたことが、
「崩れていく瞬間」だ、と。
そのこと自体は、大なり小なり、
誰の人生にも起こりうることですよね。
──
メインキャラクターのおなりの場合も、
「自分はこうだ、こうなりたいんだ、
こうであるはずだ」
と思っていたことが崩れていきますね。
ぼく自身の人生にも、
やっぱり、そういう経験がありました。
自分にとって当たりまえだったことが
一気に崩れていった最大の経験は、
アメリカへ渡って、
自分がマイノリティだって知ったとき。

──
高校卒業後の18歳で、ですね。
はい。移り住んだのは
ニューヨークの郊外だったんですが、
自分みたいな人はほとんどいなかった。
お店に入ったらジロジロ見られるし、
言葉もろくにしゃべれなかったし、
差別的なことを言われたりもしたし。
──
10代にとっては、大きな経験ですね。
日本に住んでいたときには、
マジョリティであるということさえ、
意識していませんでした。
一方で、いまのぼくの息子は、
アメリカで生まれたアメリカ人です。
でも、ぼくたち両親は日本人。
彼はジャパニーズアメリカンとして
アジア人もまばらな学校で、
どんな思いで生きているのかなって
想像してもみるんですが‥‥。
──
ええ。
彼に「マイノリティ」という感覚は
明確にはないと思うんです。
ちっちゃいころから、
当たり前に
そういう環境で生きてきてるので。
でも、何かを感じてはいると思う。
自分はやっぱり、
まわりとは少しちがうのかもって。
──
幼心に。親として、そう感じる?
はい。そんなことを考えていたとき、
『ONI』のコンセプトが
バチッと決まった‥‥んですよね。
つまり、「よそ者って何だろう、
未知の存在を怖がる、
自分とは異なる存在を恐れるって、
どういうことだろう、
そのあたりのことを
考えられる物語にしたいな」って。
──
考えられる、というと‥‥。
ぼく自身のマイノリティの感覚や、
息子が経験しているであろう
「なんかちがう?」という感覚を、
「そんなの平気だよ」って
思える作品になったらいいなって。
──
ああ‥‥。
ぼくが作品をつくるときの
「最初の観客」は、息子なんです。
まずは、息子に「おもしろい」と
思ってもらえる作品にしたいし、
何でもいいから
何かを感じてくれたらいいなあと、
そう思って、つくっているんです。
──
作品を見てると、伝わってきます。
なんとなく、ですけど。
そういう作品になっていなければ、
他の人には、
絶対に届かないと思ってもいます。
まずは、いちばん身近な人、
自分のいちばんだいじな人たちに、
何かを感じてもらえること。
──
それ、ピクサー以来の考え方ですね。
そう、あれだけたくさんの人たちに
見られているピクサーも、
まずは、
身近な人によろこんでもらおう、
いちばん愛する人のためにつくろう、
そう思いながら、つくっています。
だから、いまでもそういう気持ちで、
ぼくは作品をつくっているんです。

──
堤さんは、悲しい思いをしても、
アメリカが好きなんだと思うんです。
だって、
ずっとアメリカにいるわけですから。
でも、やっぱり
いつか日本の作品をつくりたいって、
思ってくれてたってことが、
なんだか日本人としてはうれしくて。
やっぱりアメリカで暮らしていると、
自分のアイデンティティを
否が応でも意識せざるを得ないので、
日本人としてのプライドとか、
誇りとか、
日本を思う気持ちみたいなものって、
日本に住んでいたときよりも
確実に強くなってると思うんですね。
へんな言い方ですが、
自分はアメリカで生きてるからこそ、
日本人なんだ‥‥というか。
──
遠きにありて、実感するもの。
日本にはもっと素敵であってほしい、
という気持ちも、だから、強いです。
「日本が好き=今の日本ぜんぶOK」
じゃなくて、
「日本のここ、おかしくない?」
という部分も当然見えてくるんです。
──
以前、画家の藤田嗣治さんの
人物伝のような本を読んだんですね。
ええ。
──
その本によると、
藤田さんって、若いときに渡仏して、
あちらで成功して、
いちやく有名人になったんだけど、
当時の日本の美術界には、
なかなか認めてもらえなかった、と。
でも、第二次大戦のとき帰国して、
従軍して
ものすごい戦争画を描いて称賛され、
陸軍美術協会の理事長に推挙されて、
でも、そのために戦後、
戦争協力者の扱いを受けてしまった。
そうなんですか。
──
戦後は、フランスへ戻って
最終的にフランスの国籍を取得して、
二度と日本へ帰ってくることなく、
フランス人として、亡くなるんです。
その本に書かれていたことが、
どれくらい事実に即しているのかは
判断がつかないんですが、
よくも悪くも、一人の人間にとって、
国や出身地というものの大きさを
感じざるをえなかったと言いますか。
いや、そう思います。本当に。
ぼくが通っていた小学校では、
太鼓や民舞がさかんだったんですが、
そのときの記憶が、
ずっと心のなかに残っているんです。
──
あ、「わっしょい、わっしょい」?
そう。『ONI』に出てくる掛け声、
あれは、
小学校時代の太鼓や民舞の掛け声で、
「そうだ、あれでいこう!」
なんてとくに思わずに、
もう、自然に出てきたものなんです。
──
そうだったんですか。
アメリカにいると当たり前のように、
ルーツの会話になりますし。
アメリカ生まれのアメリカ人でも、
おじいちゃんがギリシャ人だったら、
わたしはギリシャ人よとか言うし。
──
そこまで意識してるんですね。
ルーツ、というものを。
神さまに対する日本人の考え方って、
西洋からすると、
すごく独特な考え方らしいんです。
神さまと人間との境界の曖昧さ、
神さまと鬼や妖怪との境界の曖昧さ。
西洋って、どうしても
正義と悪、白と黒をわけがちなので。
──
ええ。
その点、日本人であるぼくがつくった
『ONI』では、
神さまも鬼も妖怪も人間も、
ごっちゃごちゃに混ざっているんです。
意識してそうしたわけでなく、自然に。

──
そのあたりの物語構成にも、
日本人としての堤さんの「ルーツ」が。
関わっていたのかなあって、思います。
たぶん‥‥それぞれの人のルーツって、
自分の家族の歴史をたどるための
ひとつのツールであって、
それぞれの人を
わけ隔てるものじゃないと思うんです。
──
なるほど‥‥そのことと
どこか関係していると思うんですけど、
堤さんがつくる物語って、
ただひとつの答えを提示していない、
どんなふうに受け取ってもいい、
どう感じるかはその人自身に委ねる、
そういうところがあると思うんです。
『ダム・キーパー』もそうだったし、
今回の『ONI』も、まさにそうだし。
ええ。
──
いろんなことを感じることのできる
物語だなあと思うんですが、
個人的には、
「自分の中の闇と、どう向き合うか」
という問題意識を感じました。
それは『ダム・キーパー』のときにも
大きなテーマでしたね。
闇や悪というものは、
かならずしも外側にあるんじゃなくて、
それは自分自身の内側にもあって、
最後の最後、結局は
自分自身との闘いになるんだっていう。
──
風車を止めちゃうブタくん‥‥
『ダム・キーパー』の主人公ですけど、
彼もまさに自分自身と闘っていました。
今回の『ONI』のお話でも
「自然と共生できない人間が悪いんだ」
という結末にすることだって、
まあ、できるっちゃできるんですけど。
──
はい。ある意味で、わかりやすく。
それは、どうしてもやりたくなかった。
「人間が悪いよね」で終わったら、
どこにも、何にも繋がらないというか。
そのためには、「答え」は、
作品のなかに出しちゃいけないな、と。
答えを出すんじゃなくて、
ぼくは、
みんなで、一緒に考えてみたいんです。

(つづきます)

2023-03-14-TUE

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  • 祝・アニー賞2冠!

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    アメリカのアニー賞を、
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    ぜひ、足をお運びください。
    『ONI』の作品視聴は、こちらから。
    展覧会のHPは、こちらからどうぞ。
    (写真は盟友ロバート・コンドウさんと)