2021年に誕生して、2年。
肌とメイクと道具のトータルビューティーブランド
「シンクー(Shin;Kuu)」を
岡田いずみさんと「ほぼ日」が立ち上げるさい、
岡田さんから「ぜひ、パッケージデザインはこの方に」と
提案があったのが、アートディレクターの三澤遥さんでした。
三澤さんがデザインに携わった背景には、
岡田さんが伝えた「ある言葉」があったといいます。
そして製作に入ってからも、
ふたりはたくさんの言葉のキャッチボールをしながら、
パッケージをつくっていきました。
いままで語られることのなかった
シンクーのデザインの過程、
そして三澤遥さんのクリエイションについて、
岡田いずみさんが迫ります。
全5回、どうぞおたのしみください!

>三澤遥さんのプロフィール

三澤遥(みさわ・はるか)

デザイナー。
1982年群馬県生まれ。
武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科卒業後、
デザインオフィスnendoを経て、
2009年より日本デザインセンター
原デザイン研究所に所属。
2014年より三澤デザイン研究室として活動開始。
ものごとの奥に潜む原理を観察し、
そこから引き出した未知の可能性を視覚化する試みを、
実験的なアプローチによって続けている。
主な仕事に、水中環境を新たな風景に再構築した
「waterscape」(2015年)、
かつてない紙の可能性を探求した「動紙」、
国立科学博物館の移動展示キット「WHO ARE WE」、
穏岐ユネスコジオパーク泊まれる拠点
「Entô 」のアートディレクション、
上野動物園の知られざる魅力をビジュアル化した
「UENO PLANET」がある。
著書に『waterscape』(出版:X-Knowledge)。

>岡田いずみさんのプロフィール

岡田いずみ(おかだ・いずみ)

ヘアメーキャップアーティスト。
福岡県出身。実家が化粧品店を営んでおり、
幼い頃から美容の世界に囲まれて過ごす。
資生堂の企業誌『花椿』に感銘を受け、
ヘアメーキャップアーティストを志す。
美容師経験を経て、資生堂に入社。
ヘアメーキャップアーティストとして、
広告ビジュアル、商品開発、トレンド解析・予測、
美容教育のほか、東コレ、パリコレなど、
ファッションショーにも参加する。
2005年にフリーランスに転身。
広告、テレビ、雑誌など、
さまざまなフィールドで活躍を続け、
2020年にシンクーのディレクターに就任。
長年のキャリアから育まれた審美眼を生かし、
サイズ感からデザインまで心を配った
ストレージバッグ&ポーチブランド
「MAY TWELVE」も手がけている。

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その4 三澤さんの原点といま

岡田
「デザイナーの三澤さん」は、
いったいどんなところから生まれたんでしょう。
私、とても興味があって。
三澤
私は、父親と母親の両方が小学校教師でした。
父親が図工の専門なんです。
今の仕事につながるきっかけは、
高一の時、誕生日プレゼントに
電動糸鋸をもらったことかもしれません。
岡田
え、電動糸鋸? 
それは、なかなかの‥‥(笑)。
三澤
そして次の年には小屋が家の庭にきました。
音がうるさいのでこの中で作業しなさい、って。
岡田
小屋! ‥‥小屋。
三澤
そう、小屋が来たんです。クレーンで吊られて。
そこでガンガンと音を出しながら作ってました。
岡田
(目を見開いて)小屋。作業小屋。
三澤
(笑)彫刻刀やナイフの持ち方や木の削り方は、
小さい頃から父親に教わったりしていました。
おもちゃやゲームを買ってもらえず、
父親作の紙工作でビー玉を転がしてあそんだり、
それを自分でさらに改造したり。
父は、生徒が描いた絵の恐竜をこっそり木で作ってあげて、
学校の教室や廊下に並べて、
子どもたちを驚かしたりとかしてたみたいです。
そういうことを楽しむ人でした。
岡田
そんな先生だったら、
子どもたちはさぞ、うれしかったでしょうね。
三澤
そうかもですね。
他にも、教室の椅子の板を張り替えて、
何十脚が全て揃う背板と座板の椅子を作ったりとか。
そういうことを高校生や大学の頃に見たり聞いたりしていて。
私もかなり影響を受けたかもしれません。

岡田
私の実家が化粧品店だというのと、
ちょっと似てるところがありますよね。
小さい時から見てきたものや、
素敵だなと思う瞬間が積み重なって、
今の仕事に繋がっていったんだろうなと思います。
三澤さんの視点は、
やっぱりお父様の影響っていうのが‥‥。
三澤
大きい気がします。
母親も編み物が趣味で、手がとても器用ですし、
祖父も伊勢崎銘仙(*)の染めの職人でした。
そういうものづくりみたいなものが、
‥‥当時は「ものづくり」とは思ってなかったですけれど、
普通に、日常の中にありました。

(*)銘仙(めいせん)は、先染の糸を平織りした
かすりの絹織物。大胆な色、ポップでモダンな柄が特徴で、
カジュアルで手ごろな着物として
大正期から昭和初期に大流行しました。
伊勢崎は、秩父、足利、八王子、桐生とならぶ
五大産地のひとつに数えられています。
現代でもヴィンテージ着物の代表として人気があります。

岡田
三澤さんのデザインを見ていて不思議に思うのが、
作っているのは小さな世界なはずなのに、
自由な、広い世界を感じることです。
あの「waterscape」のプロジェクトも、水槽のなかで
魚が自由で伸びやかに泳いでいる感じがしますよね。
ミニマムなところに目を向けているのだけれど、
気持ちはその先に広がっている。
そこがすごくいいな、って。
三澤
ありがとうございます。
あの水槽も、一滴のちっちゃな水滴が
もし大きかったとしたら? 
‥‥と想像しながら作ってます。
砂漠のオアシスのようなイメージで。
水槽って、四角や円柱のイメージがありました。
直線がひとつもない、
すべてが曲線でできた環境を作ったらどうなるかな? 
っていうことから、考えてみたんです。
岡田
どうして曲線だけって思ったんですか?
三澤
スーッ、スーッ、っていうお魚の伸びやかな動きって、
直線的だったり直角的ではないと感じたんです。
そのゆるやかな弧のような柔らかい動きと、
水槽のラウンド的な形っていうのが
親和するかなと考えていきました。
お魚の気持ちは全く分からないんですけど、
「分かりたい」っていう思いは強くあって。
ある意味、コミュニケーションですよね、
試しに作ってみましたけどどうですか? って。
お魚に対して。
岡田
お魚の反応はどうだったんですか。
私から見るとすごく楽しそうに見えたけれど。
三澤
中がトンネルになっていて
砂の下を通れるタイプがあるんですが、
最初は行かないんですね。
でもしばらく時間が経つと、
周辺状況が徐々にわかってくるのか、
すっと通って行くんですよ。
魚って空間把握能力は人間より高いかも、
という調査結果もあるほどで。
そういう能力みたいなものが
数値で分かるわけではないのですが、
waterscapeに水中生物が出会った時に
見えてくるというか。
「ビジュアライズ」(visualize=視覚化する)
って言葉がありますけど、
そういうことを試してるんだと思います。
岡田
三澤さんの作品には「手触り」がありますね。
手で木を削っていくような作業に似てるというか、
掘り出していくみたいな感じが。

岡田
私は小さいころ絵本作家になりたくって、
実は今でもなろうとしてるんですけど。
三澤
私も憧れますね。
岡田
なりたいですよね! 三澤さん。
なんか絵本ってすごくシンプルで、
子どものものに見えるかもしれないけど、
大人になってもときどき私、
絵本を買いに行くんです。
子どもほど見抜きますよね。
好きとか嫌いとかはっきり言うし。
子どもたちが喜んでくれるものって、
いいなって思うんです。
三澤
私も買います。
岡田
やっぱり? 大人でも何か感じるものがある、
ずっとあるっていうのがすごい好きだな、
絵本はエバーグリーンだなって思っていました。
三澤さんとシンクーをやっていて、
そういう「わあ、同じ感覚!」が、
何度もあったんです。
そうそう、私、
『ぺぱぷんたす』(*)が大好きなんですけど、
三澤さんが出てきてすごい感動しました。

(*)『ぺぱぷんたす』
紙で遊びながら、想像力を膨らませて、
工夫したり創造する喜びを味わえる、
子ども向けの体験型ムック。

三澤
祖父江慎さんがアートディレクションを
担当なさっている本ですね。
岡田
「紙好きの子集まれ!」っていうものなんですよね。
その本の中で三澤デザイン研究室が作ったのが。
三澤
そう「ペパセイジン」っていう。(*)

(*)三澤デザイン研究所は「05」号に参加、
不思議な紙のいきもの「ペパセイジン」を発表しています。

写真 三澤デザイン研究室 写真 三澤デザイン研究室

写真 三澤デザイン研究室 写真 三澤デザイン研究室

岡田
うちの子どもも楽しそうに遊んでました、こうやって。
まだちっちゃかったからビリビリにしながら。
三澤
ビリビリでもうれしいです!
岡田
幼稚園のお仕事もされたんですよね。
輪っかでできた教室のサインが面白かった!
三澤
そうですね。
幼稚園の、かき組とかゆず組とか。
トイレのピクトグラムとかもみんな輪っか(*)。

(*)千葉県成田市の、玉造幼稚園のこと。

岡田
すっごく、かわいいんですよね。
いいアイデア!
三澤
うめ組とかさくら組とか、花の形を模して、
金属のパイプでサインを作ったんです。
でもうめだとはっきり分かる形であることが重要ではなくて。
なんとなくうめに見えるなってぐらいの形。
「なんかわかる」が作りたかったのかも。
文字ではない立体造形的言語みたいな。
大人にとっても、子どもにとっても、
コミュニケーションをフラットに形にしてみたくて。
岡田
認識できる。
三澤
はい、そうなんです。
子どもと文字以外でコミュニケーションを取るには
どうしたらいいかなと思って、考えました。
でも、子どもに寄せて、とか、子どもっぽい、とか、
そもそもそういう感覚を私が意識すること自体が
子どもに失礼なのかな、とか。
岡田
子どもっぽくはないですね。
三澤
輪っかを積み木みたいに積んだり重ねたり組んだり。
遊ぶような感覚でデザインを作ろうと。
それこそが、子どもの言語に近いんじゃないかな、と。
積み木でお城を作ったり、
果物の形を作ったりするのと一緒です。
岡田
子どもとの言語って面白いですね。
言葉で言ってもわからないことが、
オブジェやマークで解決すること、ありますものね。
園児が大人になったときに、
「うちの幼稚園、変わっててさ!」って、
こんなのあったんだよねって思い出してくれたら、
また、いいですよね。
三澤
そうなんです、はい。
さるすべり組とかすだじい組とか、
そういうクラス名がついているんですよ。
チームのコピーライターがすだじい組を命名した時には
渋すぎて‥‥これはいいと思いましたね。
園庭に生えてる植物がクラス名になっていて、
すだじいっていう木も実際にあるんです。
だから子どもたちが自分の組の「本物」を見に行ける。
自分のクラス名の植物を、
数年間、園にいる間は成長を見守ったり、
実が取れるものは先生たちと食べたり、
お花を部屋に飾ったり。
「すだじい組だった人」って、
大人になっても、周りに、多分いないと思うんです。
そこで将来のコミュニケーションも
活発になるかもしれない。
岡田
確かに!
三澤
そうなったら面白いかもね、って。

(つづきます)

2023-04-13-THU

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  • 写真 |北村圭介
    編集協力 |武田景
    編集 |武井義明(ほぼ日)