「どうすれば、自分を『大切に』できるのか?」
特集、第3弾です。
NHK Eテレで放送中の子ども番組
「アイラブみー」を監修なさっている
汐見稔幸先生にお話をうかがいました。
長年、教育と保育を研究してきた汐見先生。
「人はなにを学びたいのか?」
に改めて向き合ったとき、
幼いうちから、自分を大切にすることを知る
重要さが浮き彫りになったとおっしゃいます。
最終回では、
番組を立ち上げたプロデューサーの藤江千紘さんに、
制作を経て気づいたことをふまえて
自分を大切にするとはどういうことなのか、
いっしょに考えていただきました。
子ども、子どもだった人、子どもでも大人でもない人、
すべての「自分」をきっと勇気づけてくれるお話です。
担当は、ほぼ日の松本です。
汐見稔幸(しおみとしゆき)
1947年 大阪府生まれ。教育・保育評論家。
専門は教育学、教育人間学、保育学、育児学。
21世紀型の教育・保育を構想中。
保育についての自由な経験交流と学びの場である
臨床育児・保育研究会を主催。
同会発行の保育者による本音の交流雑誌
『エデュカーレ』の責任編集者もつとめ、
学びあう保育の公共の場の創造に
力を入れている。
一般社団法人家族・保育デザイン研究所代表理事、
東京大学名誉教授、
白梅学園大学名誉学長
(2018年3月まで同大学・同短期大学学長)、
全国保育士養成協議会会長、
日本保育学会理事(前会長)。
『子どもにかかわる仕事』
(岩波ジュニア新書、2011年)
『教えから学びへ 教育にとって一番大切なこと』
(河出新書、2021年)
『教えて! 汐見先生
マンガでわかる「保育の今、これから」』
(Gakken保育Books(学研)、2023年)
など、多数の著書を発表。
- ──
- 先生は「自己肯定感」という言葉を
日本で最初に使い始めた方だと
お聞きしているんですが‥‥
- 汐見
- はい、責任を感じています(笑)。
- ──
- 先生が自己肯定感という言葉を発信なさったときと、
いま現在の「自己肯定感」のイメージは、
変わってきていると思いますか。
- 汐見
- 「自己肯定感」という考え方そのものは、
いろんな意味やイメージが追加されて、
ずいぶん深まってきた感触があります。 - 僕が最初にその言葉を使ったのは、
各国の子どもたちに
「自分に自信を持っているか」とか
「自分という人間が好きか」といった質問をする
比較調査の結果を見たときに、日本の子どもだけ、
極端に低いデータになっていたことが
きっかけだったんです。
「これはなぜなんだろう」と思って。
- ──
- へえ、そうだったんですね。
- 汐見
- 日本では
「自分という人は、なかなかおもしろい人間だぞ」、
「誰々ちゃんっておもしろいね。
いいところがいっぱいあるね」、
といったことを感じる機会が
だんだんなくなってきているのかな。
全員同じ評価軸だけで評価されてしまって、
それ以外の、より個人的な要素は評価されないのが
問題なのかな‥‥などと考えたんです。 - そして、日本のデータが低いことを、英語では
「セルフエスティームが低い」と表していました。
日本語にするなら
「自分を肯定する感覚が弱い」という表現が
近いかなと思って
「自己肯定感が低い」と訳したんですね。 - だけどね、いまは
「自己肯定感」と表現したのは
よくなかったかもしれないと思ってるんです。
自己肯定感という言葉が、
あまりにもひとり歩きしちゃったから。 - そもそも、当時僕が見たデータの信ぴょう性も、
ちょっと怪しくなってきたんです。
というのも、アメリカや中国では、
子どもたちに対して、基本的に
「弱みを見せてはいけない」と教えるんですね。
だから「自信がない」なんて答えたら、
大人に何を言われるかわからない。
本当は、あんまり自信がなかったとしても、
自信がありますと答えなきゃいけない。 - なので、そのような教育の結果、
アメリカなどのデータが
日本より高く出ていたのは、
必然だったと考えられます。
日本では、反対に
「自信があります」なんて答えたら
「何生意気なことを言ってるんだ、
青二才のくせに」って言われそうですよね(笑)。
つまり、
自己肯定感というものが仮にあったとしても、
本当に国によってそれだけの差があるのか、
ということはわからないんです。
むしろ、各国の育児文化が反映されている
データとして見るのがいいかもしれません。
- ──
- はあー、なるほど。
- 汐見
- アメリカでも、
「自信をつけさせるためにどんどん褒める」
というやり方が、反省されつつあるらしいんです。
つまり、あまりにも褒めて褒めて育てると、
子どもが自分で
「本当は自分にそんなにすごい能力はないんだ」と
気づいたとき
「よっぽど自分の能力が低いから、こんなに褒めて、
落ち込まないようにしているんだ‥‥」
というふうに思い込んでしまって、
逆に自信をなくしてしまう。
- ──
- 日本と逆だけど、同じ悩みに行き着くんですね。
- 汐見
- そうですね。
もうひとつあって、褒めすぎると、
過度に偉そうに振る舞う子が、
一定数出てきてしまう。
だから、日本でも海外でも、
それぞれの教育文化に対する反省が出てきている
ということもあって、
いまはあんまり「自己肯定感が高いか低いか」
のレベルで考えることには
意味がなくなってきていると思います。 - 自分の意見を言うことが尊重されて、
人の意見もしっかり聞いた上で
意見を突き合わせていくという文化で育ったら、
自分を出すことに対して、
あまり緊張しないはずです。
なので、強いて言うなら
「自分の思っていることを気楽にできる」
という状態が、
現代での「自己肯定感が高い」
状態だといえるかもしれません。
- ──
- ああ、そうか。
誰かの意見が合っていて、
こっちは間違っている、とかではなく、
その人の意見をとにかく出すということが
大事なんですね。
- 汐見
- そうそう。
「意見が同じだったらつまらない、
意見が違うから、議論するのが楽しいんだ」
そういうふうに思える体験を、
小さいときからいっぱいしておけたらいいですね。
- ──
- 子どもに対して
「自分と違う人も認めなさい」とか
「自分も相手も大切にしなさい」って、
言葉で教えるより、
元からそのことを体感できる環境に
いさせてあげるということでしょうか。
- 汐見
- はい。
もっと言えば、その環境が一番、
民主主義にとって大事なことだと思います。
確立させていくのはなかなか難しいですが、
日本人全体の、
避けては通れないテーマだと感じています。
- ──
- 「自己肯定感」と似たような言葉に
「自尊心」がありますよね。
自尊心には、
「私は私であるだけで、いい存在なんだ」
と自身を認められる「本来感」と、
「私はこれが達成できたからいい存在なんだ」
と、何かを成し遂げることで自分を認められる
「随伴性自尊感情」の2種類があると
聞いたことがあります。
そして、どちらかというと、
「何もできなくても
自分は自分らしくいるだけでいいんだ」という
「本来感」のほうを育てたほうがいいと。
- 汐見
- 「自尊感情」も、自己肯定感と同じく
「セルフエスティーム」と訳すので、
大きな違いはありません。
自尊心の専門家によると、
0歳から2歳くらいの間に得られる自尊感情は、
周りの大人が
「その子どもが存在していること自体」を
肯定してあげることで育つんですって。
「危ないからやめなさい」だけじゃなくて、
できるだけその子のことをポジティブに見てあげる。
その子が何かつらい思いをしたとしたら、
「そのぐらいのことで泣くんじゃない」
と叱るんじゃなくて、
「ああ、痛かったね」と言って、
まずは気持ちを受け止めてあげる。 - でも、そもそも人間は、なぜそこまでして、
子どもに「自分は存在していていいんだ」という
安心感を与える必要があるのでしょうか?
- ──
- えーっ‥‥
言われてみれば、どうしてなんでしょう。
- 汐見
- 人間というのは、
ほとんどありとあらゆるものを殺して食べてきた、
凶暴な面があります。
他の動物を殺すだけじゃなく、
敵ができたら戦争を起こし、
自分の欲のために味方も殺すことがある。
そんな歴史を繰り返してきた生き物です。 - あれだけ凶暴と言われるライオンでさえ、
いくらお腹が空いても、
同じライオンを襲うことはあまりないんです。
同じ種の仲間をこんなに殺してきた動物は、
ホモ・サピエンスだけなんですよ。
- ──
- へえー。
- 汐見
- だから人間は、
動物に襲われたり、他の人間に襲われたりするのを
どう防ぐかということを、
絶えず考えていなければならなかったんです。
そういうわけで、
人間は生まれつき
「他者が自分の味方なのか敵なのか」
ということに対する強い関心があるんですよ。 - 赤ちゃんって、どの人が親で、
どの人が他人か区別できるようになってくると、
知らない人に会うと怖がって
泣き出したりします。
「8ヶ月不安」と呼ばれるこの現象は、
人間だけに起こるんです。
他者というものが本当に安心できる存在なのかが
わからないから、
不安になってしまうということです。 - そういう不安な状態で生まれてきた
赤ちゃんに対して
「いやいや、大丈夫だよ。
何かあったら私たちはあなたを助けるんだよ」
と伝えていくことで、
深い安心感を与えられると言われています。
なので、
子どもが生まれて最初に身につけるべきものは
何かというと
「自分が生まれ落ちて生きているこの世界は、
安心できる世界なんだ」
という感覚なんです。 - だから、お母さんやお父さんが、
その子が何ができるとかできないとかじゃなくて、
「いること」自体をよろこんでくれるのが重要です。
「do」ではなく「be」の状態を受け止める。 - そういう安心できる体験を、
0歳から2歳くらいのときにしておくと、
だんだん子どもは
「何かあったらパパやママは
僕のことを助けてくれるんだ」という、
理屈を超えた安心感を
身に付けていくことができます。
パパとママではなく、
ほかの人でももちろんいいんです。
とにかく自分の味方でいてくれて、
守ってくれる人がいるという実感。
そんな「安心感のベース」があると、
幼稚園や保育園で知らない友だちに出会っても、
「敵じゃない」と思って、
一緒に遊べるようになっていきます。 - そうやって人間は育っていくから、
0歳、1歳、2歳のときの保育や教育が
ものすごく大事なんだと、最近わかってきたんです。 - 一方で、人間というのは社会で生きているから、
どうしても他者と比べられる場面があります。
そんな社会の中で一所懸命努力して、
上の方に向かう。
そうして、社会で自分が高く評価されることによって
出てくるのが「随伴性自尊感情」ですね。 - この両者のどちらが大事かというと、
やはり0から2歳の間に蓄えられた
「深い安心感」のほうです。
「どんなことがあっても守ってくれる人がいる」
という気持ちが、人生においてずっと大事なんです。 - 随伴性自尊感情のほうは、
たしかに自己肯定感を高めはするんだけれども、
非常に相対的なものです。
だから、突然何かのきっかけで、
それまで自尊心の根拠になっていたことが
できなくなってしまったら、
自尊心がガタンと落ちてしまって、
なかなか回復できないんです。
なので
「成果は、私にとってはあんまり大事じゃないよ」
「いい成績がなくても、私はすてきな人間だよ」
くらいの気持ちでいられたほうが、
いいかもしれないですね。
(汐見先生のお話は、明日が最終回です。)
2024-05-27-MON
-
※汐見先生のインタビューは、
2025年5月21日までの期間限定で
ごらんいただけます。〈主人公は5歳の“みー”。
「なんでパンツを履いているんだろう?」
「あの子は、『くすぐられるのがイヤ』
って言うけど、 どうしてなんだろう?」‥‥
お散歩の途中に、こころやからだ、
いのちのふとした疑問をきっかけに、
どんどんみーの
空想や思考実験が繰り広げられ‥‥!?
アニメーションで描く、こどものための、
じぶん探求ファンタジー番組。〉放送日は、
毎週水曜 15:45~15:55、
第4・5週 火曜8:25~8:35、
木曜7:20~7:30です。
番組HPはこちら。番組の内容が絵本になった、
『アイラブみー じぶんをたいせつにするえほん』
には、汐見先生をはじめ、
番組を監修する専門家のみなさんによる
保護者向けのQ&Aページも掲載されています。
HPはこちらから
ごらんいただけます。何かとおのれの生活を雑に扱ってしまう
新人乗組員の松本が
「自分を大切にすること」を探る特集企画。