ネパールでぼくらは。

#28早朝、カトマンズを出発。
シャラドの故郷、コタンへ向かいます。
車で、8時間? 9時間?
本格的に、旅がはじまります。

起床のベル。

(古賀史健)

午前5時20分、スマホのアラーム音が鳴り響く。
誰だか知らないけど、まったく気が早いなあ。
だって、まだ5時だぜ?
おれが目覚ましセットしたのは5時20分だぜ?
もう少し寝かせておくれよハニー、
おれはいささか疲れているんだ。

・・・・という寝起き特有の
意識混濁を5分間ほど続けたものの、
そういうこともあろうかと昨夜のぼくは、
ベッドから手の届かない場所にスマホを置いていた。
きのうの自分を、ほめてあげたい。
予定通りに寝坊しかけた自分を、なでてあげたい。

這い出るようにベッドから起き上がり、
暖房のない部屋の寒さにぶるっと震えつつ、
ぼくはスマホの目覚ましアラームをオフにした。

さあ、きょうはいよいよコタンだ。
YouMeスクールだ。
苛酷な山坂道を9時間、
四輪駆動車に揺られて突き進むのだ。

歯みがきしている最中、げっぷが出た。
げっぷがもう、辛かった。
ネパール唐辛子は、二度と食べまい。

飼われている霧

(浅生鴨)

まだ暗いうちから車の屋根に荷物を積み上げて、
僕たちはいよいよコタンに向けて出発した。

車は宿を出てすぐに大通りへ入る。
マンダラブックポイント、携帯ショップ、カオスな歩道橋。
見覚えのある場所を通り過ぎていく。
たった数日でも同じところをグルグルと歩き回っていれば
それなりに覚えるものなのだなあと、いまさらながら思う。

しばらく大通りを進んだあと、大きなカーブを曲がって、
緩やかな坂道を下り始めると、左手に大きな寺院が現れた。
カトマンズの人は、ここで火葬するのだという。
石塀で囲われた寺院は、
濃い霧に覆われて真っ白になっているのだけれど、
どうにも不思議なのは、塀の内側だけに霧があることで、
塀のこちら側、僕たちの車が走っている道路には、
まったく何もないのだ。

どうしてこんなにきっちりと境目があるのだろうか。
これは寺院の中だけに発生している霧なのだと言われたら、
なるほどと納得してしまいそうなほどで、それはまるで、
塀の外に出てはいけないのだと躾けられた生き物のようで、
そうだとすれば、きっと寺院がこの白い濃霧を飼っていて、
毎朝のように敷地の中へ放っているのだ。
現世と来世をはっきりと区別するために。
亡くなった人たちが、
こちら側と向こう側を間違えないように。

そんなことを考えて
「あの霧は飼われているんだ」と口にしたら、
永田さんに「作家か」と言われてしまった。

朝は神様の音楽から。

(永田泰大)

早朝にカトマンズを出発してコタンへ向かう。
コタンには、シャラドがつくった最初の学校がある。
彼が生まれた村もコタンにある。
カトマンズからコタンへは車で8時間くらいかかる。
道中の半分以上が未舗装の山道で、悪路といっていい。
切り立った崖っぷちを走るが、
ガードレールなどなく、正直いってかなり怖い。
実際、ぼくらがネパールを訪れる数日前にも
バスが転落する痛ましい事故があったそうだ。

朝靄の煙るカトマンズ。
大きなバスにたくさんの人々が乗り込んでいく。
鉄道のないネパールでは移動手段は車以外にない。
晴れていて、外は寒くて、
砂埃と靄と朝の光でオレンジ色に煙っている。

車内には陽気な音楽が流れている。
これは神様を迎える歌なのだとシャラドは言う。
朝、こういう音楽をみんなで聴いて、
神様とともに今日も一日元気で行きましょう、
という感じで過ごすのが一般的らしい。

たとえば日本のお寺や神社だと、
朝はもっと厳かにはじまりそうだけど、
こんなふうに朝を神様といっしょに
明るく迎えるのもなんだかいいなと思う。
あ、これは、日本でいうところの、
ラジオ体操の歌みたいなものかな。

そういえば、NHKの朝ドラの
『あまちゃん』を観ていたとき、
一日があのオープニングテーマで
はじまることがとてもよかった。

朝にかぎらず、ネパールの人たちは歌が大好きで、
あちこちで気持ちよさそうに何かの歌を口ずさむ。
とりわけ、長距離の運転には歌が欠かせない。
なにしろ、コタンまでは8時間以上あるからね。

次回の更新は7月15日(月)です。

2019-07-12-FRI

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