ネパールでぼくらは。

#40YouMeスクールに着いた。
ぼくらは、ようやく。
そこで子どもたちに出会ったときに、
やはりみんなのこころは動いた。
そのときのことを、3人のことばで。

学校

(幡野広志)

YouMe Schoolに到着した。
グレーの制服にオレンジの帽子をかぶった
子どもたちがたくさんいる。

外国人であるぼくたちに
人だかりができることを予想していたし、
カメラを子どもたちにとられて、
子どもたちがカメラをめぐって
ケンカをすることまで予想していたが、
そんなことはまったくなかった。

外国人もカメラも見慣れているかのような雰囲気だ。

日本人の小学生にカメラを向ければおどけたり、
ポーズをとったりする。
ぼくはこれに不自然さを感じてしまい、
あまり好きではない。
撮影者が外国人のカメラマンなら緊張をするので、
さらに不自然になる。

この学校の子どもたちはもちろん、
ネパール人はカメラを意識するということがほとんどない。
自然なままでいてくれる。

自然な状態を撮るというのは、
その場に存在することを許される必要がある。
許されるために何度も足をはこんで関係性を構築したり、
コミュニケーションに費やす時間が必要になってくる。

時間的な制限があるなかで、
いきなり撮影できたことがとても救われた。

ネパール人は不思議だ、
なんでカメラを意識しないのだろう?

YouMeスクール。

(永田泰大)

シャラドがつくったYouMeスクールに来た。
ここを見に来たのだ。
いろいろな目的が曖昧に溶け合っている旅だけど、
間違いなく、大きな目的は、ここだ。
YouMeスクールと、子どもたちを見に来たのだ。

子どもたちが並んでぼくらを迎えてくれた。
過剰にハイテンションでもなく、
見知らぬ人たちに緊張するわけでもなく、
だるいわー、とクールに振る舞う感じでもなく、
ふつうにきらきらした笑顔で迎えてくれた。

ひとりの例外もなく、
というと大げさに聞こえるかもしれないけれど、
ほんとうにぼくにはそう感じられたので
そのまま書くとすると、
YouMeスクールの生徒たちは
みんなたのしそうだった。

たとえば、学校のはじまりと終わりには朝礼がある。
それはシャラドの意志によって、
日本風の作法にのっとっていて、
整列したあと「前へならえ」をしたり
「やすめ」をしたりする。
ぼくらが子どものころは
学校の堅苦しさの象徴だったこの様式を、
どうやらここの生徒たちはおもしろがっている。

彼らはYouMeスクールの赤い学帽を
とても気に入っているのだと
以前、シャラドから聞いたことがあったが、
日本という遠い国となんらかのつながりがある
このちょっと変わった学校を、
生徒たちはみんな
おもしろがっているようにぼくは思えた。

そういえば、日本の子どもたちだって、
そしておそらく昔のぼくだって、
「いちねんせいになる」というときは、
学校というものにはっきりと
ときめきを覚えたものだった。

きっと、そのときめきが、長く続いているのだ、
このYouMeスクールという場所では。
それは、シャラドをはじめとするおとなたちが、
この場所にいまなおときめきを
感じ続けているからかもしれない。

学校の無骨なセメントの壁には、
えんぴつやチョークで描かれた
たくさんの落書きがある。
英語の練習、ネパールの国旗、
スローガンやメッセージ、そして、日本語。

のびのびと塗り重ねられた絵や文字を見ていたら、
自分でも驚くようなタイミングで
感動の波がやってきた。
え、いま? とじぶんで思った。
からっぽの教室があったので中でさっと涙をふいた。

ぼくらは日本からやってきた。
カトマンズから車で8時間かかるコタンにある、
この小さな学校に、
はっきりした確信も絶対的な目的もなく、
みんなでやってきた。

来てよかったと、ずっと思いながら過ごした。
学校を見学しているときはもちろん、
ネパールにいるとき、ずっと。

カーネギーのことば。

(古賀史健)

YouMeスクールに到着すると、
かんたんな歓迎セレモニーを開いてくれた。
首にスカーフをかけてもらい、
額にティッカという赤い色粉をつけてもらう。
わくわくしている子どもたちの笑顔が、
たまらなくまぶしい。

歓迎セレモニーが終わり、
シャラドに学校を案内してもらいつつ、
ぶらぶらと校舎を歩きまわる。

当初は木造だったYouMeスクールの校舎も、
いまはコンクリート造の二階建てとなっている。
そしてその校舎の壁面には、
さまざまなメッセージが書きつけられている。

英語で Giving Back to Nepal. と書かれた下に
日本語で「国に恩返し」と書かれていたり、
ドラえもんやアンパンマンの似顔絵もあるし、
普通に「こんにちは」と書かれていたりする。
そんななか、ぼくはある一文に目をとめた。

Remember,
today is the tomorrow
you worried about yesterday.

デール・カーネギーのことばだと書いてある。

写真:古賀史健

「いいかい、
 今日という日は、
 昨日のきみがあれほど気を揉んでいた
 あの『明日』なんだよ。
 悩みなんて、どうってことないだろ?
 明日のことを思い悩むなんて、つまらないだろ?」

ちょっと無粋に意訳をするなら、
そんな意味のアフォリズムなのだろう。
へえー。
ぼくが読んでいると背後から
子どもたちの元気な声が聞こえた。

「リメンバー、
 トゥデイ・イズ・ザ・トゥモロウ、
 ユー・ウォーリィド・
 アバウト・イエスタデイ!」

振り返ると、数人の子どもたちが
にこにこしながらぼくを見上げている。

「ねえねえ、これ知ってる?」
「カーネギーのことばなんだよ」
「ぼくたち読めるんだよ」

ネパールのことばはわからないけれど、
もう、顔にそう書いてある。
うれしくなったぼくは、
子どもたちに「一緒に読もう!」と呼びかけた。

Remember,
today is the tomorrow
you worried about yesterday!

Remember,
today is the tomorrow
you worried about yesterday!

ああ、なんだよまったく。
まるで旅に出る前のぼくのことじゃないか。
何度も復唱するうちに、
壁の文字が滲んでいった。

明日につづきます。

2019-07-30-TUE

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