
行き先はわからない
(浅生鴨)
中国南方航空。初めて乗る航空会社だ。
これで、まずは中国の広州にある
何とかという名前の空港まで行き、
そこでネパールの首都、
カトマンズ行きの便に乗り継ぐ。
カトマンズの空港の名前もわからない。
とにかくわからないことだらけだ。
#6今日は浅生鴨さんの旅の断片を4つ。
この時点で、鴨さんは
まだネパールに入っていない。
中国の空港でうろうろする鴨さん。
これも、ネパールへの旅の途中。
中国南方航空。初めて乗る航空会社だ。
これで、まずは中国の広州にある
何とかという名前の空港まで行き、
そこでネパールの首都、
カトマンズ行きの便に乗り継ぐ。
カトマンズの空港の名前もわからない。
とにかくわからないことだらけだ。
広州の何とか国際空港は新しくてきれいで広かった。
でも、あまり遊べるようなところはない。
今からここで数時間、時間を潰さなきゃならないのだ。
とりあえずは免税店で
ネパールへ持っていくお土産を買うことにする。
現地ではタバコを吸う人が多いと聞いていたので、
子供たち向けのお菓子とタバコを買う。
「マルボロはありますか?」僕がそう聞くと
ショートカットのすらりとした女性店員が小首を傾げて
「マルボロよりもこっちのほうがおすすめですよ」
「あ、そうですか。じゃあ、それを」
どこの国の何という銘柄のタバコなのかもわからないが、
おすすめなのだからしかたがない。言われるまま買う。
何語で書かれているのかも、
読み方もわからないタバコを2カートン。
ネパールの人の好みに合うといいんだけど。
写真:浅生鴨
「何か欲しいものはあるか?」
さっき買い物をしているのを見ていたのか、
ロビーに腰を下ろしている僕に
一人の男性が声をかけてきた。
見た目はアラブ人っぽい。
「いいえ」
「もしも何か欲しいものがあれば、
一階の一番奥にある喫煙所に行くといい。
そこで彼が何でも手配してくれる」
そう言ってアラブ人はニヤリと笑った。
いったいどういうことなのか。
まるでロールプレイングゲームで見知らぬ村人が
ヒントをくれたような雰囲気で、
なんだかおもしろそうだ。
僕はさっそくその喫煙所に向かうことにした。
ところがその場所への行き方がどうしてもわからない。
ロビーは二階にあるので、いくつかあるエレベーターや
エスカレーターを使って一階へ降りるのだけれども、
一番奥の喫煙所など見当たらない。地図にも載っていない。
それでも、しばらく空港の中をウロウロとしているうちに、
どこをどう通ったのかはわからないまま、
ようやく僕はその喫煙所を探し当てた。
自動ドアのスイッチに手を当てて中に入ると、
白い煙の立ち込めた薄暗い部屋の奥には
棚とテーブルと椅子が置かれ、
一人の男性がメモを取りながら
何やら電話で話し込んでいた。
男性はアラブ人のようにもスラブ民族のようにも見えるが、
いまいちはっきりしない。
ただ、目つきだけは異常に鋭い。まるで猛禽類の目だ。
そのすぐ横には恰幅のいい中国人が立っていた。
事務所だ。まちがいなくここは何かの事務所になっている。
二人が同時にこちらを見た。
何の用だと言いたげな顔で、
猛禽類が僕に向かって軽く顎を上げる。
あまりにも怪しい雰囲気。
ここは危険だというアラームが頭の中で鳴る。
いえ何でもありません。間違ってここに迷い込みました。
スマホでさりげなく写真を撮りながら、
僕は首を大きく横に振り、そしてあわてて部屋を出た。
まさか中国の国際空港の喫煙所の一角が
謎の事務所になっているとは思いもよらなかった。
いったいどういう仕組みであんなふうになっているのか。
わけがわからない。夢じゃないかと今でも疑っている。
フライトまであと1時間あまり。
昼食か夕食かもわからない食事を中華料理の店で適当に
とったあと、時間つぶしにここまでのことを簡単に
書き留めておこうと思い原稿用紙を取り出したものの、
いったい僕は何を書けばいいのだろうかとしばらく悩む。
たくさんの断片のようなものが欲しいのだとは
言われているのだけれども、本当に断片でいいのだろうか。
田中さんはいつものごとく、ネパールについての
膨大な知識と薀蓄を縦横無尽に張り巡らせた、
ウィットに富んだ原稿を書くだろうし、
古賀さんはたぶん事実を丹念に拾いながら、
緻密で的確で、それでいて旅情あふれる文章を書くだろう。
永田さんはみんなが見せるちょっとした仕草を足がかりに、
たっぷりの感傷を笑いに包んでくるにちがいない。
ううむ。もうそれで十分じゃないか。
それに幡野さんの写真があるのだから、
まちがいなく読み応えのある旅行記になるよ。
だったら僕の原稿はなくてもいいんじゃないだろうか。
僕はひどく物覚えが悪いし、何かを見ているようでいて
実際には何も見ずにまるで違うことを考えているから、
時系列を追って起きたことを書くのは無理だと思う。
さて僕は何を書けばいいのだろうか。
もしも僕に書けることがあるとしたら、
それは、何があったか、
何が起きたか、何を見たのかよりも、
そこでぼんやりと感じたことなのかもしれない。
そうだとしたら、僕はあまり旅にとらわれることなく、
記憶の断片を残せばいい。本当に断片として。
あるいは妄想を。
明日につづきます。
2019-06-12-WED
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