物語は、
どこから来るのか。

エルメスやコム・デ・ギャルソン、
ピエール・エルメなど、
世界的なブランドとコラボレーションする
アーティスト、ニコラ・ビュフさん。
彼の描く一枚の絵の「後ろ側」には、
豊かで深い「物語」が、
海のように広がっています。

女の子の横顔を描くのに、
そこまでの物語が、なぜ必要なのか?
率直に、うかがってきました。
言語による物語を描かない、
ビジュアルアーティストによる物語論、
「混ぜる」をキーワードにした創作論。
縦・横・ナナメにわたる
インスピレーションのみなもとにも、
ちょっと驚かされました。
担当は「ほぼ日」奥野です。どうぞ。

ニコラ・ビュフさんの
「混ぜる」物語論・創作論

第1回

ただの飾りは、
つくりたくない。

──:
ニコラさんの描く「絵」にとって、
「物語」とは、どのようなものですか?
ニコラ:
いちばん大事なもの、かもしれない。
──:
それは「絵そのもの」よりも、ですか?
ニコラ:
私にとっての「物語」は、
絵をはじめ、作品を制作する目的であり、
モチベーションであり、
作品のベースになるものでもあります。

だから、絵を描いているときも、
物語をつくっている感じに近いんです。
──:
絵も「物語を表現する手段のひとつ」、
ということですか。
ニコラ:
それは「言葉のない物語」を表す方法です。
「言葉に頼らない思考」なのです。

もちろん、作品のベースに
物語をつくらないアーティストだって、
いるとは思うのですが。
──:
ええ。
ニコラ:
実際、20世紀のアーティストのなかには、
わざと「物語のない作品」を
追い求めた人たちも、たくさんいました。
──:
そうなんですね。
ニコラ:
でも、私は「物語のある絵」を描きたい。

たとえば、
ルネサンス期の作家たちの描いた絵には、
いくつかの「レイヤー」があります。
──:
レイヤー?
ニコラ:
はい、つまり「理解のレイヤー」です。

ちいさな子どもでも理解できるレイヤー、
専門的な絵の知識を持っていないと
理解できないレイヤー、
あるいは、
特定の地域と時代に生きていた人々なら
理解できるレイヤー‥‥。
──:
それらが、一枚の絵の中に共存している。
ニコラ:
絵って、一瞬で見ることができますよね。

でも、しばらく見続けることで、
シンボルのレイヤー、物語のレイヤー‥‥と、
絵のなかを旅することも、できるんです。
──:
なるほど。
ニコラ:
パリの東に、16世紀に建てられた
フォンテーヌブローというお城があります。

歴代の有名な王さまが住んでいた宮殿で、
イタリア人がつくったのですが、
彫刻・絵画・金工・漆喰装飾など、
さまざまな時代のさまざまな芸術表現が、
混じり合っているんです。
──:
それは、何ともすごそうです。
ニコラ:
はい、すごいです。

ロッソ・フィオレンティーノや
プリマティッチオ、
というアーティストがつくったんですけど、
絵画と彫刻と建築が一体となった‥‥。
──:
そんな建物をつくるには、
それこそ「物語」が必要になりそうですね。

ロッソさんやプリマティッチオさんのなかに、
確たる物語が。
ニコラ:
そう、そうなんです。

当時は、何かの「専門」ということは、
細かく分かれていなかったため、
画家であり、詩人であり、
哲学者であり、建築家でもあるような人が
たくさんいたので、
そういう芸当が可能だった、という事情も
あったと思います。
──:
ミケランジェロとか、たとえば。
ニコラ:
ええ、ミケランジェロは
画家で、彫刻家で、建築家で、詩人ですね。

自分自身でも、そういうあり方が理想です。
絞るというより、何というか、好きな‥‥。
──:
その「物語」に合った表現を選ぶ?
ニコラ:
そうです、そうです。

ですから、私は、絵はもちろんですけれど、
建築のプロジェクトや、
ビデオゲームやオペラの仕事をしています。
──:
ピエール・エルメ・パリというパティスリーと、
コラボレーションしたり。
ニコラ:
そうですね。
──:
で、どのような表現を選択するのであれ、
その奥底には、
それぞれの「物語」が横たわっている。
ニコラ:
ロッソたちがあの建物をつくった当時は、
キリスト教が
カトリックとプロテスタントに
分かれたあとで、
おそろしい戦争も起きていたんです。

だから、絶対に「ただの飾り」ではない。
──:
なるほど。
ニコラ:
それと同じにように、
私も、ただの飾りは、つくりたくないです。
──:
ピエール・エルメの特設サイトを見て、
まず、有名なパティスリーのイメージが、
一新していることに、おどろきました。

チョコレートそのものにも、
ニコラさんの絵がプリントされていたり、
ニコラさんもすごいですけど、
ピエール・エルメもすごいなあ‥‥って。
ニコラ:
はい、私の表現を、ゆるしてくれたんです。
ピエールは、やさしいね(笑)。
──:
表面に出ている視覚イメージの後ろ側には、
ニコラさんのつくった物語が
何章にもわたって、
アニメーションで展開されていますよね。

ただのパッケージ・デザインにとどまらず。
ニコラ:
やるなら長いストーリーを考えたいですと、
はじめに、ピエールにお願いしたんです。
──:
正直、マカロンやケーキを売るために、
どうして、ここまでの物語が必要なのかと、
思ってしまったほどです。
ニコラ:
やはり、お菓子のパッケージに載せる絵に
奥行きがほしいと思ったら、
そこにストーリーがなければならないです。
──:
そうなんですか。
ニコラ:
はい、それはもう、確実に。

ただの「かわいらしい絵」を描いただけでは、
きっと、物足りないものになります。

<つづきます>
2016/12/20 火曜日