志の輔 | 地方に行ったときとか ふだんの生活の中でも 80歳とか85歳の元気な方にお会いするたびにね、 つくづく師匠談志は早かったんだな、と思うんです。 |
糸井 | 談志さんは、おいくつで? |
志の輔 | 75歳で亡くなりました。 (古今亭)志ん朝師匠は、 63でお亡くなりになってますから、もっと早い。 |
糸井 | 早いですね。 |
志の輔 | いつまでも、何でなんだろう? と思っても仕方がないから、 こうなったら、無理やりにでも 「それでいいんだ」と考えるしかない‥‥。 |
糸井 | それは、どういう考えでしょう。 |
志の輔 | 仮りに談志が今も生きていたら、 いま自分が考えている危機感みたいなものは 感じていなかった、と思うんですね。 |
糸井 | あー、そうかもしれませんね。 |
志の輔 | 古今亭志ん朝師匠のときもそうでした。 志ん朝師匠が、63歳でお亡くなりになるという、 あのショッキングな事実。 すごい天才がいなくなったことで、 志ん朝一門はもちろん、落語界全体が、 「すごい芸が一瞬にしてなくなる」 ということを知ったわけで、 突然だろうがなんだろうが、 この先のことを考えるしかなくなった。 これはやっぱり、落語の神様が ショックを与えたんだな、と。 |
糸井 | なるほど‥‥。 談志さんが亡くなられたのは、 一昨年でしたよね。 |
志の輔 | ええ、2011年の11月21日です。 |
糸井 | 震災の年。 |
志の輔 | 自宅近くの病院で、 東日本大震災だったんですね。 |
糸井 | そうか‥‥。 |
志の輔 | 震災後の8月にぼくは一度会ってるんですけど、 筆談ですこしやりとりしただけで、 とても震災の話にはならなかった。 ですから、 もし、患ってなくて、普段のように マスコミから「この度の地震について」 と聞かれたら、なんてコメントしてたんでしょうね。 |
糸井 | そうですね‥‥。 あの2011年という年は、 いろいろな人を1回やすりにかけるような年でしたね。 病気で寝てる人にまでも、 そのやすりはかかったんだと思います。 |
志の輔 | ええ‥‥。 最期、最期ね‥‥談志は‥‥ 人工呼吸器を付けながら、最期にですよ、 人生の最期で演ったのが、 病室で酸素吸入器を付けながら演ったのが、 『蜘蛛駕籠(くもかご)』ですよ。 『蜘蛛駕籠』。 |
糸井 | みんなが、なぜその噺を? と思った。 |
志の輔 | でしょうね。 それも 小さん師匠に教わったまんまの『蜘蛛駕籠』。 1952年に高校を中退して16歳で入門した談志が、 師匠小さんから教わった、 『蜘蛛駕籠』そのまんまを。 家族だけで撮ったテープをみせてもらったんですが、 酸素吸入器を付けながら、 「へい駕籠(かご)‥‥へい駕籠‥‥ 駕籠いかがですか‥‥」 って、『蜘蛛駕籠』をやってるんですよ。 |
糸井 | 若い自分がいたんでしょうね、きっと。 |
志の輔 | ああそうか、若い自分が、ねえ‥‥。 亡くなる前から言われてましたけど、 あらためて、お辞儀のきれいな師匠だったねって。 |
糸井 | はい。 |
志の輔 | 落語界一、お辞儀がきれいな師匠だったと。 まあ、弟子たちは、 「ふだんが乱暴だったから その分、お辞儀はきれいだったんじゃないか」 なんて、悪口を言ってますけど(笑)。 |
糸井 | ぼくもちょっと、そう思います(笑)。 |
志の輔 | 同感ですか(笑)。 |
糸井 | いや、失礼しました冗談です。 たしかに談志さんのお辞儀は、 形だけじゃないような気がしていました。 |
志の輔 | ええ。やるときはやるんですよ(笑)。 いや、まじめな話、 礼を尽くすときはちゃんと礼を尽くす。 そういう師匠でしたから、 そういうお辞儀だったんですね。 |
糸井 | お客様を、しっかりとお見送りする。 |
志の輔 | 最初のお辞儀もそうでしたけど、 見送る時は、座布団をさっとはずして、 直に座ったりしたこともありましたよ。 |
糸井 | みごとですよね。 そこに大サービスを感じました。 ほんとうに、ぺたーっとお辞儀してましたね。 |
志の輔 | 師匠から教わったひとつに、 「芸術」と「芸能」の境目が大事なんだ、と。 言い換えれば「芸」と「商売」との間ですね。 この間をどう考えるか。 食べるために芸をやってるんだけど、 でも、食べるためだけに芸をやっているのとも違う。 とはいえ、人里離れた誰もいないところで、 自分の好きな物だけを拵えるような、 そういう落語だと、またそれも違うだろう。 自分が納得する「芸術」と、 人を楽しませる「芸能」と、 その間が、おまえの落語なんだ、ってことですね。 |
糸井 | それは、すべての表現者が知っておきたい言葉ですね。 |
志の輔 | そうですね。 |
糸井 | いやぁ‥‥ どうしてかはわかりませんけど、 志の輔さんに会うたびに談志さんの話をしてますね。 |
志の輔 | 背後霊が言わせてるんですよ(笑)。 |
糸井 | また、エピソードが尽きないからすごい(笑)。 |
志の輔 | これぐらいにしませんか(笑)。 (つづきます) |