耳の聞こえない写真家は、いかにして写真を撮るのか。
接点、仲介する者。
齋藤陽道(はるみち)という人の写真が
				いいなと思いました。
				なぜなのか、理由はよくわからないままに
				何となくひかれました。
				だから何度か会って、対話を重ねました。
				被写体との「接点」ということ。
				写真は「仲介する者」であるということ。
				それは「いっぽうてき」ではつまらない。
				つねに「やりとりの産物」だということ。
				齋藤陽道という
				若い写真家が大切にしていることを通じて
				いろんなことを教わった気がします。
				彼は、うまれつき耳の聞こえない写真家です。
				「ほぼ日」奥野が、担当します。




こんにちは、「ほぼ日」の奥野です。

まことに突然ですが、
昨年の末くらいに、こういう表紙の写真集を
何となく買いました。



齋藤陽道(はるみち)という写真家による、
『感動』という作品です。

自分より7つほど歳の若いらしい
その写真家のことは、知りませんでした。

ごらんのとおり、
写真集なのに表紙に写真が載っていなくて、
大きく『感動』とあるだけ。

これだけでは
何が写っているのか、ちょっとわからない。

2011年の木村伊兵衛写真賞を受賞した
田附勝さんの『東北』
表紙に「東北」と書かれているだけでしたが
何が写っているかは、わかりました。

(念のためですが、
 それは主として「震災以前の東北」です)

でも、こっちの『感動』は、わからない。
だから中身が気になって
見本をパラパラと、めくってみたのです。

そこには、多く「障がいを持った人たち」が
写っていました。



齋藤陽道『感動』(赤々舎刊)より

そして、理由はよくわからないままに、
それも
「ぐいっと」とかではなく、
「何となく」ひきつけられたんです。

このことに関連して
齋藤さんは後日、こんなメールを書いています。

「いままでの障がい者関係の写真って
 カメラマンから被写体への
 一方通行的なものばかりだったと思うんです。
 または、
 むやみに被写体を持ち上げたり‥‥。

 おれのばあい、聞こえないということで
 相手にも筆談や身振りを、
 身体を動かせないなら
 目を見開くなど、何かしらのアクションで
 意思表示してもらわないといけない。

 できないことがあればあるほど、
 どうにかしようとして
 おたがいが接点を見つけようとする。

 だから、いっぽうてきではないと思っていて、
 それがまたおれにとって、とてもうれしくて」

齋藤陽道という写真家は
うまれつき、耳の聞こえない写真家でした。



齋藤陽道『感動』(赤々舎刊)より



それからしばらくして
齋藤さんと、沖縄へ行くことになりました。

目的は、昨年、気仙沼でライブを披露してくれた
台湾のアーティスト、
スミンのライブステージを撮ること。

(スミンがどんなミュージシャンかということと、
 昨年の気仙沼ライブのようすなどは
 「スミンが気仙沼で歌うぜ。」のなかの
 こちらのページで、ごらんいただけます)



ただし「日帰り」で‥‥というか、
沖縄の滞在時間が「4時間」しかないという
何ともおかしな旅程です。

どうして、そんなことになったかというと。

齋藤さんの『感動』を手に入れてから数日後、
まことに偶然ですが
赤々舎(出版社)の松本知己さんから
ご連絡をいただき、
『感動』という作品を出した
齋藤陽道という若い写真家がいるのだが
彼と「ほぼ日」で
何かおもしろいことができないだろうかと
相談を受けたんです。

写真集は、まだじっくり見てませんでしたが、
お会いして、打ち合わせをしました。

そうするなかで
(おいおい語られていくと思いますが)
写真に対する齋藤さんの思いを、知りました。

齋藤さんの写真にもたくさん触れて
やっぱり、いいなあと思うようになりました。

(ちなみに打ち合わせは「筆談」です)



でも、いざコンテンツを、と考えると
どれも「これだ!」といった決め手に欠ける。

ただ「ここに、いい写真集がありますよ」と
表面的な紹介をするだけでは
なんか、余りにおもしろくなかったのです。

そして、何回目かの打ち合わせのとき。

ふと、齋藤さんが
「おれ、音楽のライブを撮ってみたいなあ」
と言った(書いた)のです。

松本さんも、ぼくも、
「え、それ、おもしろいかも」と思いました。

当たり前ですが、耳の聞こえない齋藤さんは
「音楽」というものを知りません。

たくさんライブを撮っている
カメラマンの知り合いが何人かいるんですが
みんな、例外なく「音楽好き」です。

でも、齋藤さんは「音楽を知らない」。

そういう写真家が、何を手がかりに、
どんな思いで「ライブ」を撮るのか。

すごく、興味をひかれました。



齋藤陽道『感動』(赤々舎刊)より

さっそく都内のライブ情報を調べはじめたら、
そのうちに
「来週、スミンが沖縄に来る」と知ったのです。

沖縄ですけど、もう時間ないですけど、
これは、スミンのライブしかないと思いました。

というのも、勝手な解釈なんですが
スミンの音楽からは
大地の声というか、風の音というか
そういう「大きな自然」を感じるんです。

やさしくて、力強くて、伸びやかな。

歌詞の意味がわからなくても
その声に、何だか、心を揺さぶられます。
たとえば、こんな感じです。

台湾原住民の阿美族出身というルーツや
故郷のことをすごく大切にしていて
陳腐な表現ですけど
歌に「魂がこもっている」と思うんです。

そんなスミンのライブを
「いのちのよるべのなさ」みたいなものに
フォーカスする齋藤さんが、撮る。



齋藤陽道『感動』(赤々舎刊)より

その写真を「見てみたい」と思いました。

もちろん、それだけでコンテンツが成立するとは
思っていませんでしたが、
ともかく、撮ってほしいと思いました。

齋藤さんも「ぜひ撮りたい」と言ってくれました。

だから、お互い、なんとか仕事の都合をつけて、
沖縄行きのチケットを取りました。

でも、前後の日までは調整できず、日帰りです。

現地で活動できる時間は、4時間あまり。
空港からライブ会場までは
片道1時間以上かけて、レンタカーでの移動。

齋藤さんを乗せて
知らない道の運転をしなきゃならないこととか、
あまりに気が急いていたこととか、
実際、少しも時間を無駄にできないこととかで、
編集担当として、あろうことか
現地での記録写真を撮るのを忘れました。

30分足らずのライブが終わったあとは
スミンに挨拶もできず、
大急ぎで、いま来た道を引き返しました。

ソーキそばの一杯も食べられず、
空港のコンビニに残っていたおにぎり一個で、
帰りの便に乗り込みました。

日帰りの、汗だくトリップでした。

飛行機のなかで
フィルム3本ほど撮ったという齋藤さんに
直後の感想を聞くと
ひとこと「さびしかった」と、書きました。



齋藤陽道『感動』(赤々舎刊)より
【つづきます】


2012-10-09-TUE






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