ソール・ライター 《足跡》 1950年頃 発色現像方式印画

ソール・ライター財団蔵 ©Saul Leiter Estate

これから、この連載でご紹介していく、
とにかくかっこよくて、
デザインされたかのように斬新な構図の、
まるで昨日みたいな雰囲気なのに
何十年も前に撮られた、
じわーっと郷愁を誘う写真の数々は、
歴史に埋もれることを自ら選び、
80歳を超えるまで無名だった老人が、
ニューヨークの自宅周辺で、
60年以上にわたり撮り続けた写真です。

彼の名前は、ソール・ライター。

日本で初の展覧会開催にあたり、
生前の「伝説の写真家」と親交のあった
ポリーヌ・ヴェルマールさんに、
ソール・ライターってどんな人だったのか、
うかがってきました。

担当は「ほぼ日」奥野です。

第4回もののあはれ。

I spent a great deal of my life being ignored.

I was always very happy that way.

Being ignored is a great privilege.

私は無視されることに自分の人生を費やした。

それで、いつもとても幸福だった。

無視されることは偉大な特権である。

──
はじめて、ポリーヌさんが、
ソール・ライターさんに出会ったのって、
いつごろだったんですか。
ポリーヌ
以前、パリの
アンリ・カルティエ=ブレッソン財団で
はたらいていたとき、
ソール・ライター展を主催したのですが、
そこではじめて、お会いしました。
今から9年前、2008年のことです。
──
当時、ソール・ライターさんは‥‥。
ポリーヌ
すでに「85歳」もの高齢だったのですが、
相変わらず絵を描き、
ニューヨークの写真を撮り続けていて、
まったく有名ではなく、
フランスでも、もちろんヨーロッパでも、
展覧会を開いた経験は、ありませんでした。
──
いわば歴史に埋もれた状態だった
ソール・ライターさんの素晴らしい作品を
掘り起こしたわけですけど、
そもそも、
彼の存在は、どのように知ったのですか?
ポリーヌ
まさに、この写真集(『Early Color』)です。
ドイツのシュタイデル社から出版となった
この素晴らしい写真集を見て、
わたしたちも彼を知ることになったんです。

──
ライターさんの作品をはじめて見たとき、
どんなふうに、思われましたか。
ポリーヌ
見る者の情感に訴えかける作品ばかりで、
すぐに、大好きになりました。
ソール・ライターという、
ニューヨークの
まったく知らない写真家だったのですが、
是が非でも、お会いしたくなりました。
──
でも、あらためて、85歳で現役だった。
ポリーヌ
彼は、やめたことは、ありませんでした。
興味深いのは‥‥描くことや撮ることを
一度もやめなかったのみならず、
80歳を超えて、
デジタルカメラやPCをはじめとする
新しいテクノロジーも、取り入れていた。
──
カラー写真のパイオニア‥‥とも
呼ばれていたし、
ソール・ライターさんって
進取の精神を持った人だったんですね。
ポリーヌ
最後の10年は、
積極的にデジタルカメラを使ってました。
──
当時のニューヨークでの暮らしぶりは、
やはり「孤高の人」という感じ?
ポリーヌ
彼のアパートに入ると、
部屋中、ベッドのまわりから何から‥‥
作品の入った箱だらけ。
写真も、絵も、
家の中のあらゆるところに置かれていて、
まさにカオスのような状態でした。
──
そんな暮らしをしていた老人が、
とつぜんヨーロッパの権威ある財団から、
展覧会をやりませんか‥‥って。
ポリーヌ
アンリ・カルティエ=ブレッソン財団では
ブルース・デビッドソンや
ウォーカー・エヴァンスのような写真家、
あるいは
アルベルト・ジャコメッティなどの芸術家の
展覧会を組織していたのですが、
無名の写真家ソール・ライターは、
それら有名なアーティストとくらべても、
引けを取らないばかりか、
ほとんど「狂気」みたいな情熱をもって、
パリの観衆に、受け入れられました。
──
すごい。
ポリーヌ
一般のお客さんだけでなく、
当時、メディアのジャーナリストたちも、
「たった5分でいい、
ソール・ライターの時間をくれないか。

インタビューを取らせてくれ」
と、次々にオファーをしてきました。
──
ビックリでしょうね。ご本人的にも。
ポリーヌ
ええ、状況はほとんどクレイジーでした。
ソール・ライター自身も、
もちろん、その熱に驚いていましたけど、
反面、
「なんてシュールな体験なんだ」と
おもしろがっていたところもありました。

ソール・ライター 《タクシー》 1957年 発色現像方式印画

ソール・ライター財団蔵 ©Saul Leiter Estate

──
亡くなったのが89歳、
たしか2013年のことだったそうですから、
人生の最晩年に、そんな急展開が。
ポリーヌ
パリの展示会では、入場者が列をなして
順番を待っている状況だったので、
その行列の写真を撮って、
ソール・ライターにファクスしたんです。
そしたら
「いや、雨が降っているみたいだから、
この人たちは
美術館に行くらいしか
やることがなかったんじゃないの?」
みたいな返事がきたりして(笑)。
──
ソール・ライターさんって、
すごいですねって褒められたりしたとき、
どういう反応をする人だったんですか。
ポリーヌ
恥ずかしそうな笑みを浮かべながら
「いや、そんなことないよ」と否定して、
自分が偉大であるとか、
そんなふうに見られてしまうことに対し、
居心地わるそうにしていました。
──
なんか、そんな感じがしますね。

ご本人を存じ上げないながらも。
ポリーヌ
人の上に立たされるようなことを
望んでいなかったし、
関心もなかっただろうと思います。
なぜ、パリの人々が、自分のことや、
自分の写真のことを、
こんなにも賞賛してくれるのか‥‥
そのこと自体、
必ずしも理解できてなかったみたい。
──
自分の作品に自信がなかったわけでは、
ないんでしょうけど。
ポリーヌ
もちろん、そんなことはないでしょう。
自分の写真が、「美の瞬間」を
たしかにとらえていたことについては、
自信を持っていたはずですし、
たくさんの人から
好きだって言ってもらえること自体も、
うれしかったと思います。
──
ええ。
ポリーヌ
ただ、すでにお話した「罪の意識」によって、
それだけの賞賛を得たにもかかわらず、
最後まで、そのことを、
全面的には、
受け入れることができなかったんでしょうね。
──
あの‥‥ライターさんの作品には、
雨の日の雨傘を撮った写真がたくさんあって、
それが、すごくいいなって思うんです。

ソール・ライター 《赤信号》 1952年 発色現像方式印画

ソール・ライター財団蔵 ©Saul Leiter Estate

ポリーヌ
ソール・ライター自身も
「雨粒に包まれた窓のほうが
わたしにとっては
有名人の写真よりもおもしろい」って。
──
へぇ、そうなんですね。
ポリーヌ
窓ガラスの雨粒や、ニューヨークの雪や霧。
さきほど奥野さんが好きだとおっしゃった
シャツの写真も然りですが、
いま、たしかに存在しているんだけれども、
いつか消えてしまうもの‥‥
いわゆる「もののあはれ」の感覚に、
ソール・ライターは、惹かれていたんです。

ソール・ライター 《雪》 1960年 発色現像方式印画

ソール・ライター財団蔵 ©Saul Leiter Estate

──
もののあはれ。あー‥‥たしかに。
ライターさんの写真って、
たしかに、そんな感じがしますね。
ポリーヌ
ですから、亡くなってから4年が経ちますが、
自分自身の展覧会が、
こうして日本で開かれていることを知ったら、
彼は、きっとよろこんだと思います。
──
そうだとしたら、うれしいです。

日本人としても。
ポリーヌ
あるいは、いま、
どこかで、よろこんでくれていると思います。
──
日本風に言えば「草葉の陰で」。
ポリーヌ
そうですね。
──
その感じも、ライターさんっぽいですね。
ポリーヌ
はい(笑)。

<おわります>

2017-05-28-SUN

※冒頭のソール・ライターの言葉は
青幻舎刊『ソール・ライターのすべて』から
引用させていただきました。

Amazonのでお求めは、こちらから。

ニューヨークが生んだ伝説写真家 ソール・ライター展

6月25日(日)まで、
Bunkamuraザ・ミュージアムで開催中!

83歳で出版した写真集『Early Color』で
世界の写真界をビックリ仰天させたという、
写真家ソール・ライター。

待望の、日本ではじめての回顧展が、
今、渋谷Bunkamura ザ・ミュージアムで
開催されています。

斬新な構図で、かっこいい写真。

何気ないけど、郷愁を誘う写真。

ふるくは「1940年代」の写真なのに
「色がついている」ことが、
なにしろ、胸にキューンときます。

写真と同じだけの情熱を注いだ絵画作品も、
多数、展示されています。

会期は、2017年6月25日(日)まで。

観覧中、ドキドキしっぱなしでした。

ぜひとも、足をお運びください。

開催概要

会 期:
2017年6月25日(日)まで(開催中)*6/6(火)休館
時 間:
10:00-18:00(入館は17:30まで)毎週金・土曜日は21:00まで
入館は20:30まで)
会 場:
Bunkamura ザ・ミュージアム

アクセスマップはこちら

※入場料、オンラインチケットについてなど、
より詳しくは展覧会の公式サイトをごらんください。