第4回もののあはれ。
I spent a great deal of my life being ignored.
I was always very happy that way.
Being ignored is a great privilege.
私は無視されることに自分の人生を費やした。
それで、いつもとても幸福だった。
無視されることは偉大な特権である。
- ──
- はじめて、ポリーヌさんが、
ソール・ライターさんに出会ったのって、
いつごろだったんですか。
- ポリーヌ
- 以前、パリの
アンリ・カルティエ=ブレッソン財団で
はたらいていたとき、
ソール・ライター展を主催したのですが、
そこではじめて、お会いしました。
- 今から9年前、2008年のことです。
- ──
- 当時、ソール・ライターさんは‥‥。
- ポリーヌ
- すでに「85歳」もの高齢だったのですが、
相変わらず絵を描き、
ニューヨークの写真を撮り続けていて、
まったく有名ではなく、
フランスでも、もちろんヨーロッパでも、
展覧会を開いた経験は、ありませんでした。
- ──
- いわば歴史に埋もれた状態だった
ソール・ライターさんの素晴らしい作品を
掘り起こしたわけですけど、
そもそも、
彼の存在は、どのように知ったのですか?
- ポリーヌ
- まさに、この写真集(『Early Color』)です。
- ドイツのシュタイデル社から出版となった
この素晴らしい写真集を見て、
わたしたちも彼を知ることになったんです。
- ──
- ライターさんの作品をはじめて見たとき、
どんなふうに、思われましたか。
- ポリーヌ
- 見る者の情感に訴えかける作品ばかりで、
すぐに、大好きになりました。
- ソール・ライターという、
ニューヨークの
まったく知らない写真家だったのですが、
是が非でも、お会いしたくなりました。
- ──
- でも、あらためて、85歳で現役だった。
- ポリーヌ
- 彼は、やめたことは、ありませんでした。
- 興味深いのは‥‥描くことや撮ることを
一度もやめなかったのみならず、
80歳を超えて、
デジタルカメラやPCをはじめとする
新しいテクノロジーも、取り入れていた。
- ──
- カラー写真のパイオニア‥‥とも
呼ばれていたし、
ソール・ライターさんって
進取の精神を持った人だったんですね。
- ポリーヌ
- 最後の10年は、
積極的にデジタルカメラを使ってました。
- ──
- 当時のニューヨークでの暮らしぶりは、
やはり「孤高の人」という感じ?
- ポリーヌ
- 彼のアパートに入ると、
部屋中、ベッドのまわりから何から‥‥
作品の入った箱だらけ。
- 写真も、絵も、
家の中のあらゆるところに置かれていて、
まさにカオスのような状態でした。
- ──
- そんな暮らしをしていた老人が、
とつぜんヨーロッパの権威ある財団から、
展覧会をやりませんか‥‥って。
- ポリーヌ
- アンリ・カルティエ=ブレッソン財団では
ブルース・デビッドソンや
ウォーカー・エヴァンスのような写真家、
あるいは
アルベルト・ジャコメッティなどの芸術家の
展覧会を組織していたのですが、
無名の写真家ソール・ライターは、
それら有名なアーティストとくらべても、
引けを取らないばかりか、
ほとんど「狂気」みたいな情熱をもって、
パリの観衆に、受け入れられました。
- ──
- すごい。
- ポリーヌ
- 一般のお客さんだけでなく、
当時、メディアのジャーナリストたちも、
「たった5分でいい、
ソール・ライターの時間をくれないか。
インタビューを取らせてくれ」
と、次々にオファーをしてきました。
- ──
- ビックリでしょうね。ご本人的にも。
- ポリーヌ
- ええ、状況はほとんどクレイジーでした。
- ソール・ライター自身も、
もちろん、その熱に驚いていましたけど、
反面、
「なんてシュールな体験なんだ」と
おもしろがっていたところもありました。
ソール・ライター 《タクシー》 1957年 発色現像方式印画
ソール・ライター財団蔵 ©Saul Leiter Estate
- ──
- 亡くなったのが89歳、
たしか2013年のことだったそうですから、
人生の最晩年に、そんな急展開が。
- ポリーヌ
- パリの展示会では、入場者が列をなして
順番を待っている状況だったので、
その行列の写真を撮って、
ソール・ライターにファクスしたんです。
- そしたら
「いや、雨が降っているみたいだから、
この人たちは
美術館に行くらいしか
やることがなかったんじゃないの?」
みたいな返事がきたりして(笑)。
- ──
- ソール・ライターさんって、
すごいですねって褒められたりしたとき、
どういう反応をする人だったんですか。
- ポリーヌ
- 恥ずかしそうな笑みを浮かべながら
「いや、そんなことないよ」と否定して、
自分が偉大であるとか、
そんなふうに見られてしまうことに対し、
居心地わるそうにしていました。
- ──
- なんか、そんな感じがしますね。
ご本人を存じ上げないながらも。
- ポリーヌ
- 人の上に立たされるようなことを
望んでいなかったし、
関心もなかっただろうと思います。
- なぜ、パリの人々が、自分のことや、
自分の写真のことを、
こんなにも賞賛してくれるのか‥‥
そのこと自体、
必ずしも理解できてなかったみたい。
- ──
- 自分の作品に自信がなかったわけでは、
ないんでしょうけど。
- ポリーヌ
- もちろん、そんなことはないでしょう。
- 自分の写真が、「美の瞬間」を
たしかにとらえていたことについては、
自信を持っていたはずですし、
たくさんの人から
好きだって言ってもらえること自体も、
うれしかったと思います。
- ──
- ええ。
- ポリーヌ
- ただ、すでにお話した「罪の意識」によって、
それだけの賞賛を得たにもかかわらず、
最後まで、そのことを、
全面的には、
受け入れることができなかったんでしょうね。
- ──
- あの‥‥ライターさんの作品には、
雨の日の雨傘を撮った写真がたくさんあって、
それが、すごくいいなって思うんです。
ソール・ライター 《赤信号》 1952年 発色現像方式印画
ソール・ライター財団蔵 ©Saul Leiter Estate
- ポリーヌ
- ソール・ライター自身も
「雨粒に包まれた窓のほうが
わたしにとっては
有名人の写真よりもおもしろい」って。
- ──
- へぇ、そうなんですね。
- ポリーヌ
- 窓ガラスの雨粒や、ニューヨークの雪や霧。
- さきほど奥野さんが好きだとおっしゃった
シャツの写真も然りですが、
いま、たしかに存在しているんだけれども、
いつか消えてしまうもの‥‥
いわゆる「もののあはれ」の感覚に、
ソール・ライターは、惹かれていたんです。
ソール・ライター 《雪》 1960年 発色現像方式印画
ソール・ライター財団蔵 ©Saul Leiter Estate
- ──
- もののあはれ。あー‥‥たしかに。
- ライターさんの写真って、
たしかに、そんな感じがしますね。
- ポリーヌ
- ですから、亡くなってから4年が経ちますが、
自分自身の展覧会が、
こうして日本で開かれていることを知ったら、
彼は、きっとよろこんだと思います。
- ──
- そうだとしたら、うれしいです。
日本人としても。
- ポリーヌ
- あるいは、いま、
どこかで、よろこんでくれていると思います。
- ──
- 日本風に言えば「草葉の陰で」。
- ポリーヌ
- そうですね。
- ──
- その感じも、ライターさんっぽいですね。
- ポリーヌ
- はい(笑)。
※冒頭のソール・ライターの言葉は
青幻舎刊『ソール・ライターのすべて』から
引用させていただきました。
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