糸井 |
そろそろ、この講義も終了の時間が
近づいてきましたけど、
みなさん、何か質問があったら‥‥。
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生徒 |
お聞きしてもよろしいですか?
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糸井 |
どうぞ。
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生徒 |
山岸先生は、ずっと長いこと
研究を続けてこられたということですが、
その長い時間のなかで、
日本の社会で「変化してきたこと」は
何かありますでしょうか。
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山岸 |
この講義の前半で
「他人に対する信頼度」については
「日本人よりも
アメリカ人のほうが高い」
というお話をしたと思うのですが、
「日本人の
他人に対する信頼度」それ自体は、
年々、高まっていると思います。
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糸井 |
人と人との関係って
「だんだん疎遠になっている」というのが
一般的な言われかただと思うのですが。
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山岸 |
その「常識」とは、逆だと思っています。
「他人を信頼するようになった」
ということの意味は
「たとえ失敗しても、やりたいことをやろう」
と思うようになってきたことと
関連があると思います。
つまり「セカンドチャンス」が
拡大してきているように思うんです、昔より。
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糸井 |
そうですか。
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山岸 |
この傾向が、今後もさらに進んでいけば
いまの日本の社会制度も
ガラっと大きく変わることもありうるでしょう。
みんなが、
セカンドチャンスに望みをかけるようになれば、
再就職先も見つけやすくなるだろうし、
離婚しても、
よりよい相手とめぐり合うことができたり‥‥。
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生徒 |
それは、一種の「欧米化」が進んでいるとも
言えるんでしょうか?
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山岸 |
そう考えることも、できるとは思います。
ただ、わたしとしては「欧米化」とは
表現しないで、
「セカンドチャンス」については
欧米の考えかたがもっともだと思える社会に
変わってきた‥‥と捉えています。
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糸井 |
ぼくは、よく「モデル理論」みたいなことで
考えたりするんですね。
制度をいっぺんに変えることは難しいけれど、
「こうだったらいいなぁ」
「これはヤダ」
みたいな「いいモデル」と「悪いモデル」が、
みんな、自分のなかにあると思うんです。
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山岸 |
ええ。
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糸井 |
ものごとの「賛否」を調査してみると、
10%から20%は
しっかりした「賛成」や「反対」なんですが、
「その他大勢」は
どっちつかずの位置にいることが多い。
つまり「賛成の陣営」がうまくいきそうなら、
「どっちつかず」は
そっちに、ドッとなだれ込んだりするんです。
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山岸 |
そうですね。
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糸井 |
だから、人数が少なくても
「自信を持って行動している人たち」によって
変化は起こるんですよね。
だから
人々の考えかたが変わっていくためには
みんなにとって
「いいモデル」を考えるのが、重要かも。
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山岸 |
うん、うん。
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生徒 |
ありがとうございました。
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糸井 |
他には‥‥?
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生徒 |
はい。
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糸井 |
どうぞ、お願いします。
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生徒 |
ゲーム理論について、質問があります。
自分の目標を達成するために
行動する人のことを、ゲームプレイヤーと言い、
周囲と良好な関係を保つことばかりに
気を取られている人を、非ゲームプレイヤーと。
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山岸 |
はい。
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生徒 |
‥‥おっしゃっていたと思うのですが、
何と言うんでしょう、
まわりの人たちが自分をどう思っているのかを
気にするいうとのも、
目標達成の立派なプロセスというか‥‥。
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糸井 |
たぶん「つい気になっちゃう」ことって
どういうことなのか、
というような質問だと思うんですが‥‥。
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山岸 |
うん。
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糸井 |
非ゲームプレイヤーにとって問題なのは、
「周囲の評価」を
目的意識を持って調べるのでなく、
無意識で探っている‥‥ことなんですね。
で、山岸先生の話によると、
いつの間にか
その気持ちが、自分の行動を縛っている。
ついつい。
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山岸 |
そう、「ついつい」が重要です。
指摘されないと気づかないんですが、
非ゲームプレイヤーは
「ついつい、気になってる」んです。
これ、日本とアメリカで調査したときに
「ついつい、気になる」
という
日本語のニュアンスを英語で伝えるのに、
ものすごく苦労しました。
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糸井 |
いわゆる「KY」とかいう言いかたも
訳すの難しそうですね。
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山岸 |
つまり、何が言いたいかというと
「まわりの人が
自分をどう思ってるか気にしています」
というのと
「つい、気になってる」
というのは、ぜんぜん違うってことです。
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生徒 |
「ついつい、気になる」というのは、
「気にしようと思ってないのに、
あるいは
気にしたくないのに」という‥‥。
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山岸 |
そう。
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糸井 |
「自分を失ってる」んでしょうか。
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山岸 |
そういう言いかたも、できますね。
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生徒 |
すみません、ぼくもゲーム理論に関することで
質問があります。
実際の社会だと
ゲームプレイヤーの目的はバラバラですし、
非ゲームプレイヤーと見なされる人も
それはそれで
自己の利益を追求しているわけで、
そうやって
追求していること自体が目的になっていて‥‥
何となくしか、話せないんですけど。
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糸井 |
でも、何となくつうじる(笑)。
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生徒 |
ようするに、確固たる意志を持って
目的を達しようとするとき、
先生のおっしゃる「しがらみ」が
生まれてくるのかなと思ったんです。
言葉のイメージはマイナスですけど、
社会全体として考えれば、
個々の目的を「収束」させていくためには
必要なものじゃないかって。
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糸井 |
「しがらみ」が。
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山岸 |
「しがらみ」は、つくるものじゃない。
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糸井 |
ああー‥‥。
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山岸 |
言い換えると「しがらみ」を「つくる」のは
人と人との関係性であり
「しがらみ」とは
自分の意図を超えて自分を拘束してくるもの。
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糸井 |
つい、つい‥‥だ。
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山岸 |
そう、「つい、つい」なんです。
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生徒 |
あの‥‥よくわからないんですけど、
しがらみと、
社会の規則というのは、違うものなのですか。
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山岸 |
違うものです。
規則は、みんなが集まってつくるもので、
しがらみは、
誰もつくらないのに、できてしまうもの。
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糸井 |
自分を拘束してくる、という意味では
同じように見えるけどね。
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生徒 |
ちょっと、わかった気がします。
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糸井 |
えーと、だいぶ時間も経ちましたけれど、
先生、最後に、何かありますか。
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山岸 |
もう十分に、お話させていただきました。
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糸井 |
今日は、はじめての出会いでしたけど、
こちらは、すごく楽しかったです。
山岸先生、今日はありがとうございました。
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山岸 |
ありがとうございました。
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糸井 |
‥‥最初は、どうなるかと思いましたけど。
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山岸 |
ずいぶん脅されましたからねぇ‥‥。
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糸井 |
ふだんの授業より、おもしろかったかも?(笑)
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山岸 |
いや、こころが素直ですから、みなさん。
すごく楽しかったです。
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糸井 |
みなさんも
今日は、どうもありがとうございました。
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一同 |
ありがとうございました(拍手)。
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糸井 |
おなか空いたでしょうから、
おにぎりでも何でも、食べてってください。
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一同 |
いただきまーす!
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<おわります> |