hobo nikkan itoi shinbun

志ん朝さんのきれいな落語。糸井重里が語る、古今亭志ん朝師匠の話。

第三回 ハードボイルド

和田
落語でも、あるいは歌舞伎みたいなものでも、
「この出し物は現代の若者模様と一緒ですよ」とか、
「現代の夫婦に置き換えても一緒ですよ」という
アナウンスをすることがありますよね。
でも、志ん朝さんがおもしろいなと思うのは、
「これは現代に置き換えられますよ」を
絶対にやらなかった人なんですよね。
糸井
そう、ハードボイルドなんですね。
要するに、古道具屋の火焔太鼓
買っていく人がいれば、
見逃す人もいるっていうことで。
和田
そう、そう。そうですね。
そこに値打ちを見出す人がいると。
糸井
志ん朝さんの中に、ハードボイルドさが
はっきりとあったでしょうね。
和田
志ん朝さんも内心では、
「これはいまの夫婦に通じる」とか、
「『雛鍔』だったら親子に通じる」とか、
あったにはあったとは思うんです。
でも、志ん朝さんってすごくモダンな方だから、
それを言うのがカッコ悪かったんでしょうね。
糸井
「置き換えられる」と説明すれば野暮になるし、
わかる人はそうに決まってんだから、
言う必要はなくなるんです。
和田
そうですね。
糸井
名跡と呼ばれる人でも
志ん朝さんみたいになりたいっていう
噺家さんは多いと思うんですけど、
志ん朝さんになるためには、
顔が違う、声が違う、育ちが違う。
和田
落語は歌舞伎と違って、
父子二代でうまくいくっていうのは
あまりないんですよね。
糸井
難しいんでしょうね。
だから、志ん生さんの息子として、
(金原亭)馬生、志ん朝がいるというのは
とんでもないことですね。

和田
そうですよね。
糸井
志ん朝さんのお兄さんである馬生さんは、
一般的な評価を受けにくい場所なのに
毅然として立っていたのがすごい。
ご病気はされてますけど、存在感がありました。
もし体をこわしていなければ、
志ん朝さんとの戦いが起きたと思うんですよね。
その戦いがなかったから、お客さんも
「馬生もいいし、志ん朝もいいし」と言えちゃうんです。
どっちがよくない、とは言わないですよね。
和田
志ん朝さんがテレビも含めて
いろいろな活動をしているなかで、
馬生さんは、馬生さんの場所を作っていたんですね。
糸井
そういうことでしょうね。
志ん朝さんの落語を野球にたとえるなら、
ものすごい直球をストライクに投げることで
野球がものすごく面白くなることを
見せていたわけなんです。
ああ、どういう生き方をしたら
あんなにストライクを投げられるんだろう。
和田
きっと志ん朝さんは、ものすごく早い時期に、
志ん生さんをお手本にしちゃダメだということを
発見というか、悟ったんじゃないでしょうか。
もちろん最終ゴールは志ん生さんなんだけど、
あえて別の登山道を歩んだんでしょうね。
糸井
親父には落語を全然教わっていないと
しきりにおっしゃっていましたよね。
「どこか行ってこい」って言われたって。

志ん生さんは発明家だったんだと思うんですよ。
だから、筋も発明したし、
話芸の「話」の部分も発明したし、
それは発明家としての生き方なんです。
文楽さんなら、発明家じゃなくて演奏家ですね。
和田
ああ、なるほど。
糸井
だって、志ん生さんって、
噺がときどき違うんだからね。
いや、ときどきどころじゃないか(笑)。
和田
そうなんですよね(笑)。
だから、志ん生さんの『寝床』っていうのは、
最後まで行かないんですよね。
糸井
そう、行かない。種類が違うんですよね。
同じ志ん生さんなのに、
違う噺になるじゃない?
番頭さんがドイツ行っちゃったって。
和田
義太夫をやる場面があるんですけど、
そこまで行かないで終わっちゃうんですよね。
糸井
もうね、おかしい!
でも、正常じゃなきゃ、あんなこと考えられないんです。
もしかしたら今、志ん生さんの領域に
向かってるとしたら、春風亭昇太じゃないかな。

和田
ああ、なるほど。
糸井
昇太さんはね、『寝床』でほふく前進始めるの。
弾よけなきゃなんないから。
和田
志ん生さんのほうに行ける人って、
漫画的な表現ができる人じゃないといけませんね。
写実は必要なんですけど、
ずっと写実のゾーンにいる人だと無理ですよね。
昇太さんなら、そこにポンといけるかも。
糸井
昇太がすごいのは、3人の登場人物をやっているのに、
ひとつも演じ分けてない時とかある。
ひどいなぁと思ったけどオッケーなんですよね。
だって、すごい単純化した漫画だったら、
そんなもんじゃないですか。
ヅラを乗せてるだけみたいな。
あれ、女言葉だから女だな、みたいな。
和田
あはは、なるほど。

(続きます)

2015-12-02-WED

高座に咲いた江戸の華、ふたたび

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     コメント「首提灯」について

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