『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』『ニュータイプの時代』などの著者で、
「美意識」や「アート」といった切り口から
これからの時代を豊かに生きていくための
思考・行動様式を研究し続けている
山口周(やまぐち・しゅう)さんが、
「会社」についての話を聞きに、
糸井重里のもとをたずねてこられました。
大切に思う部分が似ているふたり。
仕事はもちろん、生きていく上での
「数値化できない部分」の重要性を
あらためて確認するような時間になりました。
ふたりのおしゃべりを、全7回でご紹介します。
- 山口
- 会社ってよく「資本主義の象徴」みたいに
言われるわけです。
「世の中の悪いことのいろんな原因は
みんな会社にある」とかって
大騒ぎで議論されていることも、けっこうあって。
でも僕はそれ、ちょっとよくわからないな
と思っているんですね。
「会社って、本当に資本主義の象徴なのかな?」と。
たとえば会社の中って、
ものすごく共産主義的だと思うんです。
コピー機でも会議室でも、みんなで使うものは
「共有財産として考えようよ」で、
ひとりがバーっと占有してると
「もうちょっとほかの人のことを考えようよ」
みたいに注意されたりする。
働く人の待遇についても、
もちろん多少のでっぱりひっこみはあっても
「みんなで働いてるんだから、
あまり極端な傾斜をつけるのはよくないよね」
という感覚がありますよね。
- 糸井
- そうですね。
- 山口
- だから実は
「共産主義革命を起こしたいなら会社を作れ」
みたいな発想もできるかもしれなくて。
極端に言うと、たとえばもし
「日本全国の1億2000万人が勤める会社」
を作ったら。
トヨタなんて、ちょっとそういうところが
あると思うんです。
病院もあって、食事もできて、
住む家も会社がかなり助けてくれますから。
そして僕は糸井さんってけっこうもとから
「コミュニティとしての会社を作る」という発想が、
あったんじゃないかと思うんですね。
そのあたりっておそらく、
すごく誤解されている気がするんです。
- 糸井
- おお(笑)。
- 山口
- 株式会社ほぼ日は2017年に上場されていますけど、
一般的には上場って、ある意味では
「資本主義のルールに則って、
資本家のお金儲けの片棒を担ぐ行為」
という見られかたをするわけです。
でも、ほぼ日の上場って明らかに、
そういう発想からはじまってないですよね。
- 糸井
- そうですね。何から話せばいいだろうな。
ほぼ日って、スタートはやっぱり
「会社を作ろう」じゃなくて
「チームを作ろう」だったんです。
ずっとさかのぼると、僕はフリーランスだったので、
仕事については
「包丁1本で勝負する板前さん」みたいな
感覚があったんです。
その意味では、職人さんや研究者の方に
近いところに自分の価値観があったんですね。
ただ、そこに理由はなかったんです。
というのも、自分に親しみのある
落語の世界に登場する人たちが、
そういう人ばかりでしたから。
つまり落語だと、農家の次男坊さんなんかが
食えないから江戸に来て、長屋で働き手として生きている。
まさしく自分がそれなわけですよ。
ですから継ぐ資本があるわけでもなければ、
コミュニティのような場所で
リーダーシップをとるつもりもない。
そういうのは面倒だと思っていましたから。
だから仕事については板前さんのような入り口で、
そのとき売れっ子だったから嬉しかったんですね。
- 山口
- ええ。
- 糸井
- でも落語でもそうですけど、
その板前さんもどこかで
「自分の運命を左右するのは、自分自身じゃなかった」
ということに気づくんです。
自分の運命は、世の中の体制だったり、
もっと力を持っている人たちだったり、
いろんなことが決める。
だとしたら、このまま働いていても、
ただ板前として老いていくだけなのが
目に見えるわけです。
- 山口
- はい。
- 糸井
- だから、これはすでに何度も言っている話ですけど、
だんだん自分がプレゼンで落ちる回数が
増えていくんですよ。
もう「我が世の春」ではなくなっているということで。
価値の判断基準が、僕のわからないところに
行ってしまっているんです。
だけど決める側が「ここが違います」みたいに
伝える必要はないわけだから、
自分には判断基準がわからない。
こういう環境にいるままだと、この先もずっと
「どうせこうだろうな」とか思いながら
やっていくことになる想像がつくわけです。
とはいえ、そこから企業の顧問みたいになったり、
「あいつは本当はもうダメなんだけど、
義理があるから」みたいに
関係性で呼ばれる人になっていったりするのも
嫌でしたから。
- 山口
- そこは糸井さんの美意識の部分ですよね。
- 糸井
- 美意識ですね、きっと。
そういう感覚があったから、
どのくらい何ができるかはわからないけれど、
「チームでやる」ほうに自分の気持ちが行ったんです。
ひとりじゃなくて、同じような気持ちのある人と
集まって一緒にやりたいなと思ったんですね。
そしてそこに、インターネットがあって。
「インターネットの場所を作る」と考えると、
チームを作らざるを得ないんですね。
だから最初は2人、3人みたいな感じではじめたんです。
その意味でまず
「会社」より先に「チーム」がありました。
- 山口
- ああ、なるほど。
- 糸井
- それでそのとき、引っ越すところからはじめたんです。
当時はうちの事務所に遊びに来る人がいっぱいいて、
「無駄話をしていたら時間がすぎて、仕事は夜やってる」
みたいな生活だったんです。
モノポリーをやってる時代もあったし、
電通の人たちもいつでも来るし。
そういう時間つぶしが自分の中で
流行りだったところがあるんですね。
だけど、それはそれで楽しかったけれど
「このまま同じ場所に居続けてしまうと、
ずっとこの生活をやっちゃうな」と思って。
それで、いままでの人たちと
ふらふら遊んでる時間のとりにくい、
交通の便の悪い東麻布に一軒家を借りて
「それ以外のことはできない場所で、
強いチームを作ろう」と考えたんです。
当時、「群を抜いたパフォーマンスを成し遂げたチームは、
あえて不便な場所に事務所を置くなど、
交通をいったん遮断して集中して仕上げた」
みたいな本を読んでいたのもあって、
自分でもそういうことをやってみたくなったんです。
- 山口
- それが、ほぼ日というチームのはじまり。
- 糸井
- そうですね。
ただ、最初はどう稼げばいいかもわからないので、
僕が広告とかゲームとか、
外で稼いできたお金を運営に充てて
‥‥みたいな状態でした。
親鳥の僕だけがいて巣が作られた状態だったので、
外で得てきた餌を巣に運んでくることで
成り立たせていたんですね。
だから「意識はチームだけど、
実際には自分が1本刀をふるっていた」
時代がありました。
とはいえ、やっているうちに
運良く稼ぐこともできるようになって。
またいろんな面で、圧倒的に
チームプレーのほうが面白くなるし。
ものすごく可能性があることもわかるし。
その後だんだんと
「チームがなかったら俺はないだろう」
ぐらいになって、いまがあります。
- 山口
- つまり、会社を作ろうとして作ったわけでもないし、
お金を稼ぐところからもはじまっていない。
- 糸井
- そうなんです。
だから「会社」ということばについても、
実はよくわかっていないんです。
- 山口
- そうなんですよね。
「会社」って不思議なことばで。
- 糸井
- 不思議ですよね。
だから僕はずっと経ってから、
経済学者の岩井克人さんの『会社はだれのものか』
『会社はこれからどうなるのか』などの本を読んだり、
堀江貴文さんの事件を見たりして、
そこから会社について考える大事な時間が
できていったんですけど。
- 山口
- 岩井先生は、会社について
「『モノ』であり『ヒト』であるという
二重構造だ」とおっしゃってますね。
- 糸井
- あの考え方は、僕にも大きな刺激になりました。
だから、ほぼ日が上場したときの
最初の株主総会の基調講演は
岩井先生にお願いしたんです。
- 山口
- ああ、そういうご縁だったんですか。
じゃあ糸井さんとしても
「会社って何だ?」という、
ある種の掴みどころのなさに悩まれてたときに、
岩井先生の説明がいちばん響いたというか。
- 糸井
- そうですね、しっくりきたのと。
あとはやっぱり会社って、現実にやってみて
わかる分量がとても多いですから。
現実の進行に合わせて
「どこを残して、どこを捨てて、
どこを道具として新しい考え方を入れるか」
みたいなことをして、そういったなかで
自分なりに考えを育ててきたような感じです。
- 山口
- ということは実際にはもう「手探り」というか。
いちばんしっくりくる手触りのところで
整えていったという。
- 糸井
- そうですね、手探りですね。
あとは僕の会社論があるとすれば
「いちばん正しいものを選ぼう」より、
「いちばん嫌じゃないものを選ぼう」が
おおもとにあると思うんですね。
- 山口
- ああ。
- 糸井
- そういうこともあって、だから僕は実は
ほぼ日という会社のありかたについて、
理念で枠を切ったことって、まだ一度もないんです。
形式的には上場の前に整えましたけど、
会社のことを理念で「切れた!」と思ったことは、
いまのところないですね。
- 山口
- つまり、説明しきれるわけでもない。
- 糸井
- そうなんです。
実際のところ、すべてを理論で整えることなんて
できるのだろうか、という思いもあります。
いま、いろんな話題で
「完全に2つに分けて考える」ような
アプローチがありますけど、そういうときに僕は
「最初に完全に2つに分けてしまったところで
間違ったんじゃないか」みたいなことを
よく思うんですね。
(つづきます)
2023-04-21-FRI
(C) HOBONICHI