『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』『ニュータイプの時代』などの著者で、
「美意識」や「アート」といった切り口から
これからの時代を豊かに生きていくための
思考・行動様式を研究し続けている
山口周(やまぐち・しゅう)さんが、
「会社」についての話を聞きに、
糸井重里のもとをたずねてこられました。
大切に思う部分が似ているふたり。
仕事はもちろん、生きていく上での
「数値化できない部分」の重要性を
あらためて確認するような時間になりました。
ふたりのおしゃべりを、全7回でご紹介します。
- 山口
- 糸井さんは本のなかで、ほぼ日について
「遊び場をつくりたかった」とも書かれていて。
糸井さんをはじめ、あの時期に広告業界で
活躍されていた方って、みなさん
「遊び」を作るのがすごく上手な印象があるんですよ。
そのあたり、私が共通するものを感じるのが、
Facebook誕生の話なんですね。
- 糸井
- はい、Facebook。
- 山口
- Facebookって、ハーバード大学の学生だった
マーク・ザッカーバーグが、
大学のコンピュータをハッキングして
女子学生の写真を抜き出したという、
もう犯罪みたいなことがはじまりなんです。
「誰かきれいな子いるかな」ということで
写真データを抜き出したんですね。
でもそこで彼が何をやったかって、
その女子学生たちの顔写真を並べて
「どちらが人気があるか」を投票させる
ゲームを作ったわけです。
誰がいちばん勝ち抜いて、掛け金をとるかという。
そういうマッシュアップですね。
- 糸井
- まさに「Face」のゲームというか。
- 山口
- はい、もう不謹慎極まりないんですけど。
だけど、こんなことを言ってはなんですけど、
そこでパッとプログラミングでゲームを作って
「みんな遊んでみて」とやってしまう発想って、
僕はある意味、すごくセンスがあるなと思ったんですね。
結果的に、そのゲームは学内で大流行するわけです。
当然大学当局にもバレて、彼は退学の瀬戸際までいく。
けれども保護観察処分ということになって、
ギリギリ退学せずに済むんですね。
そこから
「これだけユーザーもいることだし、
学内にどんな人がいるかがわかること自体は
助かるから、そういうサービスをやってよ」
という話になって。
さらに、隣のイェール大学の学生からも
「うちの大学でもやってくれ」
と声がかかり、あれよあれよという間に
アイビーリーグの学校みんながユーザーになるわけです。
それで「これは会社になるんじゃないか」
という流れができて、
最初のマッシュアップを作ってから
2年後くらいに会社にしたんですよね。
- 糸井
- あっという間ですね。
- 山口
- 何を言いたいかというと、最初は「遊び」なんです。
遊びでやっていたらユーザーがついて
「これ面白いからうちでもやってよ」と広がって、
結果的に他にないものができあがっていった。
でもいまってなにかはじめるとき、最初から
「マネタイズ(収益化)はどうするの?」
「事業化は?」「成長の計画、経営計画は?」
とかこまかく決めていくわけです。
だけどそうやってスタートして、
なにか驚くようなものができあがるかというと、
そうも言えない気がするんですよね。
- 糸井
- そういう進め方だと、みんなが
「やれるに決まってること」に手を出して、
そこでの競争になりがちですよね。
- 山口
- 糸井さんもほぼ日を作ったとき、
「どうやって儲けるか」は
まったく予想してなかったですし。
- 糸井
- 実際、できなかったんですよ。
そしてクリエイティブの面から見ると、
そこがわからないほうが良かったりするんです。
「どっちが儲かる」とかの計算ができすぎると
得するほうに行くのは、人間当たり前ですから。
その損得関係なく「何が面白い?」から
入っていけたほうがいいんですね。
その意味で、僕はフリーのときには
「数字はあまり読めないほうがいい」
くらいのことまで思っていたんです。
「このほうがみんなが食べていけるぞ」
みたいな意識があると、
いろんな判断に影響しますから。
だから当時の僕は、妻が不動産の広告を
見ているだけで嫌がっていたんです。
つまり「マンション買うつもりだな」があると
「じゃあこうしなきゃ」が出てくるから、
危ないなと思ってて。
そのくらい嫌だったんですよ。
- 山口
- すごい話ですね。
- 糸井
- まぁ、とはいえいまの僕は
「経営者」という立場があるので
「お金のことは何もわかりません」
とはできないんですけど。
- 山口
- 上場企業の社長として
「お金を見ないようにしてます」は
難しいですね。
- 糸井
- それは言えないですね。
だからいまは見ざるを得ないし、見てるから、
「この部分はこのくらい抑えて」
みたいなことはいつも考えてます。
だけどそれはもしかしたら、
ほぼ日という会社の爆発力みたいなものを
減らしてるかもしれないとは思うんです。
その意味で、社長をやってる自分を
早く解き放ちたいのはありますね。
- 山口
- そもそもお金にあまり興味のない人って
いるじゃないですか。
でも糸井さんの場合、
「興味があるからこそ見ないようにしていた」
というか。
- 糸井
- そうですね。非常に文学的な言い方ですけど、
人が「苦手だ」と言うことのなかには
「とても好きだ」が入っていると思うんです。
お金の話に限らず、何かについて
「俺は何も考えないんだよ」と言う人が、
本当にそう思っているとは思えないんですよ。
「その話は俺にしないでくれ」と言う人は、
やっぱりそこに強い興味が
ありすぎるんだと思いますから。
- 山口
- あと糸井さんは「本業じゃない仕事も
たくさんやってないとダメだと思った」
ともおっしゃられていて。
クリエイティビティを維持する上では
「無駄に見えること」や「役に立たないこと」も
すごく重要だという。
そこを取り込めなくなると
「枯れちゃうんじゃないか」ってことですよね。
- 糸井
- うん、瘦せますよね。
- 山口
- だから1980年代初頭、糸井さんが
「おいしい生活」のコピーなどで世の中の前面に
ものすごく出られた時期がありますけど、
その前には漫画雑誌の『ガロ』で、
実験的とも言えるようなこともいろいろされていて。
きっと一面から見れば、
そういう実験的な仕事をまったくやらずに、
本業のコピーの仕事だけに専念していたほうが、
稼ぎにはなったと思うんです。
でもそうしなかったところに、
僕はやっぱり知性を感じるというか。
普通はどうしてもその
インセンティブの部分が発想に入ってきて、
そっちに行きがちだと思うんですけど。
- 糸井
- ああ、どうなんでしょうね。
- 山口
- それで聞いてみたいのが、
「実のある無駄」と「本当の無駄」って
あるんじゃないかと思ってて。
糸井さんのご経験のなかでも、
振り返ってみて
「これは本当に無駄だったな」と思うものは
やっぱりありますか?
- 糸井
- そこはありますよね。
- 山口
- その峻別方法って、
なにかコツはあるものでしょうか?
たとえば会社の社員が
「毎日だいたい3分の2はパチンコしてます」
と言ってたら、ちょっと
「どうなのかな」って感じがする。
でもそういう経験も、実はなにか
役に立ってるかもしれないし。
「なにが実があるか」って
本当に難しい話だと思うんですけど。
- 糸井
- うーん‥‥実際には
「これは本当に無駄だな」だと思っていても、
あとで振り返ると
「あれも無駄じゃなかったな」と思えることって
けっこう多いんですよね。
- 山口
- つまり、峻別は難しいと。
- 糸井
- 難しいです。
そしてやっぱり「無駄かどうか」よりも
「どう生きるか」のほうが問われているんで。
だから
「これは無駄な時間、これは無駄な経験」とかって、
あまり採点しないほうがいいのかもしれないと、
まずは思いますよね。
- 山口
- やっぱり大事なのは「やってみたい」とか
「面白そうと思うかどうか」ですか?
- 糸井
- そのあたりも簡単には言えないところですね。
「つまんないな」と思いながら
やっていることは、僕ももちろんあるんです。
だけどそういうことが、後から面白くなったり、
意外な場所で役に立ったり、
新しい出会いにつながったりもしてますから。
(つづきます)
2023-04-24-MON
(C) HOBONICHI