『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』『ニュータイプの時代』などの著者で、
「美意識」や「アート」といった切り口から
これからの時代を豊かに生きていくための
思考・行動様式を研究し続けている
山口周(やまぐち・しゅう)さんが、
「会社」についての話を聞きに、
糸井重里のもとをたずねてこられました。
大切に思う部分が似ているふたり。
仕事はもちろん、生きていく上での
「数値化できない部分」の重要性を
あらためて確認するような時間になりました。
ふたりのおしゃべりを、全7回でご紹介します。
- 山口
- 実は僕、これまでいちばん衝撃を受けた
糸井さんのお話というのが
「トイレの便座に横向きに座ると感動します」
というもので(笑)。
話を聞いて、実際に僕も座ってみたんです。
そしたら本当に感動して。
- 糸井
- やってみると、それ以外はないんですよね。
- 山口
- そう、不安定さに驚くんです。
あの角度で座らないと、落っこちそうになる。
便座って、いかに前向きに座るために
よく作られているかを実感しました。
話を聞いて実際にやってみる私も、
一般的に無駄だと言われそうなことに
わりと興味があるほうだと思うんですけど、
やっぱり糸井さんがまずトイレで思いついて
やってみたのって、すごいなと思うんです。
糸井さんのその「実のある無駄」を
やってみるセンスっていうのが、
何から来ているんだろう?と思って。
そのときは、ふと
「横に座ってみようかな」
と思われたんですか?
- 糸井
- うん。音楽で「変拍子」ってありますよね。
そして
「どうして作曲家が変拍子の曲を作るんだろう?」
という疑問があるじゃないですか。
いまだとビートルズ研究が盛んで、
「ジョン・レノンがどのくらいありえない
変拍子を使っていたか」
みたいな話もあるんです。
それぞれの曲は変拍子という概念なく
聴けるけれど、実は大量に使われてる。
そういう曲が聴き続けられて残っていること自体、
すごく面白いと思うんですけど。
僕がトイレの便座に横向きに座ってみるのは、
その変拍子のようなものだと思うんです。
- 山口
- 自然に出てきちゃうものというか。
- 糸井
- やったときにちょっとした快感があるんですよ。
たぶんそれは「新しい音楽が出た」のと
同じようなことなんですよね。
それで言うと、その前は
「電車のつり革を上に押してみる」
というのをやっていて。
- 山口
- はい、読みました。
これも引くようにできてて、
引くとすごく安定するのがわかるという。
- 糸井
- あと僕はトイレに行ったあと
「小するの、もう飽きたな」
と言ったこともあって(笑)。
急に「何回やってんだよ、こんなこと」と思って。
- 山口
- ええ(笑)。
- 糸井
- どれも思いついたときになにかがあるわけです。
そして「トイレ飽きた」なら、そこにさらに
「飽きたならどうするの?」って問いがありますよね。
「じゃあしたくないのか」って言うと
「いや、するよ」。
その、しょうがないんだけどしてることを
ずっと繰り返してる人間の、
大したことのなさにまた感動するんですよ。
アインシュタインだって誰だって、
みんな飽きてようがトイレに行き続けてきたわけで。
- 山口
- それはそうですね(笑)。
このあたりのお話って、
「無駄」や「非効率」と言われて
切り捨てられそうなことが、
実はどれだけ豊かさや可能性を含んでいるかを
教えてくれる話だとも思うんですけど。
それで
「会社やビジネスに美意識や無駄を取りこむ」
ということで僕が思い出すのが、
セゾングループを作り上げた
堤清二さんのことなんですけれども。
- 糸井
- ああ。
- 山口
- あれほど無駄と言われそうなことをやっていた
経営者の方も、なかなかいないですよね。
徹底して利益だけを追い求めている人からすると、
戯言だと言われそうなことを、いろいろされていて。
セゾングループ自体がひとつの作品みたいな
ところがあったわけですけど、
その作品っぽさを生み出しているのって、
ある種の
「これ何の利益になるんですか?」という
部分だと思うんですね。
そのあたり、糸井さんもかつて
西武百貨店の広告などで堤清二さんに
接していらっしゃいましたが、
なにか自分への影響って感じますか?
- 糸井
- やっぱり影響は受けてると思いますね。
接しているときに特に影響を受けたとは
思ってなかったんですけど
‥‥というのも当時、
「これは世の中の人からするとイレギュラーだぞ」
と思うだけの教養が僕になかったですから。
堤さんの姿が、経営者全体の
ありかたなんだと思っていたんです。
- 山口
- そうか、会社勤め経験がほとんどないから。
- 糸井
- ですから僕は30歳くらいのとき、
会長である堤さんへのプレゼンテーションを
直接全部やっていたんですね。
それをさせていた堤さんも面白かったけれども、
たぶんよそではやらないですよね。
しかも僕は話をするとき、靴を脱いで、
こういう椅子の上にしゃがみこんでいたんです。
それで生意気なことをいろいろ言って。
アシスタントのさらに若い子とかも
連れて行ってたんですけど、彼からもあとで
「あれ、僕は後輩としてひどいと思いましたね」
と言われて、
「そうだった?」なんて答えていたんです。
注意したい重役たちはいっぱいいたと思うんです。
だけど堤さんは、そのまま普通に喋ってましたから。
その姿が僕にとっての経営者像だったんです。
- 山口
- はぁー。
- 糸井
- で、いま堤さんのことを思うと、
「何が利益なの?」じゃないところから
力を入れはじめるあのやりかたは、
「だから負けない」ということがあったんじゃないか
と思いますね。
普通に考えたら弟の義明さんとか、
財界の人たちがやってることのほうが
ビジネスの発想としては正しいし、成功するんです。
でも堤さんは
「このやりかたが違うって、どうして決められるの?」
みたいな。
まさしく「詩を書く動機」みたいなものが
胸にあって、それをもとに
経営をしていたんじゃないかと思うんです。
自分の育てた馬を走らせるような気持ち
だったんじゃないかと。
- 山口
- 辻井喬(つじい・たかし)という名前で、
詩人や作家としても活躍された方ですし。
- 糸井
- ですから勝ち負け関係なくやっているように
見えることも、多々ありました。
たとえばあの時代に
「西友ストア」というスーパーマーケットに
ロボットを導入したりとか。
そんなの、もう勝ちも負けもないですよね。
- 山口
- やったこと自体がもう、
アート作品のハプニングみたいな。
- 糸井
- うん。池袋の西武百貨店の広い面積を使って、
現代美術の美術館をやったのもそう。
「それじゃ、なんでやるんですか?」と
質問返しするみたいな問いかけも、
いっぱいやってたんだと思いますね。
僕がいまやってることも、その感じはちょっと
似てるかもしれないと思います。
そしてそれで勝つことも、やっぱりあったんですよね。
- 山口
- ああ、たくさんあったでしょうね。
(つづきます)
2023-04-25-TUE
(C) HOBONICHI