山口周さんと「会社って何だ?」を話したら。
『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』
『ニュータイプの時代』などの著者で、
「美意識」や「アート」といった切り口から
これからの時代を豊かに生きていくための
思考・行動様式を研究し続けている
山口周(やまぐち・しゅう)さんが、
「会社」についての話を聞きに、
糸井重里のもとをたずねてこられました。

大切に思う部分が似ているふたり。
仕事はもちろん、生きていく上での
「数値化できない部分」の重要性を
あらためて確認するような時間になりました。
ふたりのおしゃべりを、全7回でご紹介します。
「日立EFO」のインタビューでの様子を、
ほぼ日編集バージョンでおとどけします。
06「勝ち負け」というより「詩」のようなもの。
写真
山口
実は僕、これまでいちばん衝撃を受けた
糸井さんのお話というのが
「トイレの便座に横向きに座ると感動します」
というもので(笑)。



話を聞いて、実際に僕も座ってみたんです。
そしたら本当に感動して。
糸井
やってみると、それ以外はないんですよね。
山口
そう、不安定さに驚くんです。
あの角度で座らないと、落っこちそうになる。
便座って、いかに前向きに座るために
よく作られているかを実感しました。



話を聞いて実際にやってみる私も、
一般的に無駄だと言われそうなことに
わりと興味があるほうだと思うんですけど、
やっぱり糸井さんがまずトイレで思いついて
やってみたのって、すごいなと思うんです。



糸井さんのその「実のある無駄」を
やってみるセンスっていうのが、
何から来ているんだろう?と思って。



そのときは、ふと
「横に座ってみようかな」
と思われたんですか?
糸井
うん。音楽で「変拍子」ってありますよね。
そして
「どうして作曲家が変拍子の曲を作るんだろう?」
という疑問があるじゃないですか。



いまだとビートルズ研究が盛んで、
「ジョン・レノンがどのくらいありえない
変拍子を使っていたか」
みたいな話もあるんです。
それぞれの曲は変拍子という概念なく
聴けるけれど、実は大量に使われてる。
そういう曲が聴き続けられて残っていること自体、
すごく面白いと思うんですけど。



僕がトイレの便座に横向きに座ってみるのは、
その変拍子のようなものだと思うんです。
山口
自然に出てきちゃうものというか。
糸井
やったときにちょっとした快感があるんですよ。
たぶんそれは「新しい音楽が出た」のと
同じようなことなんですよね。



それで言うと、その前は
「電車のつり革を上に押してみる」
というのをやっていて。
山口
はい、読みました。
これも引くようにできてて、
引くとすごく安定するのがわかるという。
糸井
あと僕はトイレに行ったあと
「小するの、もう飽きたな」
と言ったこともあって(笑)。
急に「何回やってんだよ、こんなこと」と思って。
写真
山口
ええ(笑)。
糸井
どれも思いついたときになにかがあるわけです。



そして「トイレ飽きた」なら、そこにさらに
「飽きたならどうするの?」って問いがありますよね。
「じゃあしたくないのか」って言うと
「いや、するよ」。
その、しょうがないんだけどしてることを
ずっと繰り返してる人間の、
大したことのなさにまた感動するんですよ。



アインシュタインだって誰だって、
みんな飽きてようがトイレに行き続けてきたわけで。
山口
それはそうですね(笑)。



このあたりのお話って、
「無駄」や「非効率」と言われて
切り捨てられそうなことが、
実はどれだけ豊かさや可能性を含んでいるかを
教えてくれる話だとも思うんですけど。



それで
「会社やビジネスに美意識や無駄を取りこむ」
ということで僕が思い出すのが、
セゾングループを作り上げた
堤清二さんのことなんですけれども。
糸井
ああ。
山口
あれほど無駄と言われそうなことをやっていた
経営者の方も、なかなかいないですよね。
徹底して利益だけを追い求めている人からすると、
戯言だと言われそうなことを、いろいろされていて。



セゾングループ自体がひとつの作品みたいな
ところがあったわけですけど、
その作品っぽさを生み出しているのって、
ある種の
「これ何の利益になるんですか?」という
部分だと思うんですね。



そのあたり、糸井さんもかつて
西武百貨店の広告などで堤清二さんに
接していらっしゃいましたが、
なにか自分への影響って感じますか?
写真
糸井
やっぱり影響は受けてると思いますね。



接しているときに特に影響を受けたとは
思ってなかったんですけど
‥‥というのも当時、
「これは世の中の人からするとイレギュラーだぞ」
と思うだけの教養が僕になかったですから。
堤さんの姿が、経営者全体の
ありかたなんだと思っていたんです。
山口
そうか、会社勤め経験がほとんどないから。
糸井
ですから僕は30歳くらいのとき、
会長である堤さんへのプレゼンテーションを
直接全部やっていたんですね。
それをさせていた堤さんも面白かったけれども、
たぶんよそではやらないですよね。



しかも僕は話をするとき、靴を脱いで、
こういう椅子の上にしゃがみこんでいたんです。
それで生意気なことをいろいろ言って。



アシスタントのさらに若い子とかも
連れて行ってたんですけど、彼からもあとで
「あれ、僕は後輩としてひどいと思いましたね」
と言われて、
「そうだった?」なんて答えていたんです。



注意したい重役たちはいっぱいいたと思うんです。
だけど堤さんは、そのまま普通に喋ってましたから。
その姿が僕にとっての経営者像だったんです。
山口
はぁー。
糸井
で、いま堤さんのことを思うと、
「何が利益なの?」じゃないところから
力を入れはじめるあのやりかたは、
「だから負けない」ということがあったんじゃないか
と思いますね。



普通に考えたら弟の義明さんとか、
財界の人たちがやってることのほうが
ビジネスの発想としては正しいし、成功するんです。



でも堤さんは
「このやりかたが違うって、どうして決められるの?」
みたいな。
まさしく「詩を書く動機」みたいなものが
胸にあって、それをもとに
経営をしていたんじゃないかと思うんです。
自分の育てた馬を走らせるような気持ち
だったんじゃないかと。
写真
山口
辻井喬(つじい・たかし)という名前で、
詩人や作家としても活躍された方ですし。
糸井
ですから勝ち負け関係なくやっているように
見えることも、多々ありました。



たとえばあの時代に
「西友ストア」というスーパーマーケットに
ロボットを導入したりとか。
そんなの、もう勝ちも負けもないですよね。
山口
やったこと自体がもう、
アート作品のハプニングみたいな。
糸井
うん。池袋の西武百貨店の広い面積を使って、
現代美術の美術館をやったのもそう。



「それじゃ、なんでやるんですか?」と
質問返しするみたいな問いかけも、
いっぱいやってたんだと思いますね。
僕がいまやってることも、その感じはちょっと
似てるかもしれないと思います。



そしてそれで勝つことも、やっぱりあったんですよね。
山口
ああ、たくさんあったでしょうね。
(つづきます)
2023-04-25-TUE