『太陽の塔』は太郎にとって、
他の彫刻とはまったく
意味も、質も、役割も違うものだったわけだけど、
同じように、『明日の神話』も
他の絵画作品とは意味が違います。
なにしろこれ、壁画ですからね。
もともとは洞窟や建物に直接描かれていた絵画が
キャンバスに描かれるようになったのは、
それ自体を独立した「作品」として流通させるため。
そのときから絵画は
「美術」になり、「商品」になりました。
でも壁画は違います。
絵画は美術館に「観に行く」ものだけど、
壁画はそこに「ある」もの。
建物にくっついていて、いつでもそこにあるわけだから、
わざわざ観に行くものじゃない。
生活の一部なんですよ。
教会の天井画やステンドグラスと同じで。
壁画といえば、なんといってもメキシコです。
ぼくもいろいろ観たけど、面白かった。
革命の意義や民衆の力みたいなことが
絵解きされてるんです、絵本みたいにね。
字が読めない大衆を啓蒙するためです。
やっぱり教会の宗教画と同じなんですよ。
決め手は「いつも、ずっとそこにある」ことでしょう。
わざわざ鑑賞するんじゃなくて、知らず知らずのうちに
メッセージが脳みそに刷り込まれていく。
壁画って、たぶんそういうものです。
『明日の神話』が渋谷に設置された当初、
カメラを持った人がたくさんいたし、
警備員も立ってました。
「美術作品」と「鑑賞者」の関係だったわけですね。
でも今、そういう人はほとんどいないし、
警備員もいません。
一日30万人の通勤客が目の前を通っているのに、
チラッと見もしない。
毎日そこにあるんだから、とうぜんです。
で、ある人に言われたんですよ。
「最初はパシャパシャ写真撮る人がいっぱいいたのに
そういう人がいなくなって、ちょっと残念でしょう?」
って。
でもそれ、逆ですよ。
景色の一部になって、溶け込んでいる
いまの状態が正しい。
だって「壁画」なんだから。
人間の視野ってすごく広いから、
本人に観ているつもりがなくても、
無意識のうちに網膜から脳みそに情報は伝わっている。
考えてみたら、これってすごいことですよ。
あの前を通る人は、一日2回、かならず
『明日の神話』の映像を脳みそに取り込んでいるんだから。
その影響たるや、計り知れないくらい大きいはず。
それが壁画の〝メディア力〟です。
大衆にジワジワとメッセージを伝える力がある。
だから太郎は「核」をテーマに選んだんだと思います。
第五福竜丸の事件があった直後から、
太郎は核をテーマにした作品を繰り返し描いています。
『燃える人』(1955)とか、『原始』(1958)とかね。
壁画制作のオファーを受けたとき、
おそらく即座に「テーマはこれだ」って決めたはず。
世界に向けてメッセージするなら、
「核」しかないってね。
太郎は壁画がもつ高度なメディア性を
よくわかっていたから。
そういう意味でいえば、この『明日の神話』も
『太陽の塔』と同じように、
社会にメッセージを届けるメディアとして
つくられたものです。
メディアっていうより、
キャリヤー(搬送台車)っていった方が近いかな。
太郎は自らの思想をふたつの台車に乗せて
社会に放った。
日本人に向けて「縄文」を
打ち込もうとしたのが『太陽の塔』。
世界に向けて「核」の問題を
打ち出そうとしたのが『明日の神話』。
根底にあるのは、ともに〝いのち〟です。
分類からいえば、太郎って「洋画家」だけど、
一般の洋画家が描く画題は、
ほとんど描いていません。
テーブルのリンゴも描いてないし、裸の女も描いてない。
風景画もなければ、人物画もない。
太郎が生涯にわたって描き続けたのは、ただひとつ。
「いのち」です。
不思議な絵が多いけど、
みんな眼がついてて、こっちを見てる。
太郎が描くものにはすべて生命が宿っているんです。
岡本芸術が内に秘めているのは
三つの概念だとぼくは考えています。
「自由」「誇り」「尊厳」です。
絵画であれ彫刻であれ、大きかろうと小さかろうと
すべての作品に共通している。
そして、一番根っこにあるのが〝いのち〟です。
太郎は〝いのち〟を描き続けた作家です。
それを誰のために描いたのか。
これははっきりしています。
太郎が「ピープル」と呼んだ市井の人々、大衆です。
「芸術は大衆のもの」。
それが太郎の芸術思想の根幹ですからね。
1点ものの絵を売らなかったのも、
『太陽の塔』や『明日の神話』のような
パブリックアートをたくさんつくったのも、
『顔のグラス』のようなノベルティを手がけたのも、
すべてこの芸術観によるものです。
芸術は日々の暮らしの中で生かされるべきものであって、
金持ちのリビングや大企業の社長室で
窒息させるなんて
意味がないと考えていたわけですね。
『顔のグラス』のとき、
周囲にずいぶん反対されたらしいんですよ。
1本に1個ついてくるっていう、
ウイスキーのオマケだったから、
そんなことしたら
「私はタダのオマケをつくる程度の作家です」って
宣言するようなものじゃないかってね。
でも太郎は
「だれでも手に入る。それでみんなが嬉しくなる。
それのどこが悪いんだ!」
と言って、画期的な作品を送り出しました。
「ほぼ日手帳」も同じですよ。
岡本芸術を暮らしの中に届けてくれるキャリヤーです。
しかも手帳だから、
手に取って、毎日使うものでしょう?
やがて意識しなくなるだろうけど、
毎日視界には入ってる。
こうして無意識のうちに太郎のメッセージが
網膜から脳みそに‥‥(笑)。
『明日の神話』と同じです。
前回は『建設』でしたよね?
あれもすごく好きな作品だったけど、
今度の二つは、別格です。
いま話してきたような、特別の物語を背負っていますから。
いろんな人が使ってくれるといいですね。
手垢でボロボロになって欲しいな。
(平野暁臣さん編はこちらでおしまいです。
今回のインタビューは、岡本太郎記念館にある、
もともと岡本太郎さんの家の応接室だった場所で
おこなわれました。
さまざまな場所から岡本太郎さんの思いが感じられて、
まるでTAROがいまも生きているかのようでした。
いや、いまもあちこちの場所で‥‥生きている!
お読みくださって、ありがとうございました。
そして特集は、OKAMOTO’S編につづきます)