第2回絵巻にはルールがある
同一人物を何度も描く「異時同図法」
- ――
- 絵巻を見るときに
どんなことを覚えておくといいでしょうか。
- 上野
- まず大前提として、
絵巻では、時間軸が右から左へ流れるんですよ。
- ――
- はい。右から左へ、見ていくんですね。
- 上野
- 右から左へ、時間と場所がどんどん動いていくので
同じ登場人物が何度も描かれたりします。
異なる時間が同じ図の中にあるということで
「異時同図法(いじどうずほう)」といいます。
これは絵巻特有の特徴なんです。
ちょっと、こちらを見てみましょう。
- 上野
- 右の赤っぽい建物と左の青っぽい建物はつながっていますが、
中に描かれている男女は、同じ主人公です。
「隣の部屋にも人がいる」ということではありません。
- ――
- この男女は、右側の部屋で話をした後に
左側の部屋に移動して眠った、
みたいなことでしょうか。
- 上野
- そうですね。
まったく同じ部屋をもう一度描くよりも、
このほうが、絵がスムーズに
進行していきますよね。
- ――
- なるほど。
絵としての完成度は、高くなりますね。
ちなみに、これはどんなお話なんですか。
- 上野
- ある僧が、越後国菅野にある地蔵堂に
1000日間こもって修行をしているんですが、
そこを訪れた美女に、一目惚れしてしまうんです。
修行の間、気が気じゃないんですが、
やっと1000日が終わって、ついに告白。
その女に導かれるままに連れてこられた場所で
夢のような日々を過ごしていました。
‥‥が、ある夜、僧が女の着物の裾をめくると
龍の尾のようなものが出ている。
そこで僧は、実は女が龍女で、
この場所が龍宮だったんだと気づくんです。
- ――
- このシーン、本当に
デレーっとした表情ですね。
- 上野
- そうなんです(笑)。
その後「家に帰りたい」と頼む僧に、女は
地蔵堂で僧が写経した経を取り出して見せます。
そこに繰り返し書いてあった文字は
「写経を終えて女と寝たい」(笑)。
煩悩をなくすために修行していたのにね。
- ――
- (笑)。
- 上野
- 結局、龍宮から帰してもらえるのですが、
さて、どうやって帰るのか‥‥?
なんと、海の上を歩いて帰るんです。
絵巻では、こういう発想力、想像力が
とっても豊かなんですよね。
- ――
- うわあ、自由ですね。おもしろいです。
ほかにも絵巻独自のルールがあれば、教えてください。
天井と壁のない「吹抜屋台」
- 上野
- 絵巻物特有の表現方法として
知っておくといいのが、
「吹抜屋台(ふきぬきやたい)」です。
本来、絵巻は手で持って、肩幅60cmぐらいに広げ、
斜め上から見るものなんですね。
- ――
- 屏風や掛け軸と、全然違う見方ですね。
- 上野
- 絵巻の中の世界を俯瞰して見ているので、
その目線に合わせた構図で描かれているんです。
- ――
- はい。ちょっと上から
覗きこんでいる雰囲気です。
- 上野
- 覗いて見るときに、
建物の屋根とか壁って、邪魔じゃないですか。
だから当然のごとく、取っ払ってしまった。
それが「吹抜屋台」です。
こちらを見てみましょう。
- ――
- わあ。ちょっとドールハウスみたい。
- 上野
- 屋根がない。ありえないですよね。
でも、絵巻を下に置いて見たときと、
視線の角度がちょうど同じだから
自然と絵の中に入り込める。
- ――
- 本当に、覗き込んでいる雰囲気です。
屏風や着物の描写も細かいですね。
- 上野
- それは「画中画」といわれるもので、
絵の中で、ミニチュア感を楽しめるだけでなく、
「こんな絵も描けますよ」と、
絵師の技術を披露する場でもあったんです。
「霞」は便利な省略ツール
- 上野
- この『石山寺縁起絵巻』は
紫式部が新作物語を書くために
石山寺にこもり、琵琶湖を見ているうちに
『源氏物語』の着想を得た、というシーンです。
- 上野
- 絵巻って、横幅にはとても恵まれているんですが、
縦の幅には限りがあるので、
高さの表現がとてもむずかしいんですよね。
そういう時に、役に立つのが「霞(かすみ)」。
「すやり霞」ともいいます。
- ――
- ああ、この白や青のモヤのような。
- 上野
- 画面の途中にこういう霞があると、
時間や場所がワープしたりします。
省略マークで、S字を2本重ねて
ニョローンって書いたりしますよね。
まさにあの記号と同じような効果です。
- ――
- なるほど。
- 上野
- しかも、場面と場面が
スパッと切り変わるというよりは、
なんとなくフェイドアウト、そして
フェイドインすることができるんです。
- ――
- わあ。いいアイディアですね。
- 上野
- この絵巻でいうと、
紫式部がいる部屋は、とても高い位置にあるんです。
でも、この場面に湖も描きたかった。
そのために、ものすごい高さと距離を
霞で解消し、月が映る湖までつなげていくわけです。
途中で、建物の下にも霞を入れたりして‥‥。
- ――
- すごい。まるで、ドローンカメラで
撮影するようなカメラワークを、
霞を描くだけで、やってしまうんですね。
(つづきます)