第3回絵巻愛を、取り戻せ!
早送りも巻き戻しも、自由自在
- ――
- 展覧会などで見る絵巻は
広げて展示されていますが、
実際は手に持って見られていたんですよね?
- 上野
- はい。本来は肩幅60cmぐらいずつ開きながら、
手の中で巻き進めて読みます。
ここに、現物と同サイズの
『鳥獣人物戯画』のレプリカがあるので
実際にお見せしますね。
-
両手で持って、左へくるくる回しながら開き、
ほどよいところで左手を止めて、鑑賞します。
- 次のシーンへ進みたいときは、
一度右手で巻き取って閉じてから、
また左手を動かし、開いていきます。
- ――
- 本当に、いち部分ずつ見ていくんですね。
そうか。60cm幅ずつだから、
さっきの「異時同図法」で
同じ人たちが近くに描かれていても
画面内で混乱するようなことはないんですね。
- 上野
- そうなんです。それから、
「あ、今の場面、もう1回見たい」と思えば
自分で巻き戻せますし、
ゆっくり巻きながら見ればスローモーション、
速く巻けば、早送りにも見えるんです。
- ――
- 自分でコントロールできる。
- 上野
- 自分のさじ加減ひとつで、
物語の序破急が、なんとでもなる。
まさに、手の中で物語が展開しているんですよ。
- ――
- すごい。
- 上野
- そして、もうひとつ。
両手で持っている絵巻の
右手側が「過去」なんです。
で、左手側が「未来」なんですよね。
読んでいくときも、右手には見終わったものがあって、
左手には、まだ知らない世界がつまっている。
そういう時間の経過も楽しめるメディアなんですよね。
- ――
- おもしろいです。
- 上野
- でも、現代人は絵巻に愛着を持つ機会が
ほとんどないですよね。
展覧会場では広げて展示するしかないですし、
やっぱり左から右に見ちゃう人がいるんですよ。
ああ、「絵巻愛」がなくなっているんだなって。
- ――
- 絵巻愛。
- 上野
- 絵巻って日本人の個性がつまったものだし、昔の人たちの
こんなにも想像力豊かな世界が広がっている。
それを日本人としてぜひ
知ってほしいなって思うんですね。
だから、今回の企画展では、せめて
昔の人がどうやって絵巻を愛していたのか、
どれだけ熱狂していたのかを
生々しい日記類と突き合わせながら、
お見せできるような展示を考えてみたんです。
絵巻マニアたちの日記
- ――
- 絵巻を愛していた昔の人って
どんな方々だったんですか。
- 上野
- 絵巻を作るには、依頼する人がいて、
言葉を書く人がいて、絵師がいて‥‥
総合的にお金がかかるんですね。
だから本当に身分の高い一定の人しか
絵巻を作れなかったし、鑑賞できなかったんです。
- ――
- ああ、そうか。
- 上野
- だから、絵巻は完全なオーダーメイドでした。
他の誰かから借りた絵巻で
どうしても気に入ったものがあれば、
手元に置いておくために、
模写をすることもよくありました。
- ――
- それは、大変ですね。
貸し借りも、多かったんですか。
- 上野
- 絵巻ってコンパクトになるし、
本当に持ち運びやすいものなので
「誰かがおもしろい絵巻を持っている」
という情報を人づてに聞きつければ、
絵巻マニアたちは、取り寄せるわけです。
2~3日で読んで返したり、
26巻セットを4泊5日で借りて、
そのうち1巻を延滞する、みたいな。
- ――
- DVDのレンタルみたい(笑)。
たしかに、大きい屏風は借りにくいけれど、
絵巻なら、携帯もしやすいですよね。
- 上野
- 昔の人の日記に、そういうことが
たくさん書かれているんですよ。
- ――
- 貸し借りには、貸し出し料とかが
発生したりするんですか?
- 上野
- 日記には、お金のことは書いてありませんでした。
「借りた」、「返した」だけで。
でも、たぶん、ギブ&テイクで、
「借りたからには、今度は貸すよ」っていう
やりとりはあったと思います。
- ――
- マニアの人って、そうやって
日記を書いていたんですね。
- 上野
- ああ、それは、
今回の展覧会で取り上げるのが
天皇や皇族の方、貴族、将軍といった
日記が残っている人を
選んでいるから、ということもありますが。
- ――
- なるほど。その日記には、
絵巻の感想も書いてあるんですか?
- 上野
- 書いてありますよ。
「珍重すべきものなり」とか、
「殊勝殊勝」って、2回繰り返してみたりとか。
あとは、「感動で涙した」とか。
よほど、よかったんでしょうね(笑)。
- ――
- 涙まで‥‥。
- 上野
- たとえば、今回複製を展示している『看聞日記』は
皇族の後崇光院(ごすこういん)という方が書いたものですが、
この方の日記の中に「電覧(でんらん)」っていう文字が
たまに出てきているんです。
たぶん、絵巻を高速鑑賞していたんでしょうね(笑)。
- ――
- 高速鑑賞!
- 上野
- 稲妻のごとく鑑賞する(笑)。
- ――
- そうとうおもしろい絵巻だったんですね。
ちなみに日記の形式はどういう感じですか。
ほぼ日手帳みたいな「1日1ページ」ということは
さすがに、ないですよね?
- 上野
- 1日1ページという感じではないですね。
縦書きで冒頭に「何日」って書いて、
内容をその左につなげて書きます。
ノートの端からつめて書くみたいに。
- ――
- ああ、なるほど。
- 上野
- しかも、日記自体も巻物なので、
どんどん紙を継ぎ足していくことができたんです。
- ――
- 日記も巻物なんだ!
継ぎ足しながら、日々のことを
どんどん書いていったんですね。
- 上野
- こんなふうに、マニアたちの熱狂ぶりは
すごかったんですよね。
いま「大人がマンガを読む時代になった」とか
言われますけど、
70代ぐらいで『放屁合戦絵巻』を楽しんでいた
皇族の方もいたわけで(笑)。
- ――
- 大人がマンガ読むどころじゃないですね。
- 上野
- それに、日本のマンガがいま
世界で認められつつありますが、
その何百年も前から
こういうものがあったって思えるのも、
日本人としてうれしいですよね。
- ――
- はい、そう思います。
今日は絵巻についていろいろお聞きできて
おもしろかったです。
ありがとうございました!
(おわります)