3若者は、絶望からはじめよ。
- ーー
- 九楊さんに「おちつけ」を
書いていただいたおかげで、
いろんなグッズが生まれました。
掛け軸、ピンバッジ、キーホルダー、マグカップ、
そして、ほぼ日手帳が仲間入りです。
これまでやり取りを重ねてきた中で、
グッズにできるものとNGなものが
はっきりしていた印象がありました。
- 石川
- 「おちつけ」でグッズにできるかどうかは、
ぼくではなく、女房が決めていたんです。
要するに、粗末に使われたり、
捨てられたりすることが前提のものはダメ。
大事にされることが、女房の基準でしたね。
手帳だとか日記だとかいうものは
非常に大事なものです。
ぼくも手帳はほぼ日手帳に限らず、
どんな手帳でも捨てることなく残しています。
- ーー
- 九楊さんにとっての手帳も、
大事なものだったんですね。
- 石川
- 手帳には、日記の要素があります。
東アジアにおける手帳というものは、
日記でもあって、大事にされてきたものなんです。
西洋の文学においては、
日記や手紙は文学ジャンルに入りません。
ところが東アジアでは、
森鴎外でも夏目漱石でも誰でも、
全集には日記と手紙の書簡編、両方があるでしょう?
東アジアでは、漢字の誕生とともにある日記と
書の誕生とともにある書簡とは、
最も大事な文学のジャンルです。
しかもほぼ日手帳には、
毎日、言葉が書かれていますよね。
ぼくはこれを読むのが好きでね。
- ーー
- ほぼ日手帳の「日々の言葉」を
たのしみにしていただけているんですね。
ありがとうございます。
そういえば、九楊さんと糸井の対談は、
「日々の言葉」を選ぶ時にも
つい載せたくなると言われたことがあります。
ほぼ日手帳2019の「日々の言葉」
- 石川
- そうですか。
現代文の試験にもよく出ますので(笑)。
- ーー
- なるほど(笑)。
九楊さんがいま「おちつけ」と
言ってあげたいような人っていますか。
- 石川
- 「みんな、なんでそんなに急ぐのよ」
とは思っています。
ぼくらが教わったことばで言うとね、
「慌てる乞食はもらいが少ない」と。
みんな、パッ、パッて、早いもんです。
ビジネスやってる人は、すぐに決めてしまう。
1回受けとめて、少し考えてから返事せえよ。
- ーー
- 忙しすぎるのでしょうか。
- 石川
- ことばじゃなく、ほとんど反応で決めてしまう。
条件反射みたいな段階に入ってきているのかな。
だから1回、スマホを捨てなさい。
少なくとも生活の場面では捨ててみて、
ゆったりとした、自由な、無限とも思えるような
時間の流れがあることを知った方がいい。
その方が人間らしい生活であると
気づくかもしれないから。
あと、若い人たちを見ていて思うのが、
みんな、ハウツーばかりを知りたがる。
- ーー
- ハウツーですか。
- 石川
- 大学で先生方から話を聞いているとね、
みんな、ハウツーの対応なんですよ。
「こういうケースではこうしましょう」
という答えを、みんなで学んでいるんですよ。
そうじゃないだろう。
大事なことは、もうひとつ下にあるんです。
何のためにそれをやっていて、
何が大事かということがわかれば、
どうすべきか、問題に対する違う答えだって
いくらでも見つかるでしょうよ。
ところが若い人たちはみんな、
こういう時にはこう、こういう時にはこうって、
一つひとつ、ケースバイケースで
答えをほしがるんですよ。
テレビのコメンテーターとかいう人たちも、
ケースに応じてしか答えていない。
どこに問題があるか、
どこを直さなければいけないか、
根本的なところまで降りていかないで
答えてしまうんです。
ことばをもっとちゃんと自分の胸にしまって、
受け止めてはどうか。
- ーー
- なにか問題にぶつかった時、
すぐに答えを出そうとしてしまうんですね。
- 石川
- 休みの日もスマホで場所を探しながら、
目的地まで行って遊んで帰るだけじゃつまらない。
もうちょっとのんびり、
今日はどこへ行こうかなと考えるぐらいの
時間の流れを取り戻さないと、貧しくなります。
人間が生きるというのはどういうことか、
正面から向き合ってみたらどうでしょうか。
結婚するというのはどういうことなのか。
恋愛するというのはどういうことなのか。
家庭というものはどう考えるべきなのか。
子供を育てるとはどういうことなのか。
人間と人間が面と向かってどう生きるかを、
豊かに考えて、いっぱい考えて、
そして悔いのない生活をしましょうよ。
そこをベースに新しい技術が
できてこなきゃならないのに、
スマホが生活の中に無理矢理入ってきてしまうから、
生活がこんなにも歪められているんです。
歪められたものが正常な生活の姿だと思ってしまう。
- ーー
- 自問自答が足りていないわけですね。
ぼくたちは今、
不自然な姿で暮らしているのでしょうか。
- 石川
- はい、かなり不自然ですよ。
だから、もうちょっと自分を取り戻そう。
自分が主(ぬし)として、この世界に産み落とされて、
生まれ育ってきたわけですから。
自分自身が主人公としてどう生きていくのか、
というところから考えていくんですよ。
そういうものを取り返していかないと、
生涯、スマホからの指令に操られて、
歪められた世界でアタフタしているうちに、
知らない間に消えていくことになっちゃう。
だから「おちつけ」。
- ーー
- 「おちつけ」。
- 石川
- おちつくとは、自分を取り戻せということです。
ある意味では、居直るということです。
自分としては精一杯、ここまでやった。
これが自分のすべてだ、
という全力をみんなが出せるなら、
そういう社会はおもしろいじゃないですか。
- ーー
- おもしろくなりますね。
- 石川
- そのためにも、自分を取り戻さないと。
人間というのは自分が生きていき、家族を作り、
さらにまた次の世代が生きていくために
仕事をしているわけです。
仕事をするためだとか、
経済的な成果を上げるために
生きているわけじゃないわけですよ。
とにかく生きればいいんです。
それぞれの人が、ちゃんと生きられればいい。
それが一番いい社会であって、
スマートフォンで繋がるとか繋がらないとか、
外国に行くとか行かないとか、
そういうところじゃないだろうと。
- ーー
- まずは、自分が生きることですね。
- 石川
- 自分を主としないといかん。
自分に自信を持って、自分を頼りにして、
自分が責任を持つんです。
そのためには要するに、
1回、絶望せないかんね。
- ーー
- えっ、絶望ですか。
- 石川
- それはそうですよ。
ぼくらが大学の時、最初に出会ったのは絶望ですよ。
本当の意味での絶望です。
- ーー
- 何への絶望でしょうか。
- 石川
- 生きることへの絶望、何もない、
何事でもないということです。
今の若い人も、いろんな問題に遭遇した時に、
何のために生きているんだろうかと
思い詰めることがあると思いますけど、
絶望が生きることの前提だということを知るべきです。
絶望が絶対的な出発点であるから、
あとは全部、儲けものなんですよ。
絶望の中での悲しみを抱きながら生きていくと、
一つひとつが有り難い、希有のことになります。
若い人というのは、1回絶望しないといかん。
絶望からしか始まらないんですよ。
絶望から出発すれば、あとはみんなプラスです。
- ーー
- 絶望からが、スタート。
- 石川
- 最近は、就職活動中の学生さんも
みんなで同じようなリクルートスーツを着るのが
ルールみたいになっていて、
まるで横並びみたいじゃないですか。
そうじゃなしに、自分がこうやりたいからやる。
私はそんなことやりたくない、
と言える社会にしないといけませんよね。
それぞれが、それぞれの考え方を持つ。
他人と比較した差異じゃなくて、
自分の考え方、生き方を練り上げていく。
そういう人たちが集まったら、もっとたのしいです。
- ーー
- 「おちつけ」の話をきっかけに、
生きるというところまでお話を伺えました。
この春から新生活を控えている方の
背中を押すメッセージとして伝われば嬉しいです。
どうもありがとうございました。
- 石川
- いやいや、どうも。
つい、お爺さんからのことばになってしまいました。
ありがとうございます。
(おわります)