2書けば、思考が流れ出る。
- ーー
- 「おちつけ」のほぼ日手帳は4月はじまりです。
春から新生活がはじまる方は
期待と不安が入り混じっていると思うので、
「おちつけ」ということばは、
ぴったりなメッセージだと思うんです。
縛られずに過ごしなさい、
というお話は身が引き締まる思いです。
- 石川
- ぼくは、なるべく予定を入れないんです。
みんな、すぐに予定を入れてくるでしょう?
ぼくの記憶だと1990年代ぐらいかな、
バブルが終わった頃から
若い人たちが手帳を持つようになった。
そして予定をどんどん入れるようになったんです。
ぼくも、ほぼ日手帳を愛用させてもらってますけど、
全然使ってはいないです。
- ーー
- 「愛用しているけれど、使っていない」
というのは、どういうことでしょう。
もしよろしければ、
手帳の中を見せていただけませんか。
- 石川
- 使っているのは、ほぼ1ヶ所だけ。
「こんなので先生、よくわかりますね」
とまわりからは言われます。
- ーー
- うわあ、年間カレンダーにびっしり!
スケジュールはすべて、
ここで管理されているんですか。
- 石川
- 忘備録。
まずは、展覧会の日程ですね。
大学へ行く日、稽古に行く日、講演に行く日、
予定なんてこれだけなんですよ。
あとはすこしだけ貼り込んだりもするけれど、
手帳のほとんどは空白なんです。
スペースが広いから便利に使ってますが、
一番はカレンダー、ここが命。
- ーー
- 展覧会みたいに数ヶ月間をかけて取り組む予定は、
一覧になっているとわかりやすいですね。
- 石川
- そう、一見できてね。
他の人が見たときに、
これでわかるのかと訊かれますが、
あんまりわからんのです。
- ーー
- あ、わからないですか(笑)。
- 石川
- 自分でも何だったかなと思うんだけど、
一応何かがあるということはわかる。
- ーー
- 今日も「ほぼ日」と書いてくださって。
- 石川
- 「ほぼ日」って書いてあるね。
ほとんど使っていないけれど、
革のカバーは気に入っているし、
重さもちょうどいいし。
カバーにポケットが多いから、
持ち歩きたいものを入れておけます。
- ーー
- 手帳という機能に縛られることなく、
自由に使っていただき、ありがとうございます。
ほぼ日手帳は使い方が決まっていないので、
これからもぜひ、
使いやすいように使ってください。
普段の文字や原稿を書かれる時には、
どんな文房具を使っていますか。
- 石川
- 普段使うのは鉛筆、シャープペンと、ボールペン。
これ(三菱鉛筆/シグノ太字 1.0)で
原稿を書きますが、これが非常に書きやすい。
「宛名書き用」と書いてあって、
インクがどんどん出てくるわけです。
引っ掛かりが少ないおかげで、
思考がすっと流れ出てきます。
油性のボールペンはちょっと粘りますし、
ある程度の圧をかけないといけない。
インクがすらすらと流れ出てきますから、
原稿を書くのに非常に向いているわけです。
- ーー
- シグノの宛名書き用のペン。
真似したい人がいると思います。
- 石川
- これはいいですよ。
河東碧梧桐の連載はこのペンで書きました。
第1回目は今まで通り2Bの鉛筆でしたが、
ちょっと引っ掛かりが強いのが気になった。
- ーー
- 九楊さんが糸井と対談をされた時に、
「このペンが好きだな」というところから
書ははじまっているというお話が印象的だったんです。
ゲルインキのボールペンに辿り着くまでにも、
いろいろ試されてきたのでしょうか。
- 石川
- 書いていると具合が悪く感じることがあって、
なんとかならないかと考えるわけです。
何かの機会でいいペンを知り、試します。
専用の原稿用紙は三菱製紙のハイグレード書籍用紙。
滑りのいい紙に書いているんですけど、
2Bの鉛筆がどうも滑りが悪く感じたんです。
毎月の連載で原稿用紙40枚ぐらいとなると、
引っ掛かりが気になって仕方がない。
このゲルインキのペンは、
案内状の宛名書きに使っていたんですが、
コート紙なんかにもすっとインクが乗りますから。
油性のボールペンだと紙に埋まってしまうし、
万年筆だとインクが流れてしまう。
このペンは定着率がちょうどよかった。
原稿を書き出したら、非常に都合がよくて、
おかげで河東碧梧桐が書けました。
このペンなんて、安いもんですよ。
ただね、唯一の欠点があって、
インクがあっという間になくなってしまう。
替芯を3ケースぐらい買って、いつも置いてます。
- ーー
- 一方で、筆を持って書に向かう時には、
どのような心持ちで
向き合っていらっしゃるのでしょうか。
- 石川
- 書は、間違えられないんです。
原稿なら、間違えたら塗り潰せばいい。
原稿の場合は、最初はともかく
頭の中にある考えを早く出すようにします。
もちろんセレクトしながらですけども、
未成熟でもいいからそのまま出す。
校正でもう少し深めればいいんです。
ところが、書は一発勝負。
緊張度がまるで違いますよね。
一点、一画がすべてなので、
やり変えるということはできません。
- ーー
- 自分が書いている作品がいいものか、
あるいは反故にすべきものか、
その見極めはどこでされているのでしょうか。
- 石川
- 最初に筆を下ろした時、
あるいは一画、二画ぐらい書けば大体わかります。
ダメな時は、その時点でわかってしまう。
だって、そこから展開していって
作品ができてくるわけですから。
最初のひと書きが、ちょっとでも違っていたら、
自分の考えとの間にずれがあるということ。
やっぱりうまく展開していかないですね。
最初のところでうまく書けていれば、
途中でちょっとした齟齬があっても、
そのミスは吸収できるわけです。
書は人生みたいなものだから、
多少の間違いは、あとから取り戻せます。
だけど最初から失敗していたら、
そのまま書き進めてもまずいですよね。
- ーー
- その緊張感というものは、
表現にとってプラスに働いてくれるものですか。
- 石川
- その緊張感が快感にならない人に、
書はできないですね。
- ーー
- 経験とともに緊張は強くなるものですか。
あるいは、慣れていくものでしょうか。
- 石川
- 緊張感は習慣によって変わってきます。
ぼくの場合、集中の度合いなんかも
若い頃と比べたら、今は全然違う。
若い頃の書がいかにアバウトだったか。
要するに、集中している時というのは
何も聞こえなくなるわけです。
周囲の音は、自分の中で勝手に処理されるから、
聞こえているけれど、聞こえていない。
この間、名古屋の古川美術館というところで
公開制作というものをやったんです。
1日2時間ずつで3日間、
そこに残業の4時間で合計10時間ほどの
時間をかけて書きました。
集中は、今でも2時間はもちます。
その時は、この世のものでもないような、
結構いい顔をしていたんじゃないですかね。
- ーー
- この世のものでもない集中力。
ぜひ一度、拝見してみたいです。
(つづきます)