第2回 ホモ・サピエンスが勝った理由。
──
ちなみに、ネアンデルタール人やデニソワ人が
「いなくなった理由」というのは
やはり、ホモ・サピエンスと争った結果ですか?
髙橋
ま、やっつけちゃったんでしょうね。
ふつうに考えて。
高橋先生l
──
「出アフリカ」の時期は
ホモ・サピエンスのほうが遅いから、
われわれの祖先は
ヨーロッパやアジアに「先住」していた
ネアンデルタール人や
デニソワ人を駆逐してしまった‥‥と。
髙橋
そう、変なやつらがいるなってんでね。
──
ネアンデルタール人というのは
ホモ・サピエンスより
身体も、脳の容量も大きかったと聞きますが、
なぜ、われわれは「勝てた」んでしょうか。
髙橋
いろいろ理由が考えられますが、順を追って。
まず、ひとつには
「魚を食べていた」ことが大きいと思います。
──
魚食‥‥が、勝った理由のひとつ?
髙橋
第一に、陸上の草食動物の肉だけでなく、
魚も食べていたら
熾烈な食物の獲得競争から、逃れられますから。

ネアンデルタール人だけじゃなしに
オオカミなど他の肉食動物とも競合しませんし。
──
なるほど。マンモスをはじめ
「ネアンデルタール人が肉食だった」とは
よく言われていることですよね。
髙橋
健康の維持にとっては
良質なタンパク質が決定的に重要なんですが、
ネアンデルタール人のタンパク源が肉だとすると、
ホモ・サピエンスは
肉に加えて、主要なタンパク源として
海の貝や魚を食べていたことが、わかっています。
──
われわれのご先祖さまは
なぜ、海産物を食べはじめたんでしょう?
髙橋
たぶん、食物の獲得競争に負け、
はしっこのほうに追いやられてしまった人たちが
しかたなくはじめた食習慣でしょう。
魚食l
──
ぼくらは、追いやられた人たちの子孫ですか。
髙橋
さらに重要なことに、
魚には
われわれ自身ではつくりだすことのできない
必須脂肪酸が多く含まれてるんです。
もともとは
プランクトンがつくってくれたものですが。

「オメガスリー脂肪酸」ってご存知ですか?
──
いえ、知りません。
髙橋
じゃ、DHAとかEPAとか。
──
あ、それなら聞いたことあります。
たしか、脳とか目にいいとか‥‥。
髙橋
イワシやサバなど青魚の脂に
たくさん含まれているものなんですが
脳の神経細胞や網膜にとって
とても大切なはたらきをする成分なんです。

で、ホモ・サピエンスの脳というのは
ある時期から
質的に急激な発達を遂げていくんですけど
それが
魚食と関係あると考えられているんですよ。
──
DHAやEPAのおかげで、脳が発達した。
髙橋
ようするに、われわれの先祖が魚を食べて
脳を大きくするような食生活を
ある程度‥‥ま、ある程度って言ったって
数十万年というオーダーですけど、
そういう期間、続けてきた結果、
ネアンデルタール人より
「言語能力」に優れてしまったってことが
容易に推測されるわけです。
──
つまり、それが「勝った理由」だと。
髙橋
もちろん、言葉をあやつる能力の裏には
記憶力や構想力、発想力などがあるわけで、
ホモ・サピエンスは、
さまざまな側面で優位に立ったでしょう。
──
具体的には、どのような場面ですか?
髙橋
たとえば、獲物を仕留めるときなんかね。

われわれホモ・サピエンスのご先祖が
ネアンデルタール人や
デニソワ人より優位性があっただろうと
考えられているものに
「アトラトル」という道具があります。
──
あ、槍をビュンって投げる道具ですよね。
Atlatl
髙橋
そう、ホモ・サピエンスは
地球上のあらゆる場所へ広がっていきますが、
その道具、
どんな地域の遺跡からも出てくるんです。

で、画期的だったのは、
ウサギのような
小さくてすばしこい動物を捕らえるのにも
役に立っただろうってこと。
──
なぜ、そのことが画期的なんですか?
髙橋
大型動物というのは
ネアンデルタール人やデニソワ人たちと
競合するに決まってるからです。

脳の発達により、便利な道具を発明して、
ウサギだタヌキだキツネだという
より小さな獲物でも捕れるようになると、
食料獲得のパフォーマンスが
それはもう画期的に、改善したわけです。
──
大勢で寄ってたかって
マンモスを追い詰めるだけの人たちよりも。
なるほど。
髙橋
これらが、われわれホモ・サピエンスが
今、こうして
生き残っている大きな理由のひとつです。

で、もうひとつ、
「おもしろくない話」をしますとね‥‥。
高橋先生l
──
ええ‥‥おもしろくない話。
髙橋
「武器」になっちゃいますよね、その道具。
──
あ、つまり「他のヒト」に対する。
髙橋
それこそデニソワ洞窟もそうでしょうけど、
棲み家や獲物をめぐって、
ネアンデルタールやデニソワの人たちと
諍いが起きた、
ケンカになっちゃったってときに
信長の鉄砲じゃないけれども
アトラトルのような「飛び道具」というのは
圧倒的な威力を発揮したはずです。
──
いくら、ネアンデルタール人が
肉体的に、
ホモ・サピエンスに優っていたとしても。
髙橋
レスリングだとか
「一対一のデスマッチ」とかをやったら
絶対に勝てなかったでしょうし、
そもそも、ホモ・サピエンスというのは
彼らからしてみれば「新参者」です。
──
ヨーロッパにはネアンデルタール人が、
アジアにはデニソワ人が、
すでに長く暮らしていたんですものね。
髙橋
そうです、大先輩ですよ。

ホモ・サピエンスと出会った時点で
あちらの先輩方は、
すでに「10万年、20万年」住んでいたのに
遭遇後、数万年というきわめて短い間に
新参者に滅ぼされてしまった。

それはひとえに、魚食で発達させた脳、
それによって得た、より高度な言語を操る能力、
そしてアトラトルという
狩猟道具かつ武器にもなるようなものを
創りだす発想力などを
たまたま、我々の先祖が獲得したためでしょう。
──
ネアンデルタール人やデニソワ人には
そういう、
便利な道具兼武器をつくりだす能力が
なかったんでしょうか。
髙橋
と、言うよりも‥‥。

つまり、現代でもそうですけど、
世の中を変えるような発明・発見をする人、
そんな人は何万人に1人のような割合で、
そんなにはゴロゴロいません。

メンデルとか、ニュートンとか、
アインシュタインとか、そういう人たちは。
ニュートン、メンデル、アインシュタイン
──
はい。
髙橋
でも、彼ら天才の考え出したことって
われわれのように非常に凡庸な一般人にでも
一応、理解できるじゃないですか。
それって、何のせいだと思います?
──
噛み砕いて教えてもらえるから‥‥とか?
髙橋
言葉を上手に話せるからですよ。

つまり、言葉を話せたり、読み書きできたり、
コミュニケーションによって
天才の言うことも、理解できるようになる。
──
なるほど。
髙橋
ですから、確率的に言うならば、
ネアンデルタール人のなかにも、
デニソワ人のなかにも、
アトラトルのような道具を発明した人が
いたかも知れません。

ただ、それが「文化」として広がらなかった。
──
ホモ・サピエンスほど
高度な言語を持たなかったから。なるほど‥‥。

発明があったとしても孤発例で終わってしまい、
周囲にまで広まることがなかった。
髙橋
そういう、ある意味で殺伐とした歴史のうえに
われわれは生きているわけです。

まあ、ネアンデルタールやデニソワの時代から
何十万年も経ってますが
いまだに
戦争だなんだって同じようなことしてますけど。
──
それも、ホモ・サピエンス同士で。
髙橋
でもね、ひとつ、「滅ぼした」といっても
ホモ・サピエンスとネアンデルタール人が
「ひたすら
 喧嘩ばっかりしてたわけでもないだろう」
と思えることが、あるんです。
──
それは?
髙橋
アフリカにずっと住んでいる人たち以外の
われわれ現代人のゲノムには、
ネアンデルタール人のDNAが数パーセント、
混じっているんです。
──
え、つまり‥‥。
髙橋
はるか何十万年も昔、
ホモ・サピエンスとネアンデルタール人が
言葉はよくないけど
いわゆる「交雑」していた証拠です。
──
子どもを、つくっていた?
髙橋
そう。長い歴史のなかのある時期には、
ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は
たしかに、一緒に暮らしていたんです。

どうです、少しは心やすまるでしょう?
──
子どもをつくっていた、ということは
仲良くしてたってこと‥‥ですものね。
髙橋
ちなみに、その「交雑」は、
ネアンデルタール人がアフリカから出たあと、
つまりアフリカ大陸の外で起こったため、
現在のアフリカ人には
ネアンデルタール人のDNAは混じっていません。
──
そういうチャンスが、なかったから。
髙橋
そうです。
──
でも、数十万年も前の交じり合いの痕跡が
現代のぼくらの身体に残っているとは。
髙橋
どうです、ロマンチックでしょう?(笑)
ホモサイエンスとネアンデルタール人の頭蓋骨
<続きます>
2014-10-30-THU