- ──
- ちなみに、ネアンデルタール人やデニソワ人が
「いなくなった理由」というのは
やはり、ホモ・サピエンスと争った結果ですか?
- 髙橋
- ま、やっつけちゃったんでしょうね。
ふつうに考えて。
- ──
- 「出アフリカ」の時期は
ホモ・サピエンスのほうが遅いから、
われわれの祖先は
ヨーロッパやアジアに「先住」していた
ネアンデルタール人や
デニソワ人を駆逐してしまった‥‥と。
- 髙橋
- そう、変なやつらがいるなってんでね。
- ──
- ネアンデルタール人というのは
ホモ・サピエンスより
身体も、脳の容量も大きかったと聞きますが、
なぜ、われわれは「勝てた」んでしょうか。
- 髙橋
- いろいろ理由が考えられますが、順を追って。
まず、ひとつには
「魚を食べていた」ことが大きいと思います。
- ──
- 魚食‥‥が、勝った理由のひとつ?
- 髙橋
- 第一に、陸上の草食動物の肉だけでなく、
魚も食べていたら
熾烈な食物の獲得競争から、逃れられますから。
ネアンデルタール人だけじゃなしに
オオカミなど他の肉食動物とも競合しませんし。
- ──
-
なるほど。マンモスをはじめ
「ネアンデルタール人が肉食だった」とは
よく言われていることですよね。
- 髙橋
- 健康の維持にとっては
良質なタンパク質が決定的に重要なんですが、
ネアンデルタール人のタンパク源が肉だとすると、
ホモ・サピエンスは
肉に加えて、主要なタンパク源として
海の貝や魚を食べていたことが、わかっています。
- ──
- われわれのご先祖さまは
なぜ、海産物を食べはじめたんでしょう?
- 髙橋
- たぶん、食物の獲得競争に負け、
はしっこのほうに追いやられてしまった人たちが
しかたなくはじめた食習慣でしょう。
- ──
- ぼくらは、追いやられた人たちの子孫ですか。
- 髙橋
- さらに重要なことに、
魚には
われわれ自身ではつくりだすことのできない
必須脂肪酸が多く含まれてるんです。
もともとは
プランクトンがつくってくれたものですが。
「オメガスリー脂肪酸」ってご存知ですか?
- ──
- いえ、知りません。
- 髙橋
- じゃ、DHAとかEPAとか。
- ──
- あ、それなら聞いたことあります。
たしか、脳とか目にいいとか‥‥。
- 髙橋
- イワシやサバなど青魚の脂に
たくさん含まれているものなんですが
脳の神経細胞や網膜にとって
とても大切なはたらきをする成分なんです。
で、ホモ・サピエンスの脳というのは
ある時期から
質的に急激な発達を遂げていくんですけど
それが
魚食と関係あると考えられているんですよ。
- ──
-
DHAやEPAのおかげで、脳が発達した。
- 髙橋
- ようするに、われわれの先祖が魚を食べて
脳を大きくするような食生活を
ある程度‥‥ま、ある程度って言ったって
数十万年というオーダーですけど、
そういう期間、続けてきた結果、
ネアンデルタール人より
「言語能力」に優れてしまったってことが
容易に推測されるわけです。
- ──
- つまり、それが「勝った理由」だと。
- 髙橋
- もちろん、言葉をあやつる能力の裏には
記憶力や構想力、発想力などがあるわけで、
ホモ・サピエンスは、
さまざまな側面で優位に立ったでしょう。
- ──
- 具体的には、どのような場面ですか?
- 髙橋
- たとえば、獲物を仕留めるときなんかね。
われわれホモ・サピエンスのご先祖が
ネアンデルタール人や
デニソワ人より優位性があっただろうと
考えられているものに
「アトラトル」という道具があります。
- ──
- あ、槍をビュンって投げる道具ですよね。
- 髙橋
- そう、ホモ・サピエンスは
地球上のあらゆる場所へ広がっていきますが、
その道具、
どんな地域の遺跡からも出てくるんです。
で、画期的だったのは、
ウサギのような
小さくてすばしこい動物を捕らえるのにも
役に立っただろうってこと。
- ──
- なぜ、そのことが画期的なんですか?
- 髙橋
- 大型動物というのは
ネアンデルタール人やデニソワ人たちと
競合するに決まってるからです。
脳の発達により、便利な道具を発明して、
ウサギだタヌキだキツネだという
より小さな獲物でも捕れるようになると、
食料獲得のパフォーマンスが
それはもう画期的に、改善したわけです。
- ──
- 大勢で寄ってたかって
マンモスを追い詰めるだけの人たちよりも。
なるほど。
- 髙橋
- これらが、われわれホモ・サピエンスが
今、こうして
生き残っている大きな理由のひとつです。
で、もうひとつ、
「おもしろくない話」をしますとね‥‥。
- ──
- ええ‥‥おもしろくない話。
- 髙橋
- 「武器」になっちゃいますよね、その道具。
- ──
-
あ、つまり「他のヒト」に対する。
- 髙橋
- それこそデニソワ洞窟もそうでしょうけど、
棲み家や獲物をめぐって、
ネアンデルタールやデニソワの人たちと
諍いが起きた、
ケンカになっちゃったってときに
信長の鉄砲じゃないけれども
アトラトルのような「飛び道具」というのは
圧倒的な威力を発揮したはずです。
- ──
- いくら、ネアンデルタール人が
肉体的に、
ホモ・サピエンスに優っていたとしても。
- 髙橋
- レスリングだとか
「一対一のデスマッチ」とかをやったら
絶対に勝てなかったでしょうし、
そもそも、ホモ・サピエンスというのは
彼らからしてみれば「新参者」です。
- ──
- ヨーロッパにはネアンデルタール人が、
アジアにはデニソワ人が、
すでに長く暮らしていたんですものね。
- 髙橋
- そうです、大先輩ですよ。
ホモ・サピエンスと出会った時点で
あちらの先輩方は、
すでに「10万年、20万年」住んでいたのに
遭遇後、数万年というきわめて短い間に
新参者に滅ぼされてしまった。
それはひとえに、魚食で発達させた脳、
それによって得た、より高度な言語を操る能力、
そしてアトラトルという
狩猟道具かつ武器にもなるようなものを
創りだす発想力などを
たまたま、我々の先祖が獲得したためでしょう。
- ──
- ネアンデルタール人やデニソワ人には
そういう、
便利な道具兼武器をつくりだす能力が
なかったんでしょうか。
- 髙橋
- と、言うよりも‥‥。
つまり、現代でもそうですけど、
世の中を変えるような発明・発見をする人、
そんな人は何万人に1人のような割合で、
そんなにはゴロゴロいません。
メンデルとか、ニュートンとか、
アインシュタインとか、そういう人たちは。
- ──
- はい。
- 髙橋
- でも、彼ら天才の考え出したことって
われわれのように非常に凡庸な一般人にでも
一応、理解できるじゃないですか。
それって、何のせいだと思います?
- ──
-
噛み砕いて教えてもらえるから‥‥とか?
- 髙橋
- 言葉を上手に話せるからですよ。
つまり、言葉を話せたり、読み書きできたり、
コミュニケーションによって
天才の言うことも、理解できるようになる。
- ──
- なるほど。
- 髙橋
- ですから、確率的に言うならば、
ネアンデルタール人のなかにも、
デニソワ人のなかにも、
アトラトルのような道具を発明した人が
いたかも知れません。
ただ、それが「文化」として広がらなかった。
- ──
- ホモ・サピエンスほど
高度な言語を持たなかったから。なるほど‥‥。
発明があったとしても孤発例で終わってしまい、
周囲にまで広まることがなかった。
- 髙橋
- そういう、ある意味で殺伐とした歴史のうえに
われわれは生きているわけです。
まあ、ネアンデルタールやデニソワの時代から
何十万年も経ってますが
いまだに
戦争だなんだって同じようなことしてますけど。
- ──
- それも、ホモ・サピエンス同士で。
- 髙橋
-
でもね、ひとつ、「滅ぼした」といっても
ホモ・サピエンスとネアンデルタール人が
「ひたすら
喧嘩ばっかりしてたわけでもないだろう」
と思えることが、あるんです。
- ──
-
それは?
- 髙橋
- アフリカにずっと住んでいる人たち以外の
われわれ現代人のゲノムには、
ネアンデルタール人のDNAが数パーセント、
混じっているんです。
- ──
- え、つまり‥‥。
- 髙橋
- はるか何十万年も昔、
ホモ・サピエンスとネアンデルタール人が
言葉はよくないけど
いわゆる「交雑」していた証拠です。
- ──
- 子どもを、つくっていた?
- 髙橋
- そう。長い歴史のなかのある時期には、
ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は
たしかに、一緒に暮らしていたんです。
どうです、少しは心やすまるでしょう?
- ──
- 子どもをつくっていた、ということは
仲良くしてたってこと‥‥ですものね。
- 髙橋
- ちなみに、その「交雑」は、
ネアンデルタール人がアフリカから出たあと、
つまりアフリカ大陸の外で起こったため、
現在のアフリカ人には
ネアンデルタール人のDNAは混じっていません。
- ──
- そういうチャンスが、なかったから。
- 髙橋
- そうです。
- ──
- でも、数十万年も前の交じり合いの痕跡が
現代のぼくらの身体に残っているとは。
- 髙橋
- どうです、ロマンチックでしょう?(笑)
<続きます>