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高橋先生が、主にお知り合いへ向けて
サイエンス関係のトピックを配信されている
「ミッチーメイル」、
毎号、とても楽しみにしております。
髙橋
うれしいです(笑)。
──
7月に配信された「137号」で
「第3の人類・デニソワ人」に触れておられ、
「誰それ!?」と、すごく興奮しまして、
詳しくうかがいたいと思い
今日は、ワクワクしながらやって来ました。
髙橋
専門じゃあないんで、聞きかじりですけど。
いろいろ脱線もすると思います。
──
これまでも「ヒト」に対する深い知見から
「睡眠」
や
「太る」
について
おもしろいお話を聞かせてくださった先生なので
デニソワ人から
話がどこへ行こうと構わない気持ちです。
髙橋
それは、気がラクです(笑)。
──
それでは、さっそく「デニソワ人」について
かいつまんで話しますと
「ヒトつまり、われわれホモ・サピエンスには
たくさんの『先人』がいるけれど
最終的には
ネアンデルタール人との『決勝戦』に勝ち、
2万数千年前から
今のようなホモ・サピエンスの天下になった」
とされてきましたが、
とある洞窟から出た骨をDNA分析した結果、
まだネアンデルタール人も生きていた時代に
「デニソワ人」という
「第3の人類」が存在していた、ということが
明らかになった‥‥と。
髙橋
そうですね、2008年に
ロシアの西シベリアにある「デニソワ洞窟」で
小さな骨のかけらが発見されました。
これが、放射性炭素年代測定で
「4万1000年前のもの」であると推定され、
2010年には
ドイツのマックス・プランク進化人類学研究所など
国際研究チームがDNAを分析した結果、
われわれホモ・サピエンスとも、
当時、ユーラシア大陸に広く分布していた
ネアンデルタール人とも異なる、
「サル目・ヒト科・ヒト属」の新種、
「デニソワ人」であると、提唱したんです。
──
ものすごくドキドキします。
髙橋
研究によると、まず、今から「約50万年前」に
「ホモ・サピエンス、ネアンデルタール、デニソワ」
という3種の人類の共通祖先から
ホモ・サピエンスの祖先と
ネアンデルタール人・デニソワ人の祖先が分岐。
そしてさらに「35万年前」には
ネアンデルタール人とデニソワ人が分岐した‥‥と。
──
つまり、少なくとも数十万年もの間、
3種の「ヒト」は、同じ時代を生きていたんですね。
髙橋
そう。
──
それだけ大きな存在なのに、
最近になるまで、まったく知られていなかったとは
なんとミステリアスな‥‥。
髙橋
そして、すごくロマンチックですよね。
人類の起源はアフリカとされていますけど、
ネアンデルタール人とデニソワ人は
分岐後「40万~30万年前」にアフリカを出、
ネアンデルタール人は
中東を経てヨーロッパへ拡がり、
デニソワ人は
中東を経てアジアへ拡がっていったそうです。
──
では、ホモ・サピエンスは?
髙橋
ゲノム時代の進化人類学は
次から次へと新しい発見をもたらしますので
確定的なことは言いにくいのですが
だいぶ遅れて
「7万年から5万年前」までには
アフリカからユーラシア大陸へ出たようです。
ちなみに、その後、世界中に分布していく
ホモ・サピエンスの「すべて」は、
そのとき「出アフリカ」した
200人ほどの集団の子孫、だということです。
──
え、アフリカの外へ広がっていった人類って
はじめは、
たったの「200人」だったんですか‥‥。
髙橋
ファンタスティックですよねえ。
ちなみにデニソワ洞窟の位置する場所は、
一応、区分上は「ロシア」となってますけど
感覚的には、
チベットやモンゴルなんかの、ちょっと上。
──
ロシア本体からは、だいぶ南。
髙橋
その内部は、少なくとも現在の状態では
ずっと「気温零度」で保たれているそうです。
そのために、見つかった骨の中のDNAが
細菌などのコンタミネーションの少ない状態‥‥
つまり、
すごく良好な状態で保存されていたんです。
──
見つかったのは、
「8歳の少女の、小さな小指の骨のかけら」
だったそうですね。
髙橋
あとは臼歯が2本、出てきたそうですけど、
最初は1センチにも見たない小指の骨。
──
1センチですか!
そんな小さなものを、よく見つけましたね。
髙橋
ほんとにね、それはもう。
現代という「遺伝子の時代」でなければ、
事実上、何の意味も持たない骨です。
デニソワ人の場合、遺跡も残っていなければ
一般に言うところの「化石」もないので。
──
「何の意味もない」とはようするに、
小さすぎて、
その「骨片」が、ホモ・サピエンスのものでも
ネアンデルタール人のものでもないと
見た目だけでは、絶対に気づくことができない‥‥
という意味ですね。
髙橋
そうです。
骨と遺跡で判断する旧来の考古学の枠組みでは
決して明らかにできなかった事実です。
──
DNAを解析してみてはじめて、
第3の人類であるってわかったんですものね。
髙橋
むしろ、骨や遺跡だけで
ネアンデルタール人なんかを見つけてきた
それまでの考古学には、拍手喝采ですよ。
──
たしかに、今にして思えば。
髙橋
しかも、保存状態が極めて良好だったため、
最終的には
父親から来たDNAと母親から来たDNA、
その全配列も明らかになったんです。
──
それが明らかになったということには
どういう意味があるんですか。
髙橋
解析した結果、父親と母親のDNA配列が
それほど違っていないことが、わかったんです。
これが、何を意味するかというと‥‥。
──
はい。
髙橋
今、われわれホモ・サピエンスというのは、
アフリカを5万年とか7万年前に出て
世界のあらゆる場所に散らばっていますね。
そのことで、われわれの遺伝子には
場所によって
さまざまに異なるストレスやプレッシャーが
かかっているんです。
──
つまり、住んでいる地域によって、
暑いだ寒いだ、高いだ低いだってことですか?
髙橋
そう、そのために
われわれホモ・サピエンスの遺伝子には
かなりの多様性が見られるんですけど、
デニソワ人のDNAには
ホモ・サピエンスほど多様性がなかった。
よって、個体数は
それほど多くなかっただろうということが
わかったんです。
──
その‥‥1センチに満たない小指の骨から
そこまでわかるんですか。
髙橋
ええ。
──
そんな小さな骨のかけらしか
今のところ発見されていない理由というのは、
何だったんでしょうか。
髙橋
解析技術が画期的に改善した
現在のゲノム時代というのは
まだ、ここ十数年とか、それくらいですから
発見されていたとしても、
それが、ホモ・サピエンスの骨でも
ネアンデルタール人の骨でもないと
わからなかった‥‥ということがありますね。
──
なるほど。でも、デニソワ洞窟からなら
他の部分の骨が出てきても、いいのでは?
髙橋
あの洞窟って、デニソワ人だけでなく、
ネアンデルタール人の爪先の骨や
ホモ・サピエンスがつくった石の腕輪なども
発掘されているんです。
気温が「零度」というのは
外気の「マイナス20度とか30度」にくらべたら
めちゃくちゃ暖かいわけですから、
つまり、
誰にとっても、便利な洞窟だったんでしょう。
──
ええ、なるほど。
髙橋
つまり、何十万年というタイムスケールのなかで
いろんな「人類」が次々に住んだとなると、
単純に、
新しく越してきた人は「掃除」しただろうし‥‥。
──
掃除!
髙橋
しませんか、掃除?
──
いや、そうか‥‥たしかに。
髙橋
綺麗にすると思うんですよ。新しく来た人は。
──
少女の小指の骨しか出てきていないと聞いて
謎というか不思議というか、
非常にミステリアスなものを感じたのですが
理由が「掃除」とは‥‥。
でも、人間理解としてじつに痛快な答えです。
髙橋
だって骨とか散らばってたら、イヤでしょ?
──
イヤです。
髙橋
だから「8歳の少女小指の骨」っていうのは、
隅っこのほうから、片づけ損なったものが‥‥ね。
──
たまたま出てきた、と。
髙橋
いや、実際にはどうだかわかりませんけど、
それも、ロマンチックな話じゃないですか。
──
大発見の舞台となった「デニソワ洞窟」が
数十万年という、ものすごく長い期間にわたって
ネアンデルタール人、デニソワ人、
そしてホモ・サピエンスも使われていたことにも
心を揺さぶられます。
髙橋
それもまた、ファンタスティックですよね。
そんな洞窟、他のどこにもないんですから。
▲デニソワ人の臼歯
<続きます>