第8回 構造構成主義とは何か。

──
以前、西條さんの「構造構成主義」って
「原理の体系である」
と聞いたことがあるんですけど、
なんだか、
わかったようなわからないような感じが
ずっとしていました。

そのあたり、あらためておうかがいしても?
西條
構造構成主義というのは、ようするに
何にでも通用する「原理」や
「すべてにあてはまる共通の本質」を
探り出す学問なんです。
──
何となくイメージはできます‥‥が。
西條
たとえば、
早稲田大学人間科学部の人間基礎科(当時)
というところでは
生物学、社会学、心理学、
いろいろな学問を学べるんですけれど‥‥。
──
なんか西條さんに合ってそうですね。
(間違って入ったとはいえ‥‥)
西條
昔から、分野のちがう研究と研究の間には
「争いごと」が起こりやすいんです。
──
そうなんですか。
西條
遺伝子科学や脳科学に基づいて考える
生物学にしてみたら
社会学者や文化人類学者がよくやる
フィールドワーク研究などは
厳密さに欠けて、科学的ではない‥‥とか。

あるいは、臨床系の学問からすると、
基礎研究なんてぜんぜん実際的じゃなくて
いったい何の役に立つんだ‥‥とか。
──
なんとなくわかる気もします。
西條
どの教授も、専門分野については一流だし
説得的に話すことができるので
どの人の話も「なるほど!」と思うんです。

なので、あるときに
「まったく正反対のことを言っているのに
 両者ともに説得的なのは、なぜなんだ?」
と、疑問に思いまして。
──
どっちにも一理あるじゃないか、と。
西條
また、そもそも人間科学という分野は
「学問が細分化し過ぎていったことの限界」を
乗り越えようという問題意識に基づいて
いろんな専門家が集まって相互作用することで
「創発」つまり
「新しい何かを生み出してゆく」期待のもとに
立ち上げられたんです。
──
なのに「相互批判」にばかり囚われていたら
「創発」もしにくいでしょうね。
西條
ぼくは、新しい何かが「創発」しないのは
誰が悪いと言うより
共通する「方法」がないからだと思いました。
──
「創発」するための「方法」がない。
西條
学問体系がそれぞれにちがうから争いになる。

であるなら、狭い「学問領域」を飛び越えて
すべての学問に通用する原理的な理論、
そして、それに基づく「方法」を
つくれたらいいんじゃないかと、考えたんです。
──
そういう意味で「原理」なんですね。
でも「すべての学問に」なんですか。
西條
はい、基本的には「すべての学問に」です。
──
政治学、医学、法学、哲学、文化人類学‥‥とか
領域を越えて串刺しに、ってことですよね?

その発想自体がすごいと言うか、
そんなものを
よく考えようとしたなあって思うんですが。
西條
すべてに通用する原理を確立するためには
科学とは何か、研究とは何か、理論とは何か、
方法とは何か、言葉とは何か、存在とは何か‥‥
そういった事柄について、
考えを深めていく必要がある。

そして、それらにこたえる理論の体系を
つくり出してしまえば
あらゆる領域で「使える」ものができるはず。
──
これまでのお話を聞いて感じたんですが
構造構成主義というのは
「なんか、いい方法を生み出すための学問」
というものでは、ないんですね。

はじめは、そんなイメージだったんですけど、
何か、もっと大きなもの、というか。
西條
一言で言えば「学問の原理論」なんです。

そして、ひとつ大きな特徴として、
「信念対立を解消するツールとして使える」
という点を挙げることができます。
──
大きな目的が「学問全体の原理」をつくることで、
そのために
「信念対立をどう超えるか」に着目した理論だと。
西條
たとえば「方法」の「本質」とは、何だろうか。

それはつまり
「特定の状況のもとで
 特定の目的を達成するための手段」
のことを
僕らは「方法」と呼んでいますよね。
──
はい。
西條
学問の世界でも
自分の専門分野の方法こそ正しいと
思っている人が少なくないのですが、
本当に「有効な方法」というのは
固定的なものではなく、
「状況と目的に応じて」変わるんです。
──
西條さんたちが、
「震災という状況のもとで
 被災地支援という目的を達成するための手段」
を、臨機応変に考えてきたように。
西條
そうです。

そして、その方法が何なのかわかったら、
今度は、
どうやったらうまく使いこなせるのかを
考えられるようになります。
──
ええ。
西條
それは方法の使いかた、つまり「方法の方法」ですが、
構造構成主義という考えかたは
その一段上の概念、つまりコンピュータで言えば
「OS」みたいな枠組みなんです。
──
「戦術」に対する「戦略」みたいな。
西條
そうですね。

方法をソフトとすれば、構造構成主義はOS。
あらゆるソフトを
その上で動かすことのできる「原理」のこと。
──
ようするに、その「原理」にしたがって
方法の使い方を把握し、
個別具体的な問題に対応していくというもの。
西條
そのように言っても、いいかもしれません。

繰り返しになりますけど、
大事なことは、どんな領域においても使える
「思考のツール」だということです。
──
医療の現場にも
構造構成主義の考えが応用されていると
聞きました。
西條
ええ、とくに
吉備国際大学の京極真さんをはじめとして、
たくさんの医療関係のみなさんが
構造構成主義を応用して
新たな理論や方法論を考え出しています。
──
それは同時に
西條さんの「はじめの動機」を満たすような
理論でもあるわけですよね。

学問どうしが「創発」していない状況を
どうにかしたい‥‥という動機を。
西條
ここでいう「原理」というのは、
宗教みたいに「信じなさい」というものではなく、
「なるほど、
 たしかにその原理に沿って考えれば
 うまくいきそうだな」
と、納得できるようなものなんです。
──
つまり、構造構成主義というのは
「こうすべきである」という価値観を
押し付けるものでもなければ
唯一の正しい「公式」があると
主張するようなものでもない‥‥と。
西條
そう、
「まずは、批判的に吟味してみてください。
 そして、もし納得できたら、
 あなたの『原理』として使ってください」
というような態度が基本です。
──
なるほど‥‥。
西條
構造構成主義とは、ひとりひとりにとっての
「うまく考えるための方法」であって、
冒頭、奥野さんがおっしゃったように
決して、
「唯一の正解や
 うまいアイディアがポンポン出てくる
 べんりな玉手箱」
などでは、ないんです。
──
そのことが聞けて、逆に納得しました。

柔軟で包容力のある理論だからこそ、
構造構成主義には
震災の現場で威力を発揮するポテンシャルが
備わっていたわけですね。
西條
そうなんだと思います。

やはり「復興の現場」には、
さまざまな「対立」があったわけですけれど、
構造構成主義は
そうした対立を回避する理論体系としても
「使える」ものだったんです。
<つづきます>
2014-10-01-WED