ここ数年、
写真家田附勝の「めだまの先」にあったもの。
それは「ダクトの中の風景」だった。
正確に言うと、10年以上、
大都市の百貨店や空港設備、工場‥‥など
無数の建物の「ダクトの中」を撮り続けた
木原悠介の写真が、あった。
(C) KIHARA Yusuke
田附さんは、
無名の作家・木原さんの写真に揺さぶられ、
なんとかお金を工面し、
木原さんのはじめての作品集を、つくった。
それが、今回紹介する
写真家・田附勝プロデュースによる
木原悠介写真集『DUST FOCUS』である。
木原悠介『DUST FOCUS』
(SUPER BOOKS)
¥2,700
──
何年か前、田附さんがFacebookか何かで
「いい!」と言っていたので、
新井薬師の「
スタジオ35分
」でやっていた
このダクトの写真展に行きました。
田附
2014年かな。
2014年の展示のようす。写真提供:スタジオ35分
──
木原悠介さんという写真家が、
10年以上、
ビルの「ダクト内部」を「写ルンです」で
撮り続けた作品で‥‥。
田附
まあ、写真家って言っても、
たしかに、写真は撮ってたんだろうけど、
金にならないから、
ずっとダクト掃除の肉体労働してた男。
──
そのときは「サービス版」というのか、
家庭のアルバムに貼るような、
よく見るサイズの写真が
壁に直接、ズラッと貼られていました。
田附
うん。
──
はじめは、ダクト清掃の仕事の前と後に
「キレイにした証拠」として、
つまり業務の一環として、
ダクト内の写真を撮っていたという話ですね。
田附
そんなことを10年以上、続けてたらしい。
──
今回は、あらためて、大きくプリントして、
額装したうえでの展示ですが、
拝見したら、やっぱり、引きこまれました。
何て言ったらいいのか、この‥‥。
田附
見たことないでしょ、こんな風景?
というより、
写真として見たことないんだよね。
──
それは、誰も撮ってなかったから。
田附
まるで見たことないものを見せられると、
心を揺さぶられるんだ。
それに、木原の写真は、
「身体を張って撮りに行った写真」だし。
──
はい。
田附
もちろん、
「見せてもらったものを、撮りました」
っていうなかにも、
最高の写真が生まれる可能性はあるよ。
──
ええ。
田附
あるいは、
高い山に登ったり危ない国や地域に行く、
そうしないと
見られない風景があるのも、わかる。
でも、自分たちの近くに
ほとんど誰も見たことのない場所があった、
そっちの衝撃のほうが
俺は、気になってしょうがない。
──
自分たちの頭の上に、
こんな世界がウネウネと広がっていたとは。
田附
ようするに、だから、そう、
「気になってしょうがない写真」なんだよ。
──
木原さんのダクト写真は。なるほど。
田附
だって、これ、「都市の写真」だからね。
まぎれもなく。
俺たちも都市に住んでるけど、
こんな「都市」、みんな知らないでしょ。
──
いまは、誰も彼もがスマホを持っていて、
撮られてない場所なんて
もう残っていなさそうな東京に、
ここまで
見たことない空間があったということは、
すごく驚きでした。
田附
じっと見てるとさ、
どういうデカさの穴かも、わかんなくなる。
そういう不安感、「揺れ」みたいなものが、
俺には、なんか、おもしろい。
とにかく、これまで
どんな写真家もやんなかったことだからね。
──
ええ。
田附
で、意外にって言っちゃあ悪いけど(笑)、
写真が上手。これ、重要。
──
わざわざ「写ルンです」で撮ってるのは?
田附
壊れちゃうらしい、ふつうのカメラだと。
ホコリとか、そういうので。
だから「写ルンです」で撮ってる。
つうか、撮らざるをえない。必死だよね。
──
この写真、手前と奥で色が違うのは‥‥。
田附
手前が掃除前で、奥が掃除済なんでしょ。
──
スタジオ35分での展覧会から
だいたい2年くらい経っているわけですが、
この間、田附さんは
木原さんの写真を一冊の作品集にしようと、
いろいろ動いてらっしゃいました。
田附
木原は、あのスタジオ35分での展示を
友だちに見てもらって
バカ騒ぎしてハイおしまい‥‥みたいに
思ってたかもしれないけど、
俺はもっと、きちんと世の中に発表して、
多くの人に知ってほしいと思った。
──
それで、本にしようと。
今回は、SUPER BOOKSという
田附さんがご友人とやっているレーベルから
刊行されたわけですが、
出版の資金は、どうされたんですか?
田附
企業に頭を下げてスポンサー頼んだり、
お金の工面を
いろいろやってみたんだけど、
まあ、このご時世、うまくいかなくて。
だからといって、
クラウドファンディングみたいなので
資金を集めるのも
まあ、それはちょっと、ちがうかなと。
──
なぜですか?
田附
俺らのSUPER BOOKSって活動自体、
ちっちゃいけど、
自分たちだけでやりたいことやろうって
そういう感じだから。
──
では、最終的には、どうやって?
田附
いちばん仲のいい、信頼できる友人たちに、
「こういうやつの、
こういう写真で本を作りたいんだけど、
一口10万で乗らない?」って。
そしたら、写真を見て、
「ああ、いいよ」って言ってくれる友人が、
何人か集まってくれた。
──
10万円出した人には、何があるんですか?
田附
できあがった本に自分の名前が入るのと、
木原の写真を額装して、
つまり、この展示してる状態でもらえる。
──
そうやって、ご友人から集まったお金で、
念願の写真集をつくることができて、
こうして
あらためましてのお披露目の展覧会まで。
田附
そうだね。SUPER BOOKSって
俺の写真を本にしたいって言ってくれてる
田丸って友人とやってるんだけど、
この本ができたのは
お金出してくれた友人と、田丸のおかげ。
──
はい。
田附
と言っても、
本が出るまで、大変苦労してもらった。
編集作業なんかは、
友人の宇川静ちゃんがやってくれたし。
──
もと池田書店の、プロの編集者さん。
田附
そうやって、
まわりの仲間たちが手伝ってくれて、
出来上がった本なんだよ。
──
今回って、ようするに
木原悠介さんという無名の写真家の作品を、
田附さんという写真家が
プロデュースしたと言えると思うんですが、
そういうことって‥‥。
田附
やったことないよ。はじめて。
──
どうして、
やってみようと思ったんですか?
田附
自分が写真家になれたのも
誰かに、バックアップしてもらったからね。
1990年代の後半に、デコトラの写真集で
『DECOTORA』
って出したけど、
当時は、まだ、出版社に余力があったんだ。
──
はい。
田附
だから、あんな写真集が出せたんだと思う。
じゃあ、今はどうなのって、
当時の自分と
同じような動機を持った若いやつがいても、
なかなか出版社も難しい‥‥としたら、
俺という個人が企画して、
いろんな会社に頭を下げてダメだったけど、
代わりに友人が助けてくれて、
それで本がつくれるんならいいじゃんって。
──
大変なこともありましたか?
田附
まあ、実際、簡単じゃなかったよ。
2年もかかったわけだし。
この会場(中目黒のPOETIC SCAPE)で
展示をやるにしたって
オーナーの柿島(貴志)さんに説明して
気に入ってもらって。
俺、そういうことやってないから。普段。
──
そうですよね。
田附
でも、俺も若いころ、
まわりの大人に応援してもらって今があるし、
だから今度は、俺がやる番なのかな。
別に日本の写真界がどうこうとかじゃなく、
若くておもしろいやつらが
先頭切って走ってくのは、うれしいからね。
──
ええ、ええ。
田附
ただ、木原の場合、
ダクト掃除の仕事を長いことやりすぎてて、
若くないって言うか、
もう、いい加減オッサンなんだけど(笑)。
──
あ、そうでしたか(笑)。
プロデュースという仕事はどうでしたか?
おもしろかったですか?
田附
疲れた。おもしろくはない、別に。
──
写真家の仕事とは、
ぜんぜんちがいますもんね、実際。
田附
でも、木原はオッサンなんだけど、
これからの作家だから
今回のこれを機に、人に見てもらって、
どんどん名が知られて、
作品を買われてったらいいと思ってる。
──
はい。
田附
だから、写真家の先輩たちや、
仲間や編集の人たちにつないでるだけで、
プロデュースなんて、
エラそうなことやってるわけじゃないよ。
面倒くさいもん、ぶっちゃけ。
──
やって良かったとは思いますか。
田附
それは思う。やって良かった。
だって、こうやって人が来てくれて、
写真、見てくれるから。
──
本や展覧会の構成の相談なんかにも、
乗ったりしたんですか?
田附
それは、ない。俺は写真家で、
編集者でもデザイナーでもないから。
編集やデザインは
信頼のおける編集者とデザイナーに
お願いできたし、
俺がいいと思うことを言い出したら、
それ、木原の本にならないでしょ。
──
そうですね。
田附
あ、ひとつだけ、
「ダクト掃除の仲間が写ってる写真は
入れてほしい」とは言ったかな。
ま、それくらいで。
──
人。それは、どうしてですか?
田附
木原の写真を見てると、なんかよくて。
写ってる仲間との関係性が。だから。
──
本は、何部つくったんですか?
田附
700部。
──
いまのところ、
SUPER BOOKSのサイト
と
この展覧会場(
POETIC SCAPE
)と
代官山の蔦屋
くらいでしか
手に入らないのに、けっこうな数です。
田附
俺なんかは挑戦者なわけだし、常にさ。
これで、200部しか売れなかったら
敗者だろうだけど、
挑戦しなきゃ敗者にもなれないでしょ。
と、いうようなわけで、
田附さんが初めてプロデュースした
無名の新人・木原悠介さんのデビュー作
『DUST FOCUS』は
ただいま、静かに、絶賛発売中です。
見たことのない写真に、見入ります。
購入できる場所は限られていますが、
ご興味あるかたは、ぜひ。
ウェブでは
版元の
SUPER BOOKSのサイト
から
購入可能。
それ以外ですと、
展覧会場の中目黒
POETIC SCAPE
と
代官山の蔦屋書店
で
販売されているようです。初版は700部。
おひろめの展覧会は、8月6日(土)まで。
会場は中目黒のPOETIC SCAPE、
オープン時間などが
規則的でないのでご注意ください。
売り切れてなければ、
木原さんの作品を購入することも出来ます。
木原悠介「DUST FOCUS」展
会期 2016年6月29日(水)~8月6日(土)
会場 POETIC SCAPE
時間 月・火:アポイント制
水:16:00~22:00
木~土:13:00~19:00
休廊日 日曜・祝日
POETIC SCAPEのFacebookページ
<いつかの第5回に、つづきます>
2016-07-13-FRI