10年にわたり、田附勝は、
愛車の「軽」に乗って東北に通っていた。

そうやって撮った作品が、
木村伊兵衛賞を受賞した『東北』となり、
『その血はまだ赤いのか』となり、
『おわり。』となり、
『KURAGARI』となり、
『魚人』となっていったわけである。

愛車の総走行距離は、実に16万キロ超。

ガタも、そうとうきていたらしいのだが、
このたび都内で事故って、
ついに「廃車」となってしまったという。

以下は、その事故のすこし後に交わした、
愛車の思い出話からはじまって、
愛犬の死や、
写真を撮るという行為について‥‥まで
なんとなく広がっていった
ひとつづきの対話の記録です。

漫然と録音していたものではありますが、
おもしろかったので、公開します。
田附
これ、最後の日に撮った写真。
──
そう聞くと、さみしげに見えます。
田附
新しい車を取りに、
ディーラーまで運転していく前。
──
田附さん、この車に乗って、
東北へ、何年も通ってたんですよね。
田附
16万キロ走ったよ。
──
ぶつけちゃったんでしたっけ?
田附
うん、フロントガラスにヒビが入って、
最初はちょっとだったんだけど、
振動とか気温とかで、
そのヒビがどんどんデカくなってきて。
──
うわ、こわいですね。
田附
もう限界だと思った。
──
それで、さよならして。
田附
俺、前の車もぶつけてるんだよね。
10年くらい前に。
──
え、気をつけてくださいよ。
田附
そのときは、
なぜかアクセルとブレーキのすき間に
右足が嵌まっちゃって、
ブレーキかけらんなくなって、追突。
──
は、そんなことあるんですか。
田附
と思うでしょ? ビビるよね。
──
何の車に乗ってたんですか?
田附
ワーゲンのヴェントってやつ。
──
あ、セダンの。
田附
そう。

それのイッコ前は軽に乗ってたんだけど、
全然スピード出ねぇなと思って、
で、ヴェントが98万とかで、
ああ、じゃあ買えるかと思って買って、
10年くらい乗ってたんだけど、
俺、ほら、当時、
デコトラにくっついていったりしててさ、
あんまり仕事って仕事もしてなくて、
そうすると、ハイオクで、
燃費も良くないし、
外車だから壊れたら交換パーツ高いしさ。
──
ええ。
田附
高速代も軽よりかかるしね、普通車って。
で、こいつを買った。2006年の2月。
──
もう東北に通ってたんですか?
田附
そろそろ行きはじめるころって感じかな。
デコトラは、まだ撮ってた。
──
じゃ、『東北』をはじめとする、
その後の田附さんのいろいろな作品は、
ほんと、この車と、いっしょに。
田附
うん。いい車だったよ。
──
そもそも、何て車なんですか。名前は。
田附
R2。スバルのR2。
──
都内で作品の移動販売してましたよね。
この車を目印にして。
田附
してたね。
──
いちばん行ったところは、どこですか。
田附
釜石かな、やっぱり。
──
あ、鹿猟を撮ってらっしゃったときの。

『その血はまだ赤いのか』とか、
『おわり。』とかで。
田附
うん。
──
『KURAGARI』の真夜中の森も、釜石?
田附
そうだよ。
あのさあ、奥野くんいくつ? 歳。
──
40です。
田附
俺、事故ったとき42で、
たぶん、厄年だったんだと思うんだけど、
ま、そんなのあんまり気にしてないけど、
ともあれ車が廃車になっちゃったでしょ。

で、俺の大事なフレンチ・ブルドッグの、
チャップも死んじゃったんだ。
──
あ‥‥そうでしたか。
田附
で、愛犬が死んだときも写真を撮って、
まあ、それはまだ、
焼くことができないでいるんだけど、
そのときと同じような気持ちで、
俺に、10年も
付き合ってくれた車を、写真に撮った。
──
供養‥‥みたいな気持ちもあって?
田附
そうだね。俺は、そんなには
モノには執着ないほうだと思ってるけど、
車は、ちょっとちがうというか、
こいつがいなかったら、
東北とかにも通えなかったわけだから
──
田附さんのペースで「新幹線」だと、
ちょっと、お金かかっちゃいますもんね。
田附
だから、東北から帰ってきたら、
メンテナンスもしっかりやってたんだよ。

がんばってくれたなーって、
ハンドルをスリスリ撫でるとかね(笑)。
──
いたわってあげて。
田附
それ、デコトラの人、
トラックドライバーとかに話を聞いても、
同じこと言うんだよ。

まあ、彼らにとっては、
最終的にエンジン替えるまで乗るくらい、
そいつが動かなくなったら、
ぜんぶ終わっちゃうみたいな存在だから。
──
同志?
田附
そういう感じ。

だから、愛犬のチャップが死んだときと
同じような気持ちになったのは、
生き物みたいに思ってたのかもしれない。
──
生き物ですか。
田附
うん。
──
同じ道具でも、カメラは、どうですか?

カメラのほうが、
まさしくお仕事に直結してますけど。
田附
まあ、カメラにも、
これじゃなきゃダメだなっていうのは
ないわけじゃないけど、
最終的には、
撮れればいいってところはあるからね。
──
そこまでの思い入れは、ない?
田附
撮ることがすべてだって思っていないし、
大事なのはフィルムだから。

むしろ、写真家がカメラに愛着持ったら、
だらしない写真になると思うよ。
──
このカメラが好きだって思い過ぎると?
田附
たとえば、撮影の状況によっては、
大雨とかさ、すげえ風とかあるじゃん?
──
ええ。
田附
そんときに、どんな写真家だって、
フィルムのことしか考えてないと思う。

カメラなんか二の次、三の次で。
──
そこがプロと愛好家のちがい、ですかね。
田附
車ってのは、ずっと乗ってると、
その人そのものみたくなってくるじゃん。
──
ええ。そのもの。
田附
つまりさ、最近、
新しい車に乗って釜石に行ったんだけど、
「誰かと思った」って言われてさ。

「おまえ、車、変えたんだ」って。
──
そうか、向こうから青いスバルのR2が
ブゥ~ンとやって来たら、
あ、田附さん来たなってことがわかると。
田附
俺を、そこまで連れてってくれてたんだ。
6時間も8時間もかけてね。

だから、やっぱり最期は、
写真を撮ってあげるのが義務というかさ、
俺にとっては必然だった。
──
なるほど。
田附
最期の写真を撮るということによって、
愛犬でも車でも、
きちんと決別できるような気がする。

なんか‥‥儀式ってわけじゃないけど、
それやっとかないと、
ズルズルいつまでも引っ張りそうだし。
──
物理的なシャッター音もしますからね。
カシャって。儀式じゃないにしても。
田附
ただ、チャップの写真については、
いまだに、大きくプリントできてない。

まだ焼けねぇなあって思う。
──
それは、どうしてですか。
田附
やっぱり、本当に生きて、
俺なんかは、好き勝手にやってて
家にいないことも多いから、
たくさん遊んでやれたかって言うと、
ぜんぜん足りてないと思うけど、
それでも、家に帰ったらさ、
絶対、彼が‥‥
彼ってつまり男の子だったんだけどさ、
彼が、
しっぽ振って喜んでくれたりとかして、
そういう思い出があるなかで、
やっぱり、チャップの死に対しては、
受け入れてるふりをしながら、
まだ、受け入れられてないんだと思う。

今月、誕生日なんだよ。15歳の。
──
田附さんのようなプロの写真家さんが
フィルムで撮る写真というのは、
「焼く」ことで完結するんでしょうか。
田附
そうだろうね。
──
チャップくんのことは、
じゃ、いまだ撮影中という感じですか?
田附
終わりの一歩手前で揺れてるって感じ。

自分の意識のなかでは、終わってない。
彼の死みたいなものは、まだ。
──
それは「時間」なんですかね?
田附
そういうことだと思う。

彼の「死」を受け入れていくためには、
やっぱり時間が要るんだろうな。
──
無理やりには、無理ですもんね。
田附
きっといつかプリントできたときには、
いい決別っていうかさ、
あっちに行った彼との距離感というか、
そういうようなものを、
測れるんじゃないかって気がしている。

で、それって、もしかしたら、
東北を撮り続けられた理由でもあると思う。
ま、カッコよく言えばだけど。
──
どういう意味ですか。
田附
その場その場で、死んだ人、
死んでるか死んでないかわかんない空間、
そういうものを写真に撮れたら、
次の場所へ行くことができた、というか。
そういう感覚がある。

自分のなかでは、写真を撮ることよりも、
そうやって
「東北」に踏み込んでいく時間のほうが、
むしろ大事なんだけど、
その踏み込んでいった先の世界から、
自分は、
写真を撮ることで、
自分の世界に戻ってこられる、みたいな。
──
受け入れて、写真に撮ることができたら、
次に進めるし、
自分の世界に戻ってくることもできると。
田附
決別‥‥まあ、決別と言っても、
ガチャンと遮っちゃうことじゃなくてさ、
俺には俺のエリアがあって、
どこへ踏み込んでいったとしても、
写真を撮れたら、
俺は、自分のエリアに戻ってこられる。

なんか、そんな感じ。
──
R2の死は、受け入れられたんですね。
田附
うん、だから撮ったんだろうね。

っつぅのもさ、別の日に
また、そのディーラーに行ったときに、
いたんだよ。そこにまだ。
──
あ、さよならしてきたお店に?
田附
そう、もう、ナンバー外された状態で
置かれてたんだけど、
なんか、その姿を見たら、もうさ‥‥
わかるでしょ?

俺のじゃねえっていうか、
なんだか、もう、抜け殻っていうか。
──
あー‥‥。
田附
強烈だったよ。それはそれで。
──
不思議なものですね、ナンバーひとつで。
田附
ほんと。いちおう、写真に撮ったけどさ、
iPhoneでいいやって。
──
遠くに行っちゃった感じですかね。
田附
なんなんだ、あの距離感。

町口覚さんがアートディレクションし、
田附勝さんが撮った、
俳優・東出昌大さんの写真集、発売中。

表紙には、この本の登場人物(のひとり)である
東出昌大さんのお名前の他に、
写真を撮った田附勝さんのお名前と、
アートディレクションした町口覚さんのお名前が、
クレジットされています。
つまり「若い俳優の写真集」と紹介してしまうと、
少し、ちがうことになると思います。
まず、東出さんの写ってない写真が多々あります。
そのほかの「登場人物」には、
罠に捕まったイノシシ、それが解体された後の肉、
日本海の荒波と太平洋の水ダコ、
けもののあしあと、真夜中の焚き火の炎‥‥など。
田附さんの写真に、
町口さんのブックデザインに、目をみはります。
その合間に顔を出す東出さんの文章に、
ただ「写真を撮られた人」ではない、
考える人の息づかいを、感じ取ることができます。
なにを思うかは人それぞれでしょうが、
とにかく、
なにかを思わずにはいられない本だと思いました。
東出昌大写真集『西から雪はやって来る』(東出昌大・田附勝・町口覚/宝島社)
Amazonでのおもとめは、こちらから。
<いつかの第6回に、つづきます>
2017-03-13-MON
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