糸井
手で書くものの中には、
「人に見せるために書くもの」という
ジャンルもありますよね。
たとえば、ぼくは先日、『BRUTUS』の取材で
西田さんと東京国立博物館で展示している
「和様の書」を観に行きましたが
とってもおもしろかったです。
「書く」ということについて、
どうして人々はこんなに研鑽を積むのか、
なぜ、良く書けたものに対して、
みんなが群がるのか、ということを
考えさせられました。
西田
書いている内容は、
決まったものも多かったですね。
般若心経とか。
糸井
そうなんです。
解説してもらったんですけど、
字がうまい人っていうのは、
やっぱりモテるんだそうです。
松浦
歌がうまいのと一緒ですね。
糸井
そうそう。
歌がうまいとか姿かたちがいいのと同じで、
字がうまいと、モテるんです。
男性が女性のような字を
書いている展示があったんですけど、
「この時代は、こういう字がモテたんですよ」って。
つまり、手で書くっていうことは
他者に「カッコいい!」って言われるための
一つのものすごい大きな要素なんだそうです。
西田
三跡(書道の大御所3人)の字とか、
それぞれ本当に個性がありましたよね。
糸井
すごかったです。
西田
字って、練習しても
書き手の表情が出るんですよ。
松浦
ごまかせないんですね。
糸井
ごまかせないですね。
その書を書いているときって、
「ラブの現場」というか、
誰も見ていない秘めごとなんです。
でも、どんなふうに体が動いたかは
あとで書を見ると
全部記録されているわけです。
松浦
なるほど。
西田
ぼく、昔コピーライターだったんです。
87年に入社して4年間やっていたんだけど、
A4の紙1枚に1つ
ペンでコピーを書くというのが基本でした。
でも、ちょうどワープロ導入の時期があって、
ボディコピーなんかを
鼻高々でブラインドタッチしていたんです。
糸井
「どうです」って。
西田
そう。そういう感じでやっていたら、
小沢正光さんというすごく怖い方がいまして、
「まずは手で書いてみろ」と言うんです。
手で書くことで、刺激が返ってくるから
「全身運動だ」って‥‥
糸井
「体でコピーを書け」と。
西田
はい。それが今でもすごく心に残っているんです。
今はパソコンに慣れてしまって
企画書も打っているけど、
でも、やっぱり手で書いている時代って
大事だったのかな‥‥なんて。
糸井
あぁ、いいですね。
西田
あと、ぼくはこれまでに
「いいな」と思ったキーワードを
ノートに書きとめているんですけど、
それが、企画書を作るときに
とても役立っているんです。
書きとめていた2、3個のキーワードが
その企画書の一番大事な柱になる瞬間があります。
手で書いていた言葉のザラザラした感じと、
ワープロの理路整然とした感じを合わせるから
おもしろいのかもしれないですね。
松浦
よくわかります。
西田
で、その企画書で何人もの人を
くどき落としたんですが、
糸井さんも落としたことがありました。
1回、すごく褒められたんです。
松浦
ぼくもそれで落とされました。
西田
(笑)
松浦
ぼくは、今も文章を書くときは、
おおむね最初は手書きなんです。
文字数なんかまったく気にせず、
とにかくもう真っ白な紙に
バーッと好きなように書いていきます。
糸井
松浦さんの文章はそういう文章ですね。
松浦
なぜかというと、最初に
パソコンを使って打ちはじめたときに、
恥ずかしいな、と思ったんです。
たとえば「あの子が好きだ」と書くじゃないですか。
それが活字になっているのを見ると
とても恥ずかしくて
そこから先を書けないんですけど、
手書きだと、
「あの子が好きだ」という部分を
ごまかすことができます。
ちっちゃく書いたり、ちょっと薄くしたり。
糸井
はいはいはい。
松浦
手書きだと、いろいろごまかしながらも
自分に素直になれるんです。
自分の気持ちを伝えたい文章って
たった一言だけでも
書き方が変わるんですよね。
糸井
ラブシーンのときの
自分の心の動きと同じですね。
松浦
そうですね。
糸井
タイピングだと、ラブシーンを全部
「キーを叩く」ことで
表現することになるから、
それは無理ですよ。
松浦
そうなんです。
糸井
文章をタイピングするときって、
ディスプレイを見ているわけです。
つまり最終的に印刷されて
人が読むときと同じ形が見えているわけで、
デジカメと同じなんですね。
デジカメってモニター部分に、
「最終的な写真はこうなりますよ」というのが
見本として出ますよね。
松浦
はい。
糸井
でも、カメラのファインダーを
のぞいて撮る写真というのは、
どう写っているかわかんないわけですよね。
目玉と被写体との関係がそこにあるわけです。
だから、手書きの文章とファインダーって
そっくりだなと思います。
松浦
あぁ、そうですね。
あの、ぼくは会社にいるときでも、
ものを書いてる時間を
誰かに邪魔されたくないんです。
せっかく何か思い浮かんで、
バーッと走り書きしているときに、誰かに
「これ、確認してほしいんですけど」
というふうに来られるのがとても嫌で。
だけど、ディスプレイを見て書いていると
みんながどんどん来ちゃう。
西田
「松浦さん、ちょっといいですか」みたいに。
松浦
うん。本当は
「ダメだよ、今書いているんだから」
って言いたいんだけど、
「うん、いいよ、しょうがないな」
って言って中断していますね。
それが自分の仕事だから。
でも、こう下を向いて手で書いていると、
みんなが「あ、すいません」って
帰っていく(笑)。
糸井
ああ。ディスプレイを見て
書いているときは、
テレビでそのラブシーンを
やっているのと同じなんですね。
松浦
そうです、そうなんです。
西田
でも道端でラブシーンをやっていると
誰も近寄らない(笑)。
糸井
(笑)
松浦
そうですね。
だから、そういう意味でも、
ぼくには「手で書く」ということが、
いろんな意味で
自分にとってはいい方法だと思います。
(つづきます)
2013-10-08-TUE
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN