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糸井 |
会場のみなさん、今日は
ようこそおいでくださいました。
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西田 |
すごい数のお客さんですねー。
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松浦 |
ねえ。緊張します。
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糸井 |
今日は仕切る人ばっかりが3人集まりましたね(笑)。
この「手で書く手帳展」という
タイトルを決めたときに
「手以外に何で書くんだ」って
西田さんに揚げ足をとられたんですが、
まぁ‥‥確かにそのとおりです(笑)。
今日は、「手で書いたもの」の展覧会があったら
ぼくらも楽しいし、みんなも嬉しいんじゃないかな?
ということで、隣の展示コーナーに
いろんな人が手で書いたものを展示しています。
みなさんもご覧になったでしょうか。
中には吉本隆明さんの血のついた‥‥。
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西田 |
えっ、血がついているんですか?
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糸井 |
はい。吉本さんは血圧を
手帳に記録していたんですが
いつもインスリンの注射をした後に
血圧を測って手帳に書き込んでいたので
手帳に血のしみがついているんです。
今日のイベントに展示する、さまざまな方の
手帳やメモ、ノートを集めていたときに、
「吉本さんが書いたものもぜひ展示したい」と
ご家族に相談したら、長女が
「これはどう?」って渡してくれて。
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西田 |
へぇー。
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糸井 |
ほかにも、みんな驚くと思うんですけど、
横尾忠則さんがTwitterで
日々のできごとなどを
頻繁にツイートされていて、
その言葉がすべて手書きなんです。
Twitterって手書きじゃないですよね。
でも、横尾さんの場合、
チラシの裏にTwitterの枠のような線をひいて
そこにきっちり文字を書いて、
それをアシスタントの方に
タイピングしてもらっているんですよ。
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西田 |
それ、すごいですね。
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糸井 |
そんなふうに、いろんな人が何を書いて、
何を残したかということが、
今非常におもしろいと思っているんですけど、
そう思うようになったきっかけの1つが、
民族学者の梅棹忠夫さんの展覧会へ行ったことなんです。
梅棹さんがモンゴルで記録していたものとか、
さまざまな手帳やメモ、スケッチを見て、
すごく衝撃を受けたんです。
ぼくはもともと、手帳にメモなんてしなくても、
「目をシャッター代わりに
パタッと閉じたら記憶できる」
というようなことを考えていた人間なので。
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松浦 |
あぁ、ぼくも同じですよ。
二十歳過ぎぐらいのころは
自分の感覚に変な自信があって、
「手帳なんかなくても全部頭の中に入っている」
そんなふうに思っていました。
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西田 |
「俺が手帳だ!」って?
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松浦 |
はい。
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糸井 |
ぼくもそうでしたが、若いころって
そもそも「手帳」という概念がないですよね。
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松浦 |
ないですね。
ノートは落書きをするものだと思っていたし、
時計なんかしていなくても、
時間を聞かれたら正確に答えられるし。
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糸井 |
そこまで(笑)。
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松浦 |
はい。時計ってどこにでもあるじゃないですか。
今こうして話しながらも、
パッと近くの時計を見て
「あっ今、2時7分だな」って
見て覚えているんですよ。
カレンダーも全部頭の中にあるし、
自分の思いついたことや予定も
全部頭に入っているから、
腕時計と手帳とカレンダーは‥‥
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糸井 |
いらないんだ。
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松浦 |
大っきらいでした。
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西田 |
みなさん、彼はこう見えても
若いころ、すごくとんがっていたらしいです(笑)。
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松浦 |
はい(笑)。無茶苦茶でしたね。
うちの父親がちょっと厳しい人で、
小さいころから、
いわゆる勝負事のルールを
いろいろと教わったんです。
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糸井 |
ほぉー。
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松浦 |
勝つために相手を観察することはもちろん、
情報やデータを頭に入れておくために
パッと見た紙をすぐ覚える、
というようなことも徹底的に教わりました。
だから、たとえば
カレンダーや時計がなくても
「そんなの全部頭に入れとけ!」
という感じだったんです。
学校の授業でノートを使うなとか。
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糸井 |
それはすごいですね。
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西田 |
でも、そんな松浦さんですけど、
この会場には、松浦さんの手書きのものも
展示されています。
いつごろから変わったんですか?
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松浦 |
若いころは、考えることと記憶することが
両方ともできていたんです。
でも、30歳ぐらいのころ、
当時いっぱい考えていたアイデアを
だんだん忘れちゃっている自分に気がついて、
どっちかを取らないと
無理だなと思いはじめて‥‥。
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糸井 |
ああ、よかった。
「忘れちゃう」って、
それは当たり前ですよ(笑)。
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松浦 |
はい。それで記憶することを諦めて、
メモを取ることにしました。
で、書きはじめたら、
ものすごく楽になったんです。
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糸井 |
しかも、おもしろくなるでしょう?
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松浦 |
おもしろくなりました。
一番よかったのは、
頭を空っぽにしておけることですね。
覚えておかなきゃいけないことは
メモに書いてあるから。
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糸井 |
そうそうそう。
頭の中を
いつも白紙の状態にしておけますよね。
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松浦 |
そうなんです。
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西田 |
メモの取り方は訓練していたんですか?
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松浦 |
いや、全然です。
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西田 |
だけど、今日展示されているものを
見てもわかりますが、
松浦さんにはすでに
ご自分のスタイルがありますよね。
メモを取るのにカードを使っていたり‥‥。
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松浦 |
そうなんです。
いわゆる「情報カード」なんですけど
ずっとこれを使っていますね。
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糸井 |
きっかけは何だったんですか。
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松浦 |
昔、アメリカにいたんですけど、
当時のアメリカ人がみんな、
5インチ×3インチのカードを使っていたんです。
そのころぼくは、建築現場とかペンキ屋さんの
アシスタントしていたんですが、
みんなが1日の予定をカードに書いているのをみて、
ちょっといいなあと思ったんです。
当時のぼくは相当なアメリカかぶれで
自分をアメリカ人だと思ってましたから(笑)。
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糸井 |
アメリカ人だったんだ(笑)。
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松浦 |
はい。「これだ!」と思って、
最初は格好から入ったんですけど、
使ってみると、すごくよかったんです。
カードって硬いからぐしゃぐしゃにならないし、
真っ白で、日付も書いたり書かなかったりできるし、
絵なんかも自由に描けて、いいんです。
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糸井 |
「絵も描ける」って
何気なくおっしゃったけど、
それってけっこう重要だと思うんです。
デジタル機器でも
絵を描けるということにはなっているけど、
それは別のソフトを起こして
作業しなくちゃいけないし。
字も絵もいっしょに書いておけるって
大きいですよね。
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松浦 |
そうですね。
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西田 |
それと、あのカードのいいところは
安いところですよね。
二百何十円で買える。
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糸井 |
あっ、買っているんですか。
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松浦 |
はい。でも、カードをストックする箱は
オーダーメイドで作っています。
最初は探していたんですが、
どこにも売ってないんで、
自分でたくさん作って、人にあげています。
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西田 |
ぼくももらいました。
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糸井 |
西田さんは、
メモをとったり、何かを書いたりってことは、
しょっちゅうされているんですか?
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西田 |
ぼくは糸井さんとほぼ同時期に
Twitterを始めたんですが、
そういうソーシャルなものを嫌いつつも、
すごくはまってしまっているんです。
でも、日々思ったことを
そのままTwitterに流していると、
だんだんメモを取らなくなっていくわけです。
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糸井 |
あぁ、そうですね。
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西田 |
そのことで、最近思ったことがありました。
ぼくはこんな人間ですけど、
職業柄、ファッションショーに呼ばれるんです。
そこは来年のファッションを
最初に発表する場だから、
ぼくは必死に写真を撮るんですね。
それを即座にTwitterに‥‥
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松浦 |
流すんだ。
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西田 |
そう。
「みんなが待っているんだ」と思いながら、
偽ジャーナリストの気分を味わうわけです。
でも、ふと見ると、ショーを見ながら、
画用紙に絵を描いている人がいたんですよ。
サッサッサッと描いているのを見たときに、
多分、この人はぼくの何十倍もショーの印象が
頭に入っているんだろうなって思うと‥‥
「いったい俺は何をやってんだ」
と思ったんです。
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糸井 |
うん。
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西田 |
その瞬間ではない、何か他のことを考えている
人間になっちゃっている気がして‥‥。
だから、ちょっとやめるようにしています。
ごはんを食べるときにも
写真を撮って「何々を食べている」って
ツイートしているより、
携帯を見ないで楽しそうに
食べている人のほうがいいなと思いますよね。
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糸井 |
よくわかります。
ぼくが梅棹さんの展覧会を見て
衝撃を受けたのと同じように、
現場で感動したり、感じたりするための
時間をちゃんと作ろう、ということですね。
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西田 |
そうですね。
手で書くことの意味って
すごくあるんだな、と思ったんですよ。
だから、松浦さんにもらったカードを
今は使うようにしています。 |
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(つづきます) |