手で書くことについて ぼくらが考えたこと。
「ほぼ日手帳 2014」の発売日に、 「手で書く手帳展」というイベントを行いました。 初日に開催したトークショーで、糸井とともに登壇し、 「手で書くこと」について語ってくださったのは 『暮しの手帖』編集長の松浦弥太郎さんと 『BRUTUS』編集長の西田善太さん。 3人の打てば響く絶妙な掛け合いに、 会場全体がたいへん盛り上がったんです。 「手で書くことは、ラブシーンと同じ」 「タイピングだと単なる情報になるけど、  手で書くと、そこに違う気配が出ます」 「鉛筆の芯は2B以上がいいです」 そんな、数々のフレーズも飛び出した、 このトークショーの内容を、 全5回の連載でお届けします。
目次
第1回 若いころは、書くことが嫌いだった。
第2回 何を書きとめておくか。
第3回 心の動きが字にあらわれる。
第4回 書いたものの先にいる人。
第5回 昔の自分が元気をくれる。
松浦弥太郎さんのプロフィール  
西田善太さんのプロフィール  
 
第1回 若いころは、書くことが嫌いだった。
糸井 会場のみなさん、今日は
ようこそおいでくださいました。
西田 すごい数のお客さんですねー。
松浦 ねえ。緊張します。
糸井 今日は仕切る人ばっかりが3人集まりましたね(笑)。
この「手で書く手帳展」という
タイトルを決めたときに
「手以外に何で書くんだ」って
西田さんに揚げ足をとられたんですが、
まぁ‥‥確かにそのとおりです(笑)。
今日は、「手で書いたもの」の展覧会があったら
ぼくらも楽しいし、みんなも嬉しいんじゃないかな?
ということで、隣の展示コーナーに
いろんな人が手で書いたものを展示しています。
みなさんもご覧になったでしょうか。
中には吉本隆明さんの血のついた‥‥。
西田 えっ、血がついているんですか?
糸井 はい。吉本さんは血圧を
手帳に記録していたんですが
いつもインスリンの注射をした後に
血圧を測って手帳に書き込んでいたので
手帳に血のしみがついているんです。
今日のイベントに展示する、さまざまな方の
手帳やメモ、ノートを集めていたときに、
「吉本さんが書いたものもぜひ展示したい」と
ご家族に相談したら、長女が
「これはどう?」って渡してくれて。
西田 へぇー。
糸井 ほかにも、みんな驚くと思うんですけど、
横尾忠則さんがTwitterで
日々のできごとなどを
頻繁にツイートされていて、
その言葉がすべて手書きなんです。
Twitterって手書きじゃないですよね。
でも、横尾さんの場合、
チラシの裏にTwitterの枠のような線をひいて
そこにきっちり文字を書いて、
それをアシスタントの方に
タイピングしてもらっているんですよ。
西田 それ、すごいですね。
糸井 そんなふうに、いろんな人が何を書いて、
何を残したかということが、
今非常におもしろいと思っているんですけど、
そう思うようになったきっかけの1つが、
民族学者の梅棹忠夫さんの展覧会へ行ったことなんです。
梅棹さんがモンゴルで記録していたものとか、
さまざまな手帳やメモ、スケッチを見て、
すごく衝撃を受けたんです。
ぼくはもともと、手帳にメモなんてしなくても、
「目をシャッター代わりに
 パタッと閉じたら記憶できる」
というようなことを考えていた人間なので。
松浦 あぁ、ぼくも同じですよ。
二十歳過ぎぐらいのころは
自分の感覚に変な自信があって、
「手帳なんかなくても全部頭の中に入っている」
そんなふうに思っていました。
西田 「俺が手帳だ!」って?
松浦 はい。
糸井 ぼくもそうでしたが、若いころって
そもそも「手帳」という概念がないですよね。
松浦 ないですね。
ノートは落書きをするものだと思っていたし、
時計なんかしていなくても、
時間を聞かれたら正確に答えられるし。
糸井 そこまで(笑)。
松浦 はい。時計ってどこにでもあるじゃないですか。
今こうして話しながらも、
パッと近くの時計を見て
「あっ今、2時7分だな」って
見て覚えているんですよ。
カレンダーも全部頭の中にあるし、
自分の思いついたことや予定も
全部頭に入っているから、
腕時計と手帳とカレンダーは‥‥
糸井 いらないんだ。
松浦 大っきらいでした。
西田 みなさん、彼はこう見えても
若いころ、すごくとんがっていたらしいです(笑)。
松浦 はい(笑)。無茶苦茶でしたね。
うちの父親がちょっと厳しい人で、
小さいころから、
いわゆる勝負事のルールを
いろいろと教わったんです。
糸井 ほぉー。
松浦 勝つために相手を観察することはもちろん、
情報やデータを頭に入れておくために
パッと見た紙をすぐ覚える、
というようなことも徹底的に教わりました。
だから、たとえば
カレンダーや時計がなくても
「そんなの全部頭に入れとけ!」
という感じだったんです。
学校の授業でノートを使うなとか。
糸井 それはすごいですね。
西田 でも、そんな松浦さんですけど、
この会場には、松浦さんの手書きのものも
展示されています。
いつごろから変わったんですか?
松浦 若いころは、考えることと記憶することが
両方ともできていたんです。
でも、30歳ぐらいのころ、
当時いっぱい考えていたアイデアを
だんだん忘れちゃっている自分に気がついて、
どっちかを取らないと
無理だなと思いはじめて‥‥。
糸井 ああ、よかった。
「忘れちゃう」って、
それは当たり前ですよ(笑)。
松浦 はい。それで記憶することを諦めて、
メモを取ることにしました。
で、書きはじめたら、
ものすごく楽になったんです。
糸井 しかも、おもしろくなるでしょう?
松浦 おもしろくなりました。
一番よかったのは、
頭を空っぽにしておけることですね。
覚えておかなきゃいけないことは
メモに書いてあるから。
糸井 そうそうそう。
頭の中を
いつも白紙の状態にしておけますよね。
松浦 そうなんです。
西田 メモの取り方は訓練していたんですか?
松浦 いや、全然です。
西田 だけど、今日展示されているものを
見てもわかりますが、
松浦さんにはすでに
ご自分のスタイルがありますよね。
メモを取るのにカードを使っていたり‥‥。
松浦 そうなんです。
いわゆる「情報カード」なんですけど
ずっとこれを使っていますね。
糸井 きっかけは何だったんですか。
松浦 昔、アメリカにいたんですけど、
当時のアメリカ人がみんな、
5インチ×3インチのカードを使っていたんです。
そのころぼくは、建築現場とかペンキ屋さんの
アシスタントしていたんですが、
みんなが1日の予定をカードに書いているのをみて、
ちょっといいなあと思ったんです。
当時のぼくは相当なアメリカかぶれで
自分をアメリカ人だと思ってましたから(笑)。
糸井 アメリカ人だったんだ(笑)。
松浦 はい。「これだ!」と思って、
最初は格好から入ったんですけど、
使ってみると、すごくよかったんです。
カードって硬いからぐしゃぐしゃにならないし、
真っ白で、日付も書いたり書かなかったりできるし、
絵なんかも自由に描けて、いいんです。
糸井 「絵も描ける」って
何気なくおっしゃったけど、
それってけっこう重要だと思うんです。
デジタル機器でも
絵を描けるということにはなっているけど、
それは別のソフトを起こして
作業しなくちゃいけないし。
字も絵もいっしょに書いておけるって
大きいですよね。
松浦 そうですね。
西田 それと、あのカードのいいところは
安いところですよね。
二百何十円で買える。
糸井 あっ、買っているんですか。
松浦 はい。でも、カードをストックする箱は
オーダーメイドで作っています。
最初は探していたんですが、
どこにも売ってないんで、
自分でたくさん作って、人にあげています。
西田 ぼくももらいました。
糸井 西田さんは、
メモをとったり、何かを書いたりってことは、
しょっちゅうされているんですか?
西田 ぼくは糸井さんとほぼ同時期に
Twitterを始めたんですが、
そういうソーシャルなものを嫌いつつも、
すごくはまってしまっているんです。
でも、日々思ったことを
そのままTwitterに流していると、
だんだんメモを取らなくなっていくわけです。
糸井 あぁ、そうですね。
西田 そのことで、最近思ったことがありました。
ぼくはこんな人間ですけど、
職業柄、ファッションショーに呼ばれるんです。
そこは来年のファッションを
最初に発表する場だから、
ぼくは必死に写真を撮るんですね。
それを即座にTwitterに‥‥
松浦 流すんだ。
西田 そう。
「みんなが待っているんだ」と思いながら、
偽ジャーナリストの気分を味わうわけです。
でも、ふと見ると、ショーを見ながら、
画用紙に絵を描いている人がいたんですよ。
サッサッサッと描いているのを見たときに、
多分、この人はぼくの何十倍もショーの印象が
頭に入っているんだろうなって思うと‥‥
「いったい俺は何をやってんだ」
と思ったんです。
糸井 うん。
西田 その瞬間ではない、何か他のことを考えている
人間になっちゃっている気がして‥‥。
だから、ちょっとやめるようにしています。
ごはんを食べるときにも
写真を撮って「何々を食べている」って
ツイートしているより、
携帯を見ないで楽しそうに
食べている人のほうがいいなと思いますよね。
糸井 よくわかります。
ぼくが梅棹さんの展覧会を見て
衝撃を受けたのと同じように、
現場で感動したり、感じたりするための
時間をちゃんと作ろう、ということですね。
西田 そうですね。
手で書くことの意味って
すごくあるんだな、と思ったんですよ。
だから、松浦さんにもらったカードを
今は使うようにしています。
(つづきます)
2013-10-17-THU
    次へ
 
感想をおくる ツイートする ほぼ日ホームへ
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
 
ようやくお目にかかることができました。『アンパンマン』の生みの親である、やなせたかしさん、94歳の登場です!