- 糸井
- 木川さんの「恐怖心」は、
ぼくらにも伝わっていました。
どうして伝わってきたのか不思議なんですよね。
- 木川
- まず、休憩を取得できていないなど、
新たに分かった労働時間分の賃金について
清算することにしました。
我々がこれからさらに社会インフラを担う企業として
成長していくためにも、社員の満足度をもっと上げて、
新しい体制を組んでいきたいんです。
そのためにも一旦は宅急便の総量を抑え、
運賃の単価も上げて採算面を改善しないと、
社員に還元することもできません。
でもこれは、宅急便の運賃を27年の間
値上げをしたことがなかったので苦渋の選択でした。
- 糸井
- ああ、運賃がずっと変わっていなかったんだ。
- 木川
- 宅急便をはじめて42年、
過去に一度だけ値段の改定をしていますが、
それからの27年間は、値段を据え置いていました。
同じ値段でもサービスレベルをどんどん上げて、
荷物の増加に対応するために経営資源を投下し続け、
生産性を上げることで
着実に成長するための利益を確保していました。
- 糸井
- ずっと料金が同じだったということは、
最初の頃の配送料は、ものすごく高値だった?
- 木川
- 42年前においては、かなり高い水準だったでしょう。
宅急便は何しろ、
過去に受けたことのないサービスでした。
電話したら当日取りに来てくれて、
翌日には基本的に日本全土、
ほとんどのエリアを配達してしまいますから。
宅急便がはじまった当時から、
適正な利益を上げられる商品として
設計されていたはずです。
- 糸井
- 「運んでもらえばいいのに」という言い方は、
贅沢を勧める言い方だったんですね、当時は。
- 木川
- はい、そうですね。
「過去になかった利便性を、
こんなに安い値段でやってくれるんだ」、
と思っていただける場面もありましたし、
「便利でいいサービスだから、
値段が高くても当たり前だよね」
という意見もあって、両方が成立した時代なんです。
- 糸井
- いやぁ、今になってみると、
スタートの高かった感じは忘れてました。
- 木川
- 今では、送料無料が当たり前のように
なってしまいましたからね。
でもこれはネット通販の事業者だけの
責任ではありませんし、我々自身も流れに乗って、
耐えられるところまでやるぞ、とは思っていたんです。
長いデフレが続く中で、
国民の意識にも「サービスはタダ」のような
風潮が浸透して、我々も、値段が下がることが
当たり前のようになってしまっていました。
この市場競争がずっと続いていくと、
荷物を運ぶ担い手が、
日本にいなくなってしまうのではないか。
これも恐怖心です。
- 糸井
- たしかに、誰が運ぶんだろう。
- 木川
- 「すいません、我々はできなくなりました」
と居直るわけにはいきませんから。
- 糸井
- 木川さんは先ほど、「恐怖心」という言葉を
お使いになりましたけれども、
どうしたらいいかを考える判断って、
崖から飛び降りるような気持ちですよね。
- 木川
- ぼくが13年前にヤマトに来た頃から、
ネット通販の荷物は増えるという
予測はもちろんあったんです。
したがって省力化・合理化のための
大規模投資を先行しておこなってきました。
この7年間ぐらいでネットワーク改革に
投資した金額は、じつに、2,000億円を超えます。
ネットワークを良くして荷物の急増に耐えうる、
そしてなお、コストを下げて利益が上がるような
仕組みを描いて、投資をしてきたのです。
- 糸井
- 企業のインフラとしては、
ものすごく投資をしてきたけれども、
それでも人が足りなかったんですね。
- 木川
- はい、予見し得なかったというのは、
経営者として胸張って言う話ではありませんよね。
ですが、想定を超えたのは事実です。
もしも同業他社が何とかできる状況であれば
まだいいのですが、みんながお手上げ状態で‥‥。
「サービスがタダだ」という、
ちょっと行き過ぎた考え方を、
戻していただきたいという考えもあって、
宅急便運賃の改定を決断したんです。
- 糸井
- ある意味では、人の哲学にまで及ぶ話ですよね。
欲しくて買っているものにはお金を出すけれど、
運ぶという行為について、
それ自体を欲望しているわけじゃない。
だから、送料は限りなく値段が下がればいい、
なんだったら、タダになればいいという。
- 木川
- あとは、見せ方の問題もあると思います。
「送料無料」とはっきり言わないで、
「送料は通販事業者が負担します」とかね、
「送料込みの値段がこんなに安くなってます」って、
こういうふうに言ってもらえるといいんだけど。
ただ、「送料無料」って書いてあると、
同じ値段でもそちらをクリックしてしまうんですよ。
わたし自身もそうで、条件反射みたいなものだから。
- 糸井
- なるほど、感じ方ですよね。
木川さんの話を聞いて思ったんですが、
送料に対しては、あまり敬意がないんですよね。
- 木川
- お客様に対して非常に僭越な言い方ではありますが、
適切なサービスとは何かを
我々と一緒に考えていただきたいんです。
そして、サービスはタダではありません。
サービスは受益者が負担するものですから、
サービスレベルに対しての適切な価格で、
わたし達は運ばせていただきますという、
ある意味では当たり前でもある考え方を、
あえてこのタイミングで出させていただきました。
- 糸井
- 職業に貴賤はない、と口では言うけれど、
実際は、みんなが勝手に判断しているんです。
たとえば、お医者さんが処方箋を書きますけど、
いつもの患者さんが、いつものように来院して、
いつもの薬を出すために処方箋を書きます。
あっという間に同じ薬の名前を入れるだけでも、
ぼくらは何千何百円を支払っていますよね。
それは、お医者さんに対する敬意が、
お金を払わせているわけです。
宅急便の荷物を家まで運んでくれるサービスは
商品代金に含まれていると思っていて、
「ありがとう」とは言うけれども、
送料にお金を払おうという気はない。
どの職業がお金をもらえるかについて、
みんな、自分なりの感性でジャッジしているんです。
- 木川
- 不在であれば再配達するのは、
基本料金の範囲内のサービスですが、
世界を見まわしてみると日本人だけ、
「サービスはタダ」という感性が、
異常に強いようなんです。
- 糸井
- きっと、チップの習慣も関わっていますよね。
- 木川
- サービスへの対価を受益者が払う、
ということは商売の原点です。
これが、日本の場合はいつのまにか、
少しズレてしまいました。
日本人はよく、空気や水をタダだと思っていると
海外から指摘されるように、
生活を便利にするツールも
電気・ガス・水道と同じ社会のインフラになったら、
これはもう、空気と同じですよ。
料金は安ければ安いほどいい。
宅配事業者は値段の競争をするのが
当たり前の経済活動だ、というふうに、
曲がってしまったんですよね。
- 糸井
- いつごろ曲がったんでしょうか。
- 木川
- それはね、デフレで曲がったんですよ。
長ーく続いてきたデフレでね。
その証拠に、デフレ時代に入る前には、
「安物買いの銭失い」という言葉があったでしょう。
でも今は「安くて品質もいい」という時代。
つまり、必要な機能が満たされているなら、
そんなに高いものを買わなくたって十分だと。
サービスの対価も安い方がいい。
- 糸井
- それが、どこか知的に見えるようにさえ、
浸透していったんですよね。
(つづきます)