- 糸井
- 「サービスがタダだ」という傾向は、
いまの宅急便にもかなり、
影響を与えているでしょうね。
- 木川
- ええ、そうですね。
でも、自分でまいた種という面も
あることも分かっています。
これまでのヤマトでは、
より良いサービスを全てのお客様に均質に、
できるだけ安い値段で提供する、
ということに誇りを感じて、社員も頑張ってきました。
いいサービスをすれば
必ず将来リターンとして返ってくる、というのが、
宅急便の生みの親である小倉昌男さんの
「サービスが先、利益は後」という思想です。
- 糸井
- ぼくらにも影響を与えている考え方ですよ。
- 木川
- そこで大事なポイントは、
すべての人に最高のサービスを、手頃な値段で、
均質に提供するということです。
つまり、お客様を個別に
セグメントしてこなかったんです。
そして、我々が考え得る最高のサービスを
提供するために、いろんなサービスを、
次々に生み出してきました。
それを我々は愚直にやり続けたのです。
これで、クロネコヤマトの
ブランド価値を高めることができました。
しかし、現在の状況を冷静に考えると、
ひょっとしたら最高のサービスだと思って
提供していたものが、一部のお客様にとっては
最適なサービスではなくなっているのではないか
と気づいたんです。
- 糸井
- そのズレは、どういうことですか?
- 木川
- それは何かというと、こういうことですよ。
共働きの家庭も多くなって、
通販で買われる荷物も日用品が増えてきました。
どうしてもその荷物を、その日のうちに受け取りたい。
だから早く帰らないといけない。けれど、帰れない。
セールスドライバーは不在なら何度でも
おうかがいして、対面でお渡ししたいのですが、
それが一部のお客様にとっては、
逆にストレスになっていました。
「ありがとう、ヤマトさん!」
と言ってもらえるのを喜びにしていたんですよ。
ところが、
再配達に来たセールスドライバーに対して、
「申し訳ないね」と
謝っていただくようになってしまった。
一部のお客様にとっては受け取れないストレスに、
申し訳ないというストレスまで加わったのですから、
最高のサービスが、必ずしも
最適なサービスではなくなったと思ったんです。
- 糸井
- はあー、なるほど。
- 木川
- これからはやはり、均一なサービスではなく、
お客様の層によって、
セグメントをすべきではないのかなと。
- 糸井
- 人と人との関係だから、
本当はできるはずですよね。
- 木川
- そう、できるはずなんです。
このお客様は、こういう受け取り方を希望されている。
それなら、セールスドライバーが
お届けをするんじゃなくて、
コンビニで預かってもらって、
好きな時に取りに行ってもらおうと。
あるいは最近、ロッカーでの受け取りも始まりました。
駅にあるロッカーに荷物を入れておいて、
24時間好きな時に取りに行ける。
今の時代では、こっちのほうがいいサービス、
という方もいるのではないでしょうか。
ぼくがよく例に出す話ですがね、
日本の、格式のある旅館の仲居さんのサービスです。
- 糸井
- ああ、仲居さん。
- 木川
- 食事をしている時にもずっとそばにいて
会話をしながらお酌をしてくれたり、
ご飯をよそってくれたり、食べ物も温めてくれたりね。
これが最高のサービスだって
思う方もたくさんいるけど、
うっとうしく感じる人もいるんですよ。
- 糸井
- なぜいるんだろう、みたいな。
- 木川
- もっとくつろいで食べたいのに、とね。
つまり、ぼくらは気づかないうちに、
サービスの押し売りをしていないだろうかと。
- 糸井
- ロボット化できないタイプの仕事を、
自分で勝手に均質にして、ロボット化していたんだ。
- 木川
- 自分たちで、最高のサービスだと思い込んで
押し売りをしていた可能性はありますね。
本当に喜んでいただいているお客様には、
もっと徹底してレベルを上げればいいんです。
ただ、サービスがご負担になっているお客様もいます。
ネット通販を頻繁に使われている方々を中心に、
配達の希望時間帯や受け取り方に対しての、
ニーズが変化しています。
我々も、お客様のニーズにあったサービスを
一律ではなく提供するように
切り替えていこうと考えています。
- 糸井
- これからは、お客さん一人ずつに、
台帳みたいなものを作るってことですか?
美容院には、その人なりの帳面がありますよね。
- 木川
- 今は担当するセールスドライバーの
頭に入っているんですよね。
このお客様は、この時間に行ってもいらっしゃらない、
ということは、わかっているんです。
したがって、時間帯お届けの指定がされていなければ、
いらっしゃらないであろう時間には配達に行きません。
こういうふうにコントロールしているんです。
でも、受け取るご本人が
お届けする時間帯を指定するのではなくて、
送り主が指定している荷物も多いんです。
「午前中」と書いてあれば、
不在とわかっていても行かざるを得ませんから。
だから、
「お届けする時間帯をご指定いただいていますけど、
本当にこの通りに行ってもよろしいですか?」、
と事前におうかがいをする仕組みを導入しましたし、
ロッカーなど非対面でお届けする
新しいチャネルの拡大も進めています。
- 糸井
- お客さんに対面でアンケートをして、
10項目ぐらい答えてもらうようなデータがあれば、
配達もかなり楽になるでしょうね。
- 木川
- コストを下げるためだけに、
我々が提供してきたサービスをやめるだとか、
一部のお客さんに提供しない、
というつもりは、まったくありません。
そうではなくて、
お客様が一番望んでいらっしゃる方法を取ることが、
コストを下げる新しい配達の仕方になるはずです。
- 糸井
- メディアの取り上げられ方を見ていると、
再配達のコストが経営を圧迫しているんじゃないかと
書かれていますけれど、それは本当ですか?
- 木川
- それは本当です。
再配達の荷物が増えるほど、
そのために人件費や、燃料費がかかります。
結果的に残業時間も長くなるという状況に
なっているのは事実ですよ。
- 糸井
- これは運送だけの話じゃないんですけど。
ぼくの知り合いで、
ふだんは常識的な暮らしをしている方が、
靴のサイズが心配だからと3つ取り寄せて、
フィットしたものだけ買って、
残りは返品しているそうなんです。
それもすごい買い方だと思うんですよね。
- 木川
- 返品を前提とした通販の仕組みですね。
これはいいサービスだと思います。
それも最初から返品前提のサービスとして、
適正な価格を決めればいいんだと思いますよ。
- 糸井
- うーん、できるんでしょうか。
- 木川
- 「提供されるサービスに対する、
適正な値段はいくらか?」という問題を、
国民全体で議論しないといけない時代が
ついに来てしまったのだと思いますよ。
昨年、我々は宅急便の値段で問題を提起しましたが、
実は当初、サービスレベルの見直しや値上げについて、
業界内には懐疑的な見方もありました。
ただ、我々が動きはじめてみると、
お客様に聞く耳を持っていただけましたし、
メディアも、驚くほどに好意的だったんですよ。
本当にありがたいことでした。
そして、この流れは、我々の運送業界だけじゃなくて、
サービス業全体に広がってきていますよね。
- 糸井
- そうなんですよね。
- 木川
- ここまで広がっていくとは予見していませんでした。
サービス業全体が適正な対価をもらうとか、
労働力不足の解消のために
サービス残業も、24時間営業もやめよう。
こうした働き方に対する世の中の流れが
変わっていくときに、
ヤマトが大きなインパクトを与えてしまったんです。
- 糸井
- ええ、まったくそうだと思います。
- 木川
- 結果として、よかったのかもしれません。
(つづきます)