第1回 《 医者か 紺屋か 》 |
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紺屋の白袴 :
他人のことに忙しくて自分自身のことには
手が回らないことのたとえ
こどもの頃 よく読んでいた“マンガで読む伝記”の
ミニコーナーに ことわざの対比が載っていた。
なんの伝記だったかは覚えていないが
髪がボサボサの床屋さんのイラストと共に
〈医者の不養生〉との違いは しっかり頭にきざまれ
〈紺屋の白袴〉というかっこいい言葉を
さらりと使えるおとなに いつかなりたいと思っていた。
『やっぱり ご自分のお直しもされるんですか?』
質問されるたび
『いえ…すみません 全然やりません。。』
やぶれた袖口を見られぬように
さりげなくテーブルの下に手をかくす。
お直しは大喜利と少し似ている。
出題者はお直しの依頼主。
こちらはお題によって いろんな色の着物に着替え
正統派のきれいな答えで 『うーん 座布団一枚』
ダジャレのような答えで 『しょうがないねぇ 一枚やったげて』
思いもよらない答えで 『ほほーぅ 二枚あげて』
“ふーむぅ” 声にならない鼻息で
さらりと流される恐怖と常に闘いながら
穴やシミ、ひっかけ、ほつれをじっと見つめて
答えを練り 座布団の獲得に挑む。
自分のお直しをしないのは
頭で考えた時点で仕上がりが想像できてしまい
“思いもよらない答え”
というものがないからかもしれない。
一枚だけきちんとお直ししたニットがある。
去年の冬 パリ一人旅の途中
時間をもて余し 着ていたニットを
毛布にくるまりながら直したものだ。
穴にはポッケを 脇の裂け目にはマチを編んだ。
次の日着てみたら胸のところにも穴を見つけたが
“まぁ いっか もう充分” 気にしないことにしている。
あの日以来 自分のお直しはたぶんしていない。
袖口のほつれた糸を クルクルよじって短くしてみたり
スパッツの裾からとびでた糸を 内側に入れ込んで隠したり
とれかけのボタンからでた糸を ボタンに巻きつけてごまかしたり…
持ち歩いている小ばさみを取り出し チョキリとすればいいだけのこと。
お直しとも呼べない そのたった数秒のことがなぜ出来ないのか。
やっぱり医者の不養生? それとも紺屋の白袴?
いやちがう あたしは医者でも紺屋でもない
自他共に認めるただの めんどくさがり屋なのだ。 |