第3回 《 じゃがいも・カステラ・パン 》 |
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好物はなに? と聞かれてそう答えた。
『全く痩せる気がしないね』という言葉とともに
そのすべてが詰まった夢のような袋を
誕生日プレゼントにもらったことがある。
太る要素たっぷりのものが好き。
三食パンでもいいくらい パンが好きだ。
パン好きは遺伝するのだろうか。
幼い頃 パン教室に通っていた母は
いろいろなパンを焼いてくれた。
バターロールの生地を伸ばして
くるっと巻く手つき。
それとイーストのにおい。
いまでもすぐに思い出せる。
よく食べるピザ生地は 薄く伸ばされ
アルミのピザ皿ごと冷凍庫にストックされていた。
取り出すとき キンッと冷えたお皿に指が
くっついてしまわないかとハラハラしたことも
不規則に刺しあけられたフォークの穴も覚えているのに
おかしいな…焼き上がった姿が思い出せない。
自分でパンを作ろうとは思わない。
おいしいパンなら街にあふれている。
だからパンはプロに任せている。
近所においしいパン屋がある。
遊びにきた友人知人に街案内をたのまれれば
迷うことなく 真っ先に連れて行く。
みんながあまりによろこぶので
全く自分の手柄でもないというのに
“そうでしょ そうでしょ” 鼻が高い。
シェフは大きな手をしているのだろう。
手袋の指先には いくつもの穴があいていた。
編み目をひろい 別の糸で編みたす。
おいしいパンを作り出す偉大な手を
身を粉にして守る手袋に
敬意を表し お直しした。
春が来て シェフが手袋と共にやって来た。
差し出された手袋には 新たな穴があいている。
『自分的に考えてみたんですけど…
たぶん手が大きいんですよね、手袋に対して』
そうまじめに考察され
『…そうですね、たぶん』
手袋を見つめ こちらもまじめに答える。
パン屋の朝は早い。
まだ日ものぼらぬ街を走る
自転車の指もそろそろ かじかんでくる頃だろうか。
“今年の冬は耐えてくれるかな?”
鼻までかぶった あったかい布団のなか
ツギハギだらけの手袋を思う。 |