HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
 
お直しとか
 
横尾香央留
 
 
 第5回 《 チノパンに芝生 》


『お直しブースを出しませんか?』
そう声をかけられ 一瞬考えたけれど
『はい』となぜか答えた。

参加した本の発売イベントで
たしか5人ぐらいの展示だったと思う。
あたしはその本の為に仕上げたお直し作品を展示し
期間中の土日だけ 本屋さんの奥にある会場の
さらにいちばん奥の隅っこの
小学校にあるような机と椅子に座り
お客さんを待った。

その場にお直しをもちこんで
作業しながら待つはずだったが
人の出入りもあって 集中できない。
あきらめて携帯でメールをしたり
狭い会場内をぐるぐる歩き回ったり
眠たくなってうとうとしたり。
偶然やってきた知り合いに
『なに? 公開処刑!?』
といって冷やかされたり。
ほかの人の作品の質問をされ 答えられず
顔を真っ赤にあたふたしているところを
予告なしに現れた友人に意地悪そうな
にやにやした目でみられたりもした。

“文化祭のお化け屋敷の入り口でハッピを着て
受付をしている人ってこんな気分かな”
そんなことを考えながら 頬杖をつき待つ。
そもそも 人見知りでうつむきがちなあたしが
なぜこんなことを引き受けてしまったのか
やりたいかと聞かれたら
正直そこまで乗り気ではなかったけど
できないこともない…みたいな感じだった。
だったら断ってもよかったんじゃないの?
お客さんに話しかけられるたび
くよくよと後悔した。

つかつかと男性が近づいてくる。
“答えられる質問でおねがいしますよ…”
身構えていると 男性はおもむろに
チノパンを差し出してきた。
『これ、お願いします』

思えばあれが 友人知人ではなく
誰かからの紹介でもなく
会社を通してでもない
初めてのお直し依頼だったかもしれない。
『なんでもいいですよ』
初めて会った彼はそう言ったが
そんな言葉 にわかには信じられなかった。

お直し方法を考える…考える…考える…
あきらめる。だって無理だもの。
もうこうなったら 彼のことはすべて忘れよう。
すべてといっても たったの3つ
〈建築家 ・三軒茶屋在住・1つ年下〉
あたしが知っている彼についてのすべてのこと。

チノパンのことだけを考えようと 頭を切り替える。
なんで裾がすり切れたのか。
なんでポケット口がすり切れたのか。

〈山とか草原とか川原とか
 草の生い茂ったところに
 よく足を運んでいたのだろう。
 公園の芝生に寝転んだりもしたかも。
 そこで見つけた種とか石とか
 草とか花をぎゅっとポッケに詰め込んだんだね。〉

そんなストーリーを想像しながらひたすら針を動かす。
裾にくっついてきた草や芝生を模して
場所によって草の色味がきっと違うからと
数色使い分けてかがった。
ポッケ口には しまうとき川原で拾った石が
まだ濡れていたのかもしれないし
草花の汁がしみが付いてしまったのかもしれない 。
そんなことを考えながらかがった。

 
 
2011-11-21-MON
 
 
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写真:ホンマタカシ
デザイン:中村至男