HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
 
お直しとか
 
横尾香央留
 
 
 第6回 《 美人さん 》


美しすぎて 近づきがたい人っている。
なにかくだらないことでも言おうものなら
キッと睨まれるのではないか。
鼻で笑われるのではないだろうか。
聞こえなかったように無反応かもしれない。
こわいこわい 傷つきたくない 近づきがたい。

ベストの持ち主の美人さんと出会った時
あたしたちは〈店員とお客〉という立場だった。
“あ、またあの美人さんがいる”
お店に足を踏み入れ その姿を確認した瞬間
ピクン シャキッ 背筋が伸びた。
店員さんに声をかけられるのが
もともと苦手なあたしは
美人の店員さんとあればなおのこと
“ほんとに大丈夫ですから…”
“ほんとにおかまいなく…”
話しかけられるかどうかもわからないのに
いつでも作り笑顔で会釈する準備はできていた。

一年もしないうちに あたしたちは
アトリエとショップという職場の違いはあれど
会社の〈先輩と後輩〉という関係になった。
勝手なこちらの先入観により
ふつうにおしゃべりできるようになるまで
他の人よりも時間を要した気がする。

話してみると美人さん 意外や意外
おもしろいことが好きな人だった。
なにより本人がかなりおかしな人だった。
美しい顔のその奥に隠れたひょうきんさ。
“なんて魅力的な人なんだろう。
人をみかけで判断しちゃいけないな…”
そうは思っているのに
洋服を見つめる整った横顔を見つけると
あいかわらずピクンと背筋が伸びた。
やっぱり黙っていると近づきがたい。

引っ掛けてできてしまった
ニットベストの背中の穴。
虫喰い穴に見立て 虫を編んで住まわせる。
ふざけたお直しに怒りださないかと
どきどきしながら手渡すと
わぁー と笑顔の声があがって一安心。

その後あたしは会社を辞め
頻繁には会えなくなったが ばったり会った時
偶然にもその虫喰いベストを着ていた美人さんは
挨拶もそこそこに早口でこう言った。

『このベスト着てるとね
 「あれ? なんかついてますよ」
 ってひっぱられそうになるから
 「やめてー!! 」
 って必死で阻止よ
 もうね 一日中ひっぱるなオーラ出してんの』

あぁ あたしとしたことが
さらに近づきがたくしてしまったようだ…。

 

 
 
2011-11-28-MON
 
 
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写真:ホンマタカシ
デザイン:中村至男