第31回 《 つぶれた指輪 》 |
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〈2012年の金環食に太陽のリングをプレゼントしてね〉
なんていう歌を聴いていた頃は
ずっとずっと遠い未来のことのように思えた
その日がついにやってきた。
“32才か…きっと結婚してるだろうから
こんなプロポーズされることはないなぁ”
そう思っていた甘ちゃんなあたしに
このまっさらな左手をみせてあげたい。
初めてもらった指輪にはNIKEのマークが入っていた。
同じ形のフレームにadidasマークのものもあったから
たぶん偽物なのだろう。重みのあるごついもの。
当時その指輪が流行っていたのか
同級生のおとこの子達が 2つ3つとつけていて
休み時間の中庭で いいないいなーと
毎日しつこく言い続けていた。
NIKEのマークはなぜあんなにかっこいいのだろう。
華奢な指輪や 石のついたきらきら光る指輪より
似合う似合わないは別として
あたしにはその指輪の方がうんと魅力的だった。
熱意に負けたのか たんに飽きたのか ある日
“してみて” と 手のひらにNIKEマークがのっかった。
どの指にももちろんブカブカなのが確認され
“かして” と つまみあげられた指輪は
ぐっと力一杯 壁に押しつけられ 楕円につぶれた。
みたことのない荒手のサイズ調整方法。
あちらもこちらも恋愛感情なんて
全然なかったから 気前のいいおとこの子と
ちゃっかりしたおんなの子の
色気のない指輪物語。
〈かおるはね いつか絶対に理想どおりの
素敵な人と出会う。わたしが保証する。絶対に〉
専門学校で出会った当初から
13年も無責任にそう言い続けてきたカヨに
『すみません お先に結婚します』と報告を受け
なにか出来ることはないかと尋ねると
リングピローをつくって欲しいという。
レース糸でガラス瓶のカバーを編み
そこにシロツメクサを二輪編んで挿す。
茎がふらふらと動かないように
四ツ葉のクローバーを編み 瓶の口をとじる。
シロツメクサにそれぞれの指輪を通して
指輪の交換につかってもらった。
リングピロー…ピローというくらいだから
枕になってなきゃいけなかったのだろうか…
まったく無視してつくってしまった。
『金環日食を一緒に見ましょう』と
いまの時点で誰にも誘われていないから
プロポーズされる心配はなさそうだ。
しかたがない 次回の2030年に期待しよう。