第32回 《 吹き抜ける風 》 |
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憧れのブランドのもの。
とてもかわいい人からの依頼だった。
薄くてやわらかい やさしい色のカットソーのお直し。
その人を布に例えたら きっとこんな生地になるのでは?
それくらい 服と持ち主のイメージがぴったりと重なる。
配色にもモチーフにも気をつけて
風車のような花を編み 穴をふさぐように縫い付けた。
クローゼットにそのブランドの
ジャンパースカートが一枚ある。
SALEのときに思いきって手に入れたもので
30%OFFとはいえ あたしにはとても高価だった。
苦手な試着もきちんとして 一緒にいた人に何度も
どう思う? 着るかな? 似合うかな?
心では決まっているのに
背中をおしてもらうために問いかけた。
“買わなかったら後悔するよね”
鏡に映る自分と めくばせして “よし” とひとつ呼吸をする。
そのとき じわり 背中に熱を感じた。
振り返り 熱の出所をさぐっていくと カウンターの前
たくさんの商品が紙袋に納められていくのを
椅子に腰掛け待っているマダムにたどりつく。
“なんだろう… 知ってる人じゃないよね…”
きょとんと見つめ返すと こちらを指差し
お付きの店員さんにマダムは言った。
『あれも』
がーーーん…
あたしがこんなにも悩んでいるというのに
マダムは試着をすることもなく
この小娘が着ているのを
遠目にみただけで 購入を決めた。
あんなにたくさんの服を手に入れたうえに
この服さえも あたしから奪おうと?!
幸い もう一着同じものがあり
あたしもマダムも無事に 手に入れることが
出来たのだが 忘れられないのは
あのときぽっかりあいた心の穴と
そこを吹き抜けていった敗北感のような風。
あれから10年近くが経った。
マダムのクローゼットにはいまも
あのジャンパースカートは健在だろうか。
『まるで幼稚園の先生みたい』
なんていわれながら もちろんいまだに
あたしのジャンパースカートは現役だ。