HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
 
お直しとか
 
横尾香央留
 
 第43回 《 やさしいサバ 》

10分 20分の遅刻ならまだいい。
1時間くらいだと怒るかもしれない。
それを通り越して 呆れ笑ってしまう
タカヤナギの遅刻は3、4時間はざらだった。

最初の頃は 携帯にモーニングコールをしたり
深刻さを声色に浮かべながら 自宅に電話をし
お母さんに起こしてもらったりもした。
ようやく電話のむこうに 不機嫌な声が聞こえてきては
『あんたねぇ 不機嫌になるのはこっちなんだからね』
ひとこと ふたこと 話して電話を切る。

しかし起きたからといって油断はならない。
家を出なければ間に合わない時間に
洗濯物や食器洗いをタカヤナギは始めたりする。
そろそろかなとタイミングをみはからい
メールをしても効力はなかった。

ある日 ついに声をあげて怒ったあたしに
『わたしだって なにもすきで
 遅刻してるんじゃないんですっ!』
タカヤナギはそう言い返してきた。それもすごい剣幕で。
本人の意思に反しておかしな行動に出てしまうというのだ。
そういわれたらこっちもお手上げ。
『もう好きにしたらいい。知らないんだから!』
あたしもこどものように声を荒げた。

そうはいってもやっぱり友だち。
待ち合わせないわけにはいかず 頭を悩ませ
辿り着いた一番シンプルな方法は
〈ほんとうの約束の時間より早い時間を伝える〉
最初のうちはこちらも びびって2時間前の時間を伝え
ほんとに来てしまったらどうしようかと
どきどきしたが 案の定ほんとうの時間に2時間遅刻。
それ以降は躊躇なく4時間前を伝えるようになった。

『朝8時に渋谷で』なんていうにわかに信じられない
待ち合わせ時間を伝えている横で
“え、ほんとにきちゃったらどうするんですか…”
同行者がオロオロした目でこちらを見ている。
しかし当日になれば 12:10に走ってやってくる
タカヤナギの姿を見つめながら
“ほんとうだ…”とつぶやくことになるのだ。

そんなタカヤナギも気がつけば2児の母。
お互い忙しく もうしばらく会えていないから
いまの遅刻具合はわからないけれど
こどもが幼稚園に通い始めたら
さすがに時間どうりに連れて行くのだろうか?
お迎えに何時間も遅刻して
『おかあさーん またー?』
なんて こどもに呆れられたりしないだろうか?
タカヤナギ遅刻撲滅元委員長としてはとても心配だ。

 


*タカヤナギのレースの切れたヘンテコスカートの
 半裸のローマ人の腰には飾りヒモ。 頭には花を。

 
 
2012-08-13-MON
 
 
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写真:ホンマタカシ
デザイン:中村至男