- ──
- エッシャーさんは、宇宙の外側に、
つまりは「敷き詰めたその先」に、
何があるのか知りたかった‥‥と。
- 荒木
- ええ。
- ──
- そして、絵で無限を描きたかった。
- 荒木
- そうなんです。
エッシャーに「円の極限Ⅰ」という作品が
あるんですけど、
これなどは、無限性を表現した作品です。
- ──
- これが。へぇー‥‥。
▲《円の極限Ⅰ》 1958年
- 荒木
- どうしたら
無限を描けるだろうと考えたエッシャーは、
ひとつの解答として、
魚型のタイルを、
中心から遠ざかるにつれて細かく、
規則的に歪ませながら、
ギッシリと、敷き詰めたんですよ。
ほら、よーく見ていただくと‥‥。
- ──
- うわー‥‥端のところが超細かい。
▲《円の極限Ⅰ》(部分)1958年
- 荒木
- これ以上、手で描けないほどのサイズまで
魚を描き込んでいるんですけど、
これこそ、
エッシャーのたどり着いた結論のひとつ。
数学的には、その円の輪郭へ向けて、
どの方向にも
タイルを「無限」に描き続けられる絵です。
- ──
- あの‥‥これが無限だということの意味は、
ようするに、どういうことですか。
- 荒木
- 中心の手元のタイルから
タイルが無限に敷き詰められているんですが、
その敷き詰められた空間全体を、
この絵では、見渡すことができているんです。
- ──
- 見渡す‥‥あー、なんとなく。
- 荒木
- 俯瞰してみると、このように、
タイルは円の輪郭に向かって小さくなりますが、
この世界の住人の目で見れば、
すべてのタイルは同じ大きさ、同じ形なんです。
- ──
- この世界に住んでる人の目で見てみたら。
- 荒木
- この絵は、
どっちの方向にも、どこまで行っても
「端」はないこと、
つまり無限の世界であるということを
表現している一方で、
世界全体を俯瞰し見渡せているんです。
- ──
- はい、感覚的には、わかりました。
ともあれ、エッシャーさんが
どうしたら無限を描けるか試行錯誤して、
ついに描けたのが、この絵だと。
- 荒木
- たとえば、「発展Ⅱ」という作品の場合も
無限を表現しようとしていますが、
これ、トカゲが無限にいたとしても、
描ききれてないし、
つまりは、見渡すことができてませんよね。
▲《発展Ⅱ》 1939年 All M.C. Escher works copyright © The M.C. Escher Company B.V. - Baarn-Holland. All rights reserved. www.mcescher.com
- ──
- ええ、端っこが決まってますもんね。
つまり、
これだと中心へ向かう無限のトカゲだけで、
つまり、半分の無限?
- 荒木
- すごいのは、こういう絵って、
現代ではパソコンで簡単に描けますが、
エッシャーの時代は「手」です。
しかも「版画」だから、手で彫ってる。
- ──
- 無限を描きたい一心で。
- 荒木
- そうなんです。
ひたすら頑張ったんです。ど根性です。
- ──
- 狂気すら感じますね‥‥無限に対する。
- 荒木
- 往々にして「やりきりたい」んですよ、
エッシャーという人は。
- ──
- 完結させたい。「無限」なのに。
- 荒木
- だから、この絵なんか中途半端で‥‥。
- ──
- イヤだったんですかね?
- 荒木
- ええ、イヤだったと思うんですよねえ。
エッシャーの気持ちになってみたら。
- ──
- さすが先生、エッシャーさんの気持ち、
手に取るように、おわかりに(笑)。
- 荒木
- わかります。絶対モヤモヤしてたはず。
「いちおう描いたけど、コレじゃない。
別の無限の描き方が、あるはずだ!」
って。
- ──
- でも、自分は、こういう「敷き詰め」
(テセレーション)に、
いま、はじめて接しましたが、
少し難しそうというか‥‥
何か、特殊な能力が必要なんですかね。
- 荒木
- いえ、そんなことないと思いますよ。
タイルを並べるだけですから、
むしろとっつきやすいです。
ワークショップを開催すると、
ハマる子は
2時間も3時間もずーっとやってます。
- ──
- ハマる時点で、素質のある子ですね。
- 荒木
- 答えのある問題を時間内に解かなきゃと
思ってやると、
続かないかもしれませんね。
ハマる子って、タイルを並べながら
自分なりの
コツやルールを見つけていくんです。
- ──
- 勝手に遊び出す、みたいな。
▲《婚姻の絆》1956年 All M.C. Escher works copyright © The M.C. Escher Company B.V. - Baarn-Holland. All rights reserved. www.mcescher.com
- 荒木
- そういう人って、誰が教えなくても、
この世の中に一定数いるんですよね。
- ──
- 荒木先生をはじめとして。
- 荒木
- 実際、ワークショップをやっていても、
われわれの意図とは
ぜんぜん違う組み方をしてる子もいて、
「え、そっちでできるんだっけ?」
みたいに、
ドキドキしながら見てることもあって。
- ──
- じゃあ、「これは、まったく新しい!」
みたいな敷き詰めも、出てきたり?
- 荒木
- 出てきますねえ。
そこが、おもしろいところでして、
数学というものは、
わかってないことだらけなんです。
- ──
- いまだに。
▲《描く手》1948年 All M.C. Escher works copyright © The M.C. Escher Company B.V. - Baarn-Holland. All rights reserved. www.mcescher.com
- 荒木
- 数学をはじめてみるとすぐわかりますが、
とにかく、
これだけわからないことだらけの中で、
われわれ人類は、
毎日がんばって生きてるんだなあ‥‥と。
- ──
- それほどまでに、ですか。
- 荒木
- この「敷き詰め」(テセレーション)に
関しても、
単純だけどわかってないことがあります。
- ──
- それは、何ですか。
- 荒木
- 三角形と四角形は、どんな形であっても、
平面を敷き詰められるんです。
でも、これが「五角形」になると、
たちどころに‥‥
現時点では、
どういう形の五角形なら平面を敷き詰めるか、
今日現在(2018年5月)では、
確定していないんです。
- ──
- ええっと、ようするに‥‥。
- 荒木
- 平面を敷き詰められる五角形の条件‥‥が、
完全にはわかっていないということです。
- ──
- じゃ、まだ誰も見たことない五角形で、
敷き詰められるものがあるかもしれないと。
- 荒木
- そう。だから突然、宇宙人がやってきて、
「コノ、ゴカッケイ、ミタコトアル?」
って言われて、
「え!」みたいなことを、恐れています。
- ──
- 恐れてる?(笑)
- 荒木
- はい、いきなり宇宙人がやってきて、
「オマエラ、
コノゴカッケイ、シラナイダロウ!」
って言われるのが怖くて、
本当に、もう、ドキドキしながら‥‥。
- ──
- 生きてるんですか。
- 荒木
- 生きてる。
- ──
- はー(笑)‥‥たしかに、
先に答えを言われちゃったクイズほど、
悔しいものはないですけど。
そんな五角形、今も見つかるんですか。
- 荒木
- 3年前にも、30年ぶりくらいに、
人類はコンピュータと一緒にがんばって、
新しい五角形を見つけました。
- ──
- おお! 宇宙人じゃなくてよかったです。
- 荒木
- ほんとです。人類は救われました(笑)。