HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN
絵で無限を描く画家。荒木義明先生に訊く、エッシャーのこと。 絵で無限を描く画家。荒木義明先生に訊く、エッシャーのこと。

こんにちは、「ほぼ日」の奥野です。
だまし絵みたいな絵を描く、
エッシャーさんって、ご存知ですよね。
正しくは「版画」なんですが、
登っても登っても登りきらない階段、
永久に流れて落ちる滝‥‥など、
教科書で見たし、有名だと思います。
でも、そんなエッシャーさんが
「無限を描きたかった」ってこと、
ご存知でした、か‥‥?
表現のベースに数学があるってことも。
そのあたりのお話、
いかにもおもしろそうだったので、
エッシャーの生まれ変わりみたいな
数学者の荒木先生に、聞いてきました。

──
エッシャーさんは、宇宙の外側に、
つまりは「敷き詰めたその先」に、
何があるのか知りたかった‥‥と。
荒木
ええ。
──
そして、絵で無限を描きたかった。
荒木
そうなんです。



エッシャーに「円の極限Ⅰ」という作品が
あるんですけど、
これなどは、無限性を表現した作品です。
──
これが。へぇー‥‥。

▲《円の極限Ⅰ》 1958年

荒木
どうしたら
無限を描けるだろうと考えたエッシャーは、
ひとつの解答として、
魚型のタイルを、
中心から遠ざかるにつれて細かく、
規則的に歪ませながら、
ギッシリと、敷き詰めたんですよ。



ほら、よーく見ていただくと‥‥。
──
うわー‥‥端のところが超細かい。

▲《円の極限Ⅰ》(部分)1958年

荒木
これ以上、手で描けないほどのサイズまで
魚を描き込んでいるんですけど、
これこそ、
エッシャーのたどり着いた結論のひとつ。



数学的には、その円の輪郭へ向けて、
どの方向にも
タイルを「無限」に描き続けられる絵です。
──
あの‥‥これが無限だということの意味は、
ようするに、どういうことですか。
荒木
中心の手元のタイルから
タイルが無限に敷き詰められているんですが、
その敷き詰められた空間全体を、
この絵では、見渡すことができているんです。
──
見渡す‥‥あー、なんとなく。
荒木
俯瞰してみると、このように、
タイルは円の輪郭に向かって小さくなりますが、
この世界の住人の目で見れば、
すべてのタイルは同じ大きさ、同じ形なんです。
──
この世界に住んでる人の目で見てみたら。
荒木
この絵は、
どっちの方向にも、どこまで行っても
「端」はないこと、
つまり無限の世界であるということを
表現している一方で、
世界全体を俯瞰し見渡せているんです。
──
はい、感覚的には、わかりました。



ともあれ、エッシャーさんが
どうしたら無限を描けるか試行錯誤して、
ついに描けたのが、この絵だと。
荒木
たとえば、「発展Ⅱ」という作品の場合も
無限を表現しようとしていますが、
これ、トカゲが無限にいたとしても、
描ききれてないし、
つまりは、見渡すことができてませんよね。

▲《発展Ⅱ》 1939年 All M.C. Escher works copyright © The M.C. Escher Company B.V. - Baarn-Holland. All rights reserved. www.mcescher.com

──
ええ、端っこが決まってますもんね。

つまり、
これだと中心へ向かう無限のトカゲだけで、
つまり、半分の無限?
荒木
すごいのは、こういう絵って、
現代ではパソコンで簡単に描けますが、
エッシャーの時代は「手」です。



しかも「版画」だから、手で彫ってる。
──
無限を描きたい一心で。
荒木
そうなんです。
ひたすら頑張ったんです。ど根性です。
──
狂気すら感じますね‥‥無限に対する。
荒木
往々にして「やりきりたい」んですよ、
エッシャーという人は。
──
完結させたい。「無限」なのに。
荒木
だから、この絵なんか中途半端で‥‥。
──
イヤだったんですかね?
荒木
ええ、イヤだったと思うんですよねえ。
エッシャーの気持ちになってみたら。
──
さすが先生、エッシャーさんの気持ち、
手に取るように、おわかりに(笑)。
荒木
わかります。絶対モヤモヤしてたはず。



「いちおう描いたけど、コレじゃない。
 別の無限の描き方が、あるはずだ!」
って。
──
でも、自分は、こういう「敷き詰め」
(テセレーション)に、
いま、はじめて接しましたが、
少し難しそうというか‥‥
何か、特殊な能力が必要なんですかね。
荒木
いえ、そんなことないと思いますよ。



タイルを並べるだけですから、
むしろとっつきやすいです。
ワークショップを開催すると、
ハマる子は
2時間も3時間もずーっとやってます。
──
ハマる時点で、素質のある子ですね。
荒木
答えのある問題を時間内に解かなきゃと
思ってやると、
続かないかもしれませんね。



ハマる子って、タイルを並べながら
自分なりの
コツやルールを見つけていくんです。
──
勝手に遊び出す、みたいな。

▲《婚姻の絆》1956年 All M.C. Escher works copyright © The M.C. Escher Company B.V. - Baarn-Holland. All rights reserved. www.mcescher.com

荒木
そういう人って、誰が教えなくても、
この世の中に一定数いるんですよね。
──
荒木先生をはじめとして。
荒木
実際、ワークショップをやっていても、
われわれの意図とは
ぜんぜん違う組み方をしてる子もいて、
「え、そっちでできるんだっけ?」
みたいに、
ドキドキしながら見てることもあって。
──
じゃあ、「これは、まったく新しい!」
みたいな敷き詰めも、出てきたり?
荒木
出てきますねえ。



そこが、おもしろいところでして、
数学というものは、
わかってないことだらけなんです。
──
いまだに。

▲《描く手》1948年 All M.C. Escher works copyright © The M.C. Escher Company B.V. - Baarn-Holland. All rights reserved. www.mcescher.com

荒木
数学をはじめてみるとすぐわかりますが、
とにかく、
これだけわからないことだらけの中で、
われわれ人類は、
毎日がんばって生きてるんだなあ‥‥と。
──
それほどまでに、ですか。
荒木
この「敷き詰め」(テセレーション)に
関しても、
単純だけどわかってないことがあります。
──
それは、何ですか。
荒木
三角形と四角形は、どんな形であっても、
平面を敷き詰められるんです。



でも、これが「五角形」になると、
たちどころに‥‥
現時点では、
どういう形の五角形なら平面を敷き詰めるか、
今日現在(2018年5月)では、
確定していないんです。
──
ええっと、ようするに‥‥。
荒木
平面を敷き詰められる五角形の条件‥‥が、
完全にはわかっていないということです。
──
じゃ、まだ誰も見たことない五角形で、
敷き詰められるものがあるかもしれないと。
荒木
そう。だから突然、宇宙人がやってきて、
「コノ、ゴカッケイ、ミタコトアル?」
って言われて、
「え!」みたいなことを、恐れています。
──
恐れてる?(笑)
荒木
はい、いきなり宇宙人がやってきて、
「オマエラ、
 コノゴカッケイ、シラナイダロウ!」
って言われるのが怖くて、
本当に、もう、ドキドキしながら‥‥。
──
生きてるんですか。
荒木
生きてる。
──
はー(笑)‥‥たしかに、
先に答えを言われちゃったクイズほど、
悔しいものはないですけど。



そんな五角形、今も見つかるんですか。
荒木
3年前にも、30年ぶりくらいに、
人類はコンピュータと一緒にがんばって、
新しい五角形を見つけました。
──
おお! 宇宙人じゃなくてよかったです。
荒木
ほんとです。人類は救われました(笑)。
(つづきます)
2018-06-13-WED
教科書にも載ってましたし、
誰しも一度は目にしたことがあるだろう
エッシャーの版画。
でも、荒木先生のご専門である
敷き詰め(テレセーション)をはじめ、
これほど多様な作品を残しているとは
知りませんでした。
上野の森美術館で開催中の展覧会では、
「科学」「聖書」「風景」「人物」
「広告」「技法」「反射」「錯視」
という8つの観点から
エッシャーの作品を楽しめるそうです。
個人的には、幅4メートルの超大作
「メタモルフォーゼⅡ」が見てみたい!
以降、大阪・福岡・愛媛にも巡回予定。
詳しくは公式サイトでチェックを。

ミラクル エッシャー展(東京展)

  • 会場上野の森美術館
  • 会期2018年6月6日(水)~7月29日(日)
    ※会期中無休
  • 時間10:00~17:00
    毎週金曜日は20:00まで。
    ※入館は閉館の30分前まで
  • HPhttp://www.escher.jp

背景の絵
《相対性》 1953年 All M.C. Escher works copyright © The M.C. Escher Company B.V. - Baarn-Holland.  All rights reserved. www.mcescher.com