第4回このややこしい世の中で。
- 糸井
- ヨシタケさんの絵は記号的ですよね。
たとえば酒井駒子さんの描く子どもが
下向いてるのを見たら
「何があったの?」って思うけれども。
- ヨシタケ
- 思いますよね。守りたくなりますよね。
- 糸井
- でも、ヨシタケさんが同じシーンを描いたら
「下を向いてる子ども」っていう。
- ヨシタケ
- そうなんです。
たぶん「ちょっと下を向いてるな」という
くらいのことしか伝わらない。
- 糸井
- 「記号化してるんですね」という言われ方は、
ふつうは絵描きさんは嫌だと思うんですけど。
- ヨシタケ
- そうかもしれません。
でもぼくは、いくらでも堂々と
「そうですよ、記号ですとも」
って言えるんです。
- 糸井
- その「記号化が嫌じゃない」考え方って、
文字に近いですよね。
- ヨシタケ
- ぼくにとっての絵って、
ほんとに文字と同じなんですね。
その視点で絵本の世界を眺めると、
「文字の美しさを突き詰める」人もいれば、
「なんとかギリギリ読める、汚い文字をあえて使う」
人もいる。
汚い文字でキレイなことを言われると
おもしろかったり、
キレイな文字で汚いことを言われると
逆におもしろかったりしますから。
ぼくには美しい絵が描けなかったから、
そういう方面でやるしかなかったんですけど。
- 糸井
- 自分自身で「これは絵じゃない」と
腑に落ちてしまえば、
ものすごくいろいろな使い方ができますね。
- ヨシタケ
- そういう感覚はすごくあります。
- 糸井
- 逆に、もし
ヨシタケさんの絵本と同じテーマを、
文章で全部書こうとしたら‥‥。
いや、書こうとすれば書けると思うんですよ。
だけど、こんどはその文章自体に、
絵が持つエモーションのようなものが
必要になってきちゃうから、
それはそれで難しそうですね。
- ヨシタケ
- そうですね。それと、
絵で表現すると、同じことが
シンプルに出せるんです。
というのが、いま、ほんとにややこしい世の中で、
1つのことを言おうとするときに、
たとえば数行の文章だけで書くと
「ヒドいこと言われた」みたいになりがちで。
- 糸井
- そうですね。
- ヨシタケ
- 数行の中に自分が言いたいことは
1個なんだけど、中に誤解を生む表現がある。
そのとき
「これはこういう意味で言ったんじゃないですよ」
という言い訳があとに必要だし、
その言い訳をすることへの言い訳が
さらに必要になることもある。
言いたいことはほんとに一言なんだけれども、
誤解を避けるために、すごく文章を
長くしなければいけない世の中になりましたよね。
- 糸井
- なりました。
- ヨシタケ
- それが、わりと絵だと許容してもらえるという。
文章で同じことを言うと怒られそうなことって
世の中にいっぱいあるんです。
だけど、こういう記号のような絵で
同じことを言ったら、
案外みんなスルーしてくれたりするんです。
- 糸井
- たとえば文字だと
「女の子が通りすぎた、かわいかった」
と言うだけで、
「かわいいってことにどういう価値があるわけ?
ああいやらしい」
みたいになっちゃう。
でも誰が見てもかわいいと思える絵が描いてあって、
そこで「かわいい」って言ったら、
それは大丈夫ですよね。
- ヨシタケ
- そうなんです。
だから、自分の考え方とか、
ちょっとブラックなジョークみたいなものも、
絵はいい感じに限定するし、
ボヤかしてくれるんです。
同じことを言葉で言おうとすると、
言葉の持つ奥行きの深さゆえに、
いくらでも揚げ足がとれるというか、
悪いほうに解釈できちゃう部分があるんですけど。
- 糸井
- ふと思ったんだけど、そのときの絵って
ポピュラーソングに通じる部分もありますね。
ポピュラーソングって
たくさんの人に聴いてほしいわけだから、
回りくどい言い方で
高尚すぎることを言っててもダメなわけです。
だから“お前が好きさ♪”と歌ったりする。
“お前が好きさ”という歌のほうが、
長い説明つきの「これどうですか」より、
ずっと心に響くことがあるわけで。
- ヨシタケ
- ああ、そうですね。
- 糸井
- “お前が好きさ”は、
ある種もう記号化してるけど、
それを新鮮なメロディーに乗せて繰り返したら、
「こんな言葉が気持ちよくなるんだよ」
っていう。
ポピュラーソングの作り方って、
そういうところがたくさんあって。
- ヨシタケ
- 変な言い方ですけど、ポピュラーソングって
「どう悪用するか」のところが
けっこう大事ですよね。
- 糸井
- だから、専門的なことを突き詰めた
「ぼくは芸術としての音楽をやっています」
というような人からしたら、
「何のひねりもない“お前が好きさ”を
繰り返すだけでキャーキャー言われて、
金が儲かるなんて」
という批判もできちゃうんですよ。
- ヨシタケ
- そういう意味ではぼくも、
ちゃんとやってる方に対する
申し訳なさは常にあるんですね。
「お前は楽をしてる」
「記号に頼って分かってもらうのは、
ルール違反なんじゃないか」
って思う方は当然いるでしょうし。
- 糸井
- 「絵本」を狭い意味で考えると
そういうことになるけど、
シンプルに「絵と文字の組み合わせ」と考えたら、
ヨシタケさんのような表現ももちろんありだし、
可能性がいろいろ広がっていきますよね。
- ヨシタケ
- だと思うんです。
そしてぼくの姿勢は
「両方いてもいいんじゃないでしょうか」
という。
- 糸井
- そうですよね。
- ヨシタケ
- そして実際、いまの絵本は
そこが許容されているんです。
ぼくが絵本作家になって
いちばんビックリしたのもそこで、
「絵本って、やっちゃいけないことが
こんなにないんだ!」
という。
お子さんも読むので、
いくつかNGポイントはありますけど、
やっちゃいけないことは、
自分が絵本作家になる前に感じてたことより
遙かに少ないんですよ。
- 糸井
- そうですか。
- ヨシタケ
- たとえば、オチもなければ、
意味も分からないものが
いっぱいあるわけです。
「この話どうやって収めるんだろう?」
と思ってたら
「‥‥あ、終わっちゃったよ、おい」
みたいな。
メッセージもストーリーもないようなものでも
大丈夫だったりする。
それを商品として売っていいということ自体、
まずすごいですよね。
- 糸井
- 「ある感覚を共有しましょう」というだけで、
十分に商品として成り立つんですね。
- ヨシタケ
- それは大人向きの一般書では
なかなかありえないことなんです。
「明日から使える」という帯も
「半年で1億貯まる」って帯も
つかないんですよ。
ある意味、ものすごくわかりにくい。
だけど本屋さんに並んでいいし、
それを子どもとかが何回も読むわけですから。
- 糸井
- はい、はい。
- ヨシタケ
- そして、そんなふうに
何とも言えないものがあるし、
それこそ教育的なものもあるし。
これだけ多様なものを全部
「絵本」って言えちゃう包容力。
- 糸井
- その話を聞いても、やっぱり絵本は、
ポピュラーソングに似てるなあ。
- ヨシタケ
- どなたか忘れちゃいましたけど、
日本のポピュラー歌手の方が
「ポピュラーソングを作るのがいちばん難しい」
とおっしゃっていたんです。
ロックやジャズは、ルールをおさえれば、
まだそれらしいものを作れる。
だけどポピュラーソングは、
何をしてもいいがゆえに、
何をすればウケるのかが全く分からない。
みんなに分からなきゃいけないけれども、
分かるものだけを集めたところで、全然ヒットしない。
- 糸井
- ああ、なるほど。
- ヨシタケ
- でもだからこそ、そこで
「みんなに分かる言葉しか使ってないし、
みんなに分かるメロディーしか使ってないけど、
何かいままで見たことない」
というものを作れたら、
みんなが喜ぶものになるんですけど。
- 糸井
- そして、ヒットしたものを
「こうだからヒットしたんだ」とか
あとから解説はできるけど、
その理論で新しい曲を作れるかというと、
できないんですよね。
- ヨシタケ
- そうなんです。
そしてそれは、たくさんの方が
「いいね」となるものを作る難しさでもあるし、
計算できないからこそ夢があるわけなんですけど。
- 糸井
- だからポピュラーソングの作家たちって、
料理の素材のように、
完全に貸し借りをしてますよね。
つまり「このメロディーしびれるんだよね」
みたいなのを、
「それ、ちょっと貸してよ。こう変えて使うから」
みたいな。
- ヨシタケ
- フリーウェア感覚といいますか。
もちろんその感覚はどの創作ジャンルでも
全部あると思うんですけど。
もちろん絵本にもそういうのはありますね。
- 糸井
- だから、まだそんなには見てないけど、
これからはヨシタケさんのような種族が
「ヨシタケシンスケのあれがいいんだったら、
俺はそれ得意だぞ」
っていう人が出てきますよね。
- ヨシタケ
- そうなんです。
だからそこはもう、怖くてしょうがないんですよ。
もしできるなら、いまのうちに見つけて、
そういう芽を摘めないものかと(笑)。
(つづきます)
2018.08.05 SUN