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志村宏さん 山から、野から、畑から色を。

今回から3回にわけて、
atelier shimuraで染めを担当している
志村宏(ひろ)さんに伺った話をお届けします。
昌司さんの9つちがいの弟である宏さんは
30代に入ってから、野菜づくりの世界から、
この「染め」の仕事に入りました。
そこにいたる経緯は? 染めの難しさとは?
とくに今回のストールを染めるための試行錯誤は、
私たちの想像を超えるたいへんさがあったようです。
そして藍づくりの現場も見せていただきながら
植物染料による染めの世界の深さを
体感していただけたらと思います。

志村宏さん3

「藍さん」と生きる。

これが藍甕です。
この「みどり工房」をつくるときに
山口と広島からもらってきました。
3年目になります。
人が入るほど深い甕です。
おそらく藍甕として作られたものじゃなくて、
農作業のための水甕だったんじゃないかな。

▲宏さんにお話しを伺いながら見せていただきました。

ここの藍は、結構苦労してここまで来ているんです。
そもそも甕が藍甕用じゃなかったので、
そこに藍を建ててもすぐに死んじゃうんです。
何回か失敗をして、死にそうな藍を
ずっと藍建てをしてきた工房の藍甕に入れて。
そこには藍の菌といいますか、
力がこびりついていて、
それが助けになってまた復活した藍を
ここに戻したりとか。
あるいは藍じたいの交換をしたり、
そのやりとりがあって、
やっとここまで自然と建つようになりました。

藍甕の藍は温度管理が重要なんです。
醗酵物なので、25度前後がいい。
あんまり高くなると死んでしまうんですが、
寒すぎてもいけないので、
この下に電熱が入っていて、
冬場はそれをつけています。
昔は練炭だったんですが、電気にしたのでとても楽です。

都機(つき)工房(志村ふくみさんと
洋子さんの作家工房)の藍甕は土中に埋めていますが、
こちらは少し浮かせています。
腰の負担も大きいので、
染めやすいようにとの配慮です。

▲都機工房の藍甕。腰をかがめて染めています。こちらは兄の昌司さん。

▲こちらはアルスシムラの藍甕。立った姿勢で作業できるので、ずいぶんと腰の負担は減ります。

蓋を開けてみましょう。これが藍の入った状態です。
まんなかに浮いているのが
「藍の花」と言われるものです。
藍は、生の葉を乾燥させ、水をかけて、
2ヶ月から2ヶ月半醗酵させ、
「すくも(蒅)」という染料をつくるところから始めます。
醗酵させると、こういう、土の塊のようになるんです。
醗酵過程ではアンモニア臭がしますが、
こうなると土っぽい匂いになります。
これ、食べても毒はないんですよ。
藍はお茶にするくらいですから。
▲こんなふうに藍の花ができると、染色できるようになった合図。
藍は、種を蒔いて、育てて、刈り取って使います。
ここまでくるのにだいたい10ヶ月くらいです。
子どもを産むぐらいの期間がかかるんですよね。
藍は種類がいっぱいあって、
今育てているのは蓼藍という、
中国から渡ってきた、大陸の藍です。
もともと日本にあるのは山藍という品種で、
蓼藍は葉っぱから、山藍は根っこから色をとります。
さらに琉球藍っていう沖縄のもの、
インド藍、木藍って言われる、また違う藍もあります。
それは草ではなく“木の藍”なんです。
南方の藍は、より黒く染めるのに向いています。

すくもはもともと「藍師さん」というのがおられて、
つくっておられるんですね。
今でも岡山や徳島のほう、
ちょっと暖かい地域が、藍の生育にいいんです。
昨年まではそういう「藍師さん」から
すくもを仕入れていたんですが、
今年は自分でつくりました。
はじめてのチャレンジでした。
▲畑で育てた藍をみどり工房の軒先で乾燥させているところ。
すくもづくりは独学です。
作業工程はマニュアルにはならないんですよ。
実際に触ってみて、はじめて
「あ、ここが熱あがってきたな」とか
「ここはあんまり醗酵できてへんな」
っていうことが分かるんです。
匂いとか。そういうのって、
やっぱり体験でしか分からないんですね。

藍師さんのやり方は、
やはりその風土に合ったものですから、
他所の土地でそのまま使えるわけではないんですよ。
習ってそのとおりにやっても、うまく育ちません。
これは農作物全般、なんでもそうです。
その土地のやり方がありますし、
土、空気、雨、特に温度ですね、
ぜんぜん違いますから、
そこは独学のほうがいいんです。
いきなり挑戦できますから。

藍で糸を染めてみましょうか。
まずこうしてかきまぜて‥‥、
あんまりバチャバチャ混ぜると、
下に溜まっている「すくも」が舞い上がり、
それが糸に絡みつくと大変なことになるので、
ゆっくりやります。


この甕のなかで、
‥‥ちょっとうまく説明できないんですけど、
染まる階層みたいなのがあるんです。
それはいちばん上ではなく、そのすこし下です。
こうして手首ぐらいまで入れた先。
そこらへんが染まるポイントです。
藍分(らんぶん)ってぼくらは言うんですが、
染まる成分の多い部分ですね。
こういうことも経験的にしかわからないことです。

▲藍甕のなかに静かに手を入れます。

▲徐々に藍が入り、色が糸に乗り移っていきます。

こうして何度も、糸の綛(かせ)を浸けては手繰り、
浸けては手繰りを繰り返します。
そして持ち上げて絞ります。
一瞬だけ、藍をたっぷりふくんだ綛が
緑色に輝きます。
空気に当てるとすぐ青くなります。
こういう色の微妙な変化は
なかなか写真に写りづらいかもしれません。
これを繰り返して、色を濃くしていきます。

▲一瞬、まるで孔雀の羽根のような、緑がかった色に輝きました。
そしてみるみる色が落ち着き、濃くなっていきます。

ああ、すごく元気です。藍が。
藍建て(染めるための藍をつくること)をして、
お世話をして、毎回染めさせてもらっていくと、
さっきも言ったように10ヶ月ぐらいかかって
ここまできてるんですが、
最初はやっぱり生まれたての感じがします。
それが、だんだん、きょうのように
子どもが成長するような感覚で元気になって、
やがて大人になっていきます。
段階ごとに色が違いますし、
液の感じも全然違います。

そしてある一定のところまでくると、
今度は自分の年を
追い抜かれた感じがします。
「あ、抜かれた」
これは感覚でわかります。
だから最初は「よしよし」としていたのが
藍さんから教えられるような気持ちになります。
「こうだよ」みたいなことを言ってきて、
だんだんそれがおじいちゃんとかおばあちゃんとか、
年を取ってくるのが分かります。
やがて──、最後、
死ぬ瞬間のところまで分かります。

死ぬ瞬間というのは、色が出なくなるんです。
青じゃなくなる。グレーになるんです。
そして、死ぬ前の染まる力と、
死ぬこととはまた別なんですよね。
死ぬ間際に取れる色を
「甕のぞき」と言って、
すごく淡い青空の、
雲間に見える青空のような、一瞬の色です。
その瞬間は、藍の生きるあいだ、1日もありません。

そこで染められるかどうか。
うまくそのタイミングがあっても、
1綛(かせ)しか染められません。
それ以上は、色が付かないんですね。
1年に1回‥‥、も、まず、ないですね。
藍さん自体がだいたい2ヶ月ぐらいで死んじゃうんです。
最初の10ヶ月で藍建てして、ふた月染めたら、
ちょうど1年。藍の一生は、そのくらいです。
藍に媒染は使いません。
この手の藍の色がなかなか落ちないように、
とても染めが強いんです。
そもそも藍の水分は灰汁ですから、
染めながら一気に媒染ができているような状態ですね。

光の下で見てみると、ほら、また違う色ですよね。
とてもいい色です。
白い糸からここまでくるのって、
藍の中でも結構珍しいです。
よっぽど今、うまく育ってるんだと思います。
みなさんを歓迎しているのかもしれません。

▲綿が入っていると、やさしく深みのある藍色に染まる。

藍と綿は、とても相性がいいですね。
絹だけやと、ここまで1回では染まりません。
ストールの糸は絹と綿の混紡ですから、
藍にはとても向いていると思います。

▲最後は竹を使って、かき混ぜて終了。

染め終わったら、混ぜてかき回してあげて、
下の「すくも」を全体に回るようにします。
最初はゆっくり回して、
十分混ざったなと思ったら、
あんまり空気が入らないようにして、
だんだん遠心力で、早く、早く、早く‥‥。
そうすると、藍の花がだんだんできます。
こうして、蓋をして、また休んでいてもらうわけです。

▲藍甕のある工房にまつられていた神棚。雛形の神様は、裾のほうが染まっているのは、年の始めに建てた「一番藍」を浸すからだそう。毎日、拝んでいる。

(宏さん、ありがとうございました。
次回からは、atelier shimuraの
5人のつくり手のみなさんに
お話を聞いていきます。どうぞおたのしみに!)

2016-10-26-WED

Photo: Hiroyuki Oe, Chihaya Kaminokawa