志村宏さん2
染めるということ。
- 3年くらい前のことです、
ずっと絹を染めてきたなか、
綿の混紡のストールをつくろうということになり、
綿と絹の混紡の糸を染める実験を始めました。
しかも、従来のシムラの染め方ではなく、
このストール用に染めるやり方を考えることにしたんです。

- シムラの場合は、色を揃えるだとか、
「この色が欲しいからこうする」
っていうことがないんですね。
結果は「植物から頂いたもの」ですから、
ずれて当たり前なんです。
ところが、結果をある程度揃えたいっていうのが、
こういったストールの商品としての性質ですよね。
そこがやっぱりいちばん苦労した部分です。
今までの染め方だとどうしても「ずれて」くるんですよ。
なので、ちょっと面倒くさいやり方というか、
一度作ったものを、分量にしろ媒染剤の量にしろ、
全てを統一しました。
染め方も、一気にその液を使うんじゃなくて、
自分の持てる糸の数に合わせて水を小分けにして染めます。
そして、違う液で、新しい糸を染める。
そういうやり方じゃないと、
ずれてくるんです、どうしても。
つまり、糸と液は「初めて接触させる」。
1人が3綛(かせ)しか持てないので、
合計30綛つくるためには、
10回に分けないといけません。
もちろん同じ作業でも、6綛持てる人、
5綛の人、バラつきが出ます。
そうすると色がバラバラになっちゃう。
そこで綛の数を決めたんですが、
その作業工程って、ふだんと比べて、
すごく遠回りなんですね。
今までだったら持てるだけいっぱい持って、
いっぱいの色から染め始め、
少しずつ色が淡くなっていくので
それでグラデーションを作ったり、
そういうことをしてるんです。
でも全てを統一させるっていうことは、
そういう分量を敢えて量るっていう、
従来のシムラのやり方とはやっぱりかけ離れたやり方を
とらなければなりませんでした。

▲いろいろ試行錯誤して、ほんとうにたくさんの糸を染め上げ、こうしてストールができあがりました。
それがいかに大変なことなのかを私達が知ったのは、こうして取材をさせていただいてからの事。
- 教科書がない、レシピもないと言っているのに、
逆にマニュアル化してしまう行動をとらなければならず、
ちょっと精神的にもおそらくみんな
「習ってたんと違うな」っていうふうに
思ってたんじゃないかなと思います。
「染め終わり」は、ふだんの染めにおいては
自分の感性で「この色だ」というところで止めますし、
植物から「頂いた」色を使うわけですが、
ストールの場合は、理想とする色がありますから、
そのイメージをもって炊き、
その域に達しているなと思えば終わりにします。
ふだんは、「今日は10綛染めて欲しい」って言われれば、
強いのと弱いのと中間と、4、3、3というふうに
振っておいて、強いの染めて真ん中染めて、
最後に弱いのを染めるとか、そういうふうに
3パターンぐらいに絞ります。
「グラデーションを持たせてくれ」っていう場合は、
10パターンぐらい幅を持たせてつくることもできます。
それは作家ものと工房ものでも違いますし、いろいろです。

▲最初のものは濃く染まって、何度もそめているうちに徐々にうすくなっていきます。それが自然なグラデーションに。
- 3年前から1年ほどかけて
ストールの糸の染め方を確立したわけですが、
いざ本格的に染めはじめると、
それでもばらつきは出ました。
とくに日にちがずれると、
どうしてもずれちゃうんですよね。
出来上がりの液がその日によって違うので。
では、せめてその日に染めたものだけでも
揃えようということになりました。
いろいろ苦労もありましたよ。
「苦労しか、しなかった」と、
よく冗談で言ってるんですが、
ここまで来るのは試行錯誤の連続でした。
たとえば、夜叉五倍子(やしゃぶし)を扱うのは
初めてのことでした。
今までは百日紅(さるすべり)で
こういう色に近いものを作っていたんですけど。
夜叉五倍子で染めて鉄で媒染するのが、
いちばん苦労したかもしれません。

▲夜叉五倍子を鉄媒染しているところ。
グレーの色があらわれました。
グレーの色があらわれました。
- というのは、鉄媒染は「流し水」っていうのを
最後に必ずするんです。
鉄っていうのは非常に強い存在なので、
そのままいつも通りに洗って干したりすると、
その鉄が物干しに付いたり、
他に影響する可能性が強いんです。
ですから水洗いのあと、しばらく水に浸けて、
チョロチョロ水を流します。
それが、夜叉五倍子の鉄媒染だけは、
ふつうの10倍くらい流し水を使うんですよ。

▲こんなふうに、水をためたところに媒染した糸を入れて、流し水をします。
- なぜなら、夜叉五倍子の鉄が流れたとき、
ムラになりやすいことが分かったんです。
全体的に流れてくれたら、
色が揃ってくれていいんですけど、
1箇所だけ非常に落ちて、
1箇所鉄が残るというような、
すごいまばらになってしまって。
10綛まとめてバケツに入れて、
水を流しながら、1綛ずつ減らしてみたり、
水圧をシャワーのようなものに変えながら
どうやったら1番落ちるかなと実験を繰り返しました。
最初、30綛作るのに、3日ぐらいは夜中に起きては
どうなってるかっていうのを見ながらやって、
やっと行き着けたやり方で、できるようになったんです。
ちなみに、なぜ百日紅を使わなかったかというと、
そもそも「黒」は植物からとれない色なんですよ。
で、近いものをとるのに百日紅を使っていたんです。
でも兄(昌司さん)には、
なんとか黒も植物から欲しいという願いが
今もあるんです。
そんなとき、ある染色家さんの展覧会に行き、
本当に黒に近い色のものが
夜叉五倍子でできていたのを見つけたんですね。
それで「夜叉五倍子を試してほしい」と言われ、
始めることになったんです。
いまは黒に近い色が夜叉五倍子で染まるようになって、
これから特にアトリエのほうでは
黒も植物染料で使ったようなものを
やろうかと考えています。
そして黒を出すときに、暗い色を出す媒染は鉄です。
けれどもその鉄は糸にダメージを与えるんですね。
しなやかな糸が、鉄を使いすぎると、
ももけて、もちゃもちゃしてくるんです。
絡まりやすく、切れやすくなる原因の元になる。
だからシムラでは鉄媒染は、非常に注意深く使います。
具体的には木酢酸鉄といい、畑でも虫よけに使いますね。
もともとは炭を水に浸けたり、蒸気をあてて、
滴り落とす液なんですけれど。

▲玉ねぎを鉄媒染しているところ。明礬(みょうばん)や石灰で媒染するよりもぐっと深みが増し、カーキのような色に染まります。
- そもそも「まだらになってはいけないのか?」
ということもありますよね。
ぼくも「好きなまだら」というのがあるんですが、
好きなほうとそうじゃないほうの差が激しかったんです。
先ほどの「流し水」、鉄媒染は強めにかけるんですが、
綿っていうものが染まりにくい、
発色しにくいという性質があるので、
強めの媒染剤にしたところ、
こんどはくすんで見えたんです。
なのでその按配をかえて
「キレイにとれたな。
これは植物の由来の色が色濃く出て、
なおかつ鉄の重みがついたな」
っていう色にそろえることを考えました。
「こうなるならば、これを目標にしたい」と。
色がうまく出ない原因は、糸にもありました。
「ヒビロ」という、綛を束ねる糸がありますよね。
それがキツすぎて、糸をぎゅってしてるもんだから、
そこだけ鉄が落ちなかったりとか。
だから大もとに連絡して「ヒビロをゆるくしてくれ」とか、
そこにも試行錯誤があって、
やっとこの色に落ち着いたんです。

▲細かいようなことですら、問題が山積みでした。
- 以前「ほぼ日」さんから
「織ったあとに染めてみては?」
という提案をいただいたことがありました。
それもやってみたんですが、
真っ先に思ったのは、生地をずっと付きっきりで
染めることは体力的にキツイということです。
生地の場合は浸け置きっていう方法がありますが、
それにしても付きっきりでやるかって言われると、
それは厳しかったんですね。
ちなみに染めたときにできる染めムラは、
人によってはNGだと思います。
ぼくはムラ自体が悪いわけではないと思っていますが、
キレイに染まったものと見比べたとき、
気持ちとしては「どうかな?」と思います。
うまく染められるなら染めてあげたいなと。
生地もそういうほうが嬉しいような気がします。
その前のワタの状態で染めると、
ムラになってもそこから紡績されますから、
全体的に収まるんですが、
やってみると、これはものすごく重い。
ワタの状態で染めて持ち上げるのは、
続けるのにはとてもつらい作業なんですよ。
そういうわけで「糸を染める」ことは
変えずにやっています。

▲同じストールでも、1枚、2枚、4枚と、重ね方で色の雰囲気がかわります。
- このストール、1枚がすごく薄いじゃないですか。
「かさね」っていう色の見方があって、
1枚ものと薄いのが重なると色目が変わりますよね。
昔から日本には「桜がさね」とか、
そういう言葉があるぐらい。
ですから、同じ系統のもの、
特に、1つの染料で媒染違いの色は絶対に合います。
2枚を重ねてもいいと思います。
とくにグレー系は
組み合わせる色をえらばない。
全部合わせられると思います。

▲atelier shimuraのお二人がストールを巻いてみてくださいました。
こんなふうにラフに巻いてもすてきです。
(つづきます)
2016-10-25-TUE