DOCTOR
Medic須田の
「できるかぎり答える
医事相談室」

「ガンが治療可能になるのはいつ? その 5」

(編集部註)
今回は、回答その5です。
念のためにここに質問を記しておきます。
その1その2その3 その4 、を読んでいない方は、
そちらを先に読むといいですよ。

Q、ガンが治療可能になる時代が、
いずれくると言われていますが、
それは、いつ頃のことでしょうか?
また、どういった治療法が
もっとも可能性が高いのですか?
(親戚がみんなガンで死んでいる中年男より)

みなさん、こんにちは
Medic須田です。
これを書いているのは5月5日で、
GWの最後の日なのですが、
今日はこれから何年ぶりかで合コンに行きます。

♪合〜コン〜それは華〜♪
♪合〜コン〜それは夢〜♪
♪合〜コン〜それは愛〜♪

と、宝塚のトップスター汐風幸が
舞台「NOVA BOSA NOVA」で高らかに歌っているのを
思い出せばお分かりになるでしょうが、
世の中に合コンほど素晴らしいものがあるでしょうか。

かの有名なユダヤ教の生活規範集である
『タルムード』にも、「子どもには、ヤハウェを
恐れること、合コンの楽しきことを教えよ」
といみじくも書かれていたことから、
古代ユダヤの民も、その素晴らしさを
称揚していたことを思い知ることができるでしょう……。

すみません、「合コンに行く」というところ以外、
全部ウソです(笑)。

連休が終わる寂しさで、
ちょっと壊れかかっていただけですから
深い意味などありません。
笑って読み流して下さい。


さて、気を取り直して、
「ガンの治療」について書くとしましょう。
このシリーズの最後を飾るのは、
「まだ一般的な治療とは言えないが、
将来的に見込みがあるかもしれない治療法について」
です。

「プロポリスでガンが消えた」、
「驚異の抗酸化物質○○」、「気功法」、
「想念の歪みがガンを起こす」云々……と、
驚くほどたくさんのキャッチフレーズが
飛び交っていることから分かるように、
巷にもガンの治療法(らしきもの)は山ほどあるのですが、
とりあえず、そういう民間療法的なものは
置いておくことにして、今回は「免疫療法」と
「遺伝子治療」の二つにターゲットを絞ることにします。


1)免疫療法

実は、健康な体の中には、
一定の割合で変異を起こす細胞があり、
その一部がガン細胞である可能性は極めて高いのです。
それなのに、なぜ多くの人がガンを発病しないかというと、
そういう異常な細胞を発見して退治してくれる細胞たちが
体の中を巡っているからです。
この細胞たちを総称して免疫系の細胞と言います。
(実は 免疫系のはたらきについては
「お医者さんは風邪をひかないのですか?」のところで
説明したので、そちらを参考にしていただけると
ありがたく思います)

「じゃあ、ガンにかかったら、
その細胞たちを元気づけてやればええんと違う?」

と考えたアナタ、素晴らしい、満点の解答です。
僕が小学校の先生なら
花マル5個くらい差し上げたいところです。
実はその発想が免疫療法の原理となっているのです。

さて、実際にどんな治療が免疫療法として
行なわれているかを書いていきます。
免疫療法として最も有名なのは「丸山ワクチン」でしょう。
ただ、残念なことに、丸山ワクチンの効果が
まともな臨床研究で確かめられた例はありません。
他に、サルノコシカケから作られた
クレスチンも有名ですが、
現在、これを使っている医者がいたとしたら
「ヤブだね、あんた」と断定してくれても構いません。

「じゃあ、実際に現場で使われ、
ある程度の効果を上げているものはあるのか」
ということになると、
実はそのうちほとんど唯一と言っていいのが
「膀胱癌に対するBCG治療」なのです。

「BCGって、小学生の時に学校で
みんなに注射してたあの“BCG”?」
そう、正解です。

ご存じのとおり、BCGは結核予防のために使われますが、
これを膀胱内に注入すると、免疫系が活性化されて、
ガン細胞をやっつけてくれるというわけです。
ただし、これだけで100%根治可能というわけではなく、
治療の選択枝の一つであったり、
補助療法という位置づけのようです。
また、「免疫療法」という名前から、
副作用がなさそうな印象を受けるかもしれませんが、
免疫系を元気にさせるというのは、
「炎症を無理矢理引き起こす」こととほぼイコールなので、
血尿や発熱などの副作用も当然あります。

それ以外に行なわれている免疫療法は、
まだ研究段階のもので、実際の臨床現場で
広く行なわれているものはまだありませんし、
多くのガンで一般的に使われるようになるためには、
10年、20年という時間が必要でしょう。

ただ、
ガンに対する免疫のはたらきを研究することによって、
ガン治療のことだけに限らず、副次的に色々な事実が
分かってきていることは確かですから、
この分野での研究は色々な意味で期待できると思います。


2)遺伝子治療

「お、なんか聞いたことあるぞ。東大でやったアレだろ」
と気づいたアナタは、かなりの事情通です。
去年の11月に日本初のガンに対する遺伝子治療が
行なわれたのが各種マスコミでけっこう大きく
取り上げられたのをきっとご存じだったのでしょう。
ちなみに、東大で行なわれたのは、
末期の腎細胞癌患者に対するものでした。
(実際にどのような原理に基づいて、
どのような治療をしたかについては、
長くなるので省略いたします)

ところで、現在、日本でもあちこちの大学や癌研で
遺伝子治療を申請しており、僕が知っている限りでは、
岡山大学で肺癌の遺伝子治療が承認されています。
僕の勉強している大学の脳神経外科でも、
脳腫瘍に対する遺伝子治療の申請をしたという話です。

さて、実際にそのような治療が
行なわれようとしていることは確かなのですが、
今のところ、これらの治療で「治る可能性が高い」
と言えるものは僕が知る限り、未だ皆無です。

もちろん、日本より数年早く治療が開始された欧米でも
事情は同じようです。
今のところ遺伝子治療の効果は
「いくつかの治療法でガンが●●%縮小した」
という程度のもので、
「プラセボ群と比較して5年生存率が●●%延びた」
というレベルの話ではないようです。
(プラセボとは「ニセ薬」のことと考えて下さい。)

これも仕方のない話で、
現在、遺伝子治療の適用されるのは多くが
末期のガンの患者さんであり、高度な技術が
必要な治療でもあるため、なかなか症例数を
稼ぐことができないという事情があるようです。

ここまで書いてきておおよそ見当がついたでしょうが、
とびっきりの最先端治療である遺伝子治療は
まだ産声を上げたばかりなのです。
仮に今行なわれているガンの遺伝子治療で、
効果のあるものが出現するとしても、
少なくともあと数年の臨床研究が必要でしょう。
まして、プラセボとの比較を行なって
大規模な臨床研究をした上で、
それがメジャーな治療法になるには、
10年単位の年月が必要でしょう。

したがって、これを読んでいる多くの人たちが、
将来ガンにかかったときに「手術」「化学療法」「放射線」
などと同等の選択枝の一つとして遺伝子治療を
選ぶことができる可能性は低いように思います。
もちろん、僕らの子ども・孫の世代のことは
分かりませんが……。


さて、ここまで、ガンの治療法を
色々と紹介してきましたが、
このシリーズの一番最初のところで、
「親戚がみんなガンで死んでいる中年男」さんが
送ってくれた
「ガンが治療可能になる時代が来るでしょうか」
という質問に対して、

“これに対する端的な答は「Yesであり、Noでもある」”
と書きましたが、
その意味がお分かり戴けましたでしょうか。

何しろ、現に、治療効果の上がっているガンは
あるのですし、それを「治療可能」というなら
答は明らかに「Yes」です。
「“ガン一般”が治療可能になる時代が来るか」
という意味の質問ととると、
「今か20〜30年の間には、おそらくNo」
と答えることになるわけです
(100年単位なら話は別ですが、そこまで先のことを
「予測」と言うにはちょっと躊躇しますよね)。

これでこのシリーズのまとめとしたいと思います。
相変わらず歯切れの悪いまとめではありますが、
どうかお許し下さい。


最後に、もっとガン治療のことについて詳しく
知りたい方のために、本を1冊紹介しておきましょう。
『患者のためのがん治療事情』
(川端英孝 上野貴史 三省堂)
東大出身の若手の外科の先生2人が、
一般向けに書いた意欲作です。
2年前に書かれたものなので、ここ2年の最新情報を
求める方には物足りないかもしれませんが、
ガン治療に対する基本的な考え方が分かるという点では、
一般向けとしては充分すぎる本です。

あと、役に立ちそうなページを一つ紹介しましょう。
「第一線の医師が答えるがん」
http://www.nikkan.co.jp/Welcome.html
「日刊工業新聞オンライン」に
週一回連載されているページです。
ガン治療に関わっているお医者さんたちが、
週に一回質問に答えています。
EBM(根拠に基づいた医療)を念頭に置き、
回答した情報がどの程度の信頼度のものなのかを
きちんと記しているところにとても好感が持てます。


さて、書き終えたところで、合コンに行って来ます。
にやけた顔をして待ち合わせ場所にいる僕を見つけても、
「これから合コンですか、須田さん。頑張って下さいね」
なんて、声を掛けることは、
まかり間違ってもしないでね(笑)

1999-05-09-SUN


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