Lesson935
正直と、自然体と。
2019-08-21
ああ、失敗した! 失敗してしまった。
このお盆、里帰りはいつになくうまく行っていた。
高齢の母に久々に会うのだからと、
帰る前、美容院にいって髪も小綺麗にカットした。
事前に宅配で送っておいた御土産も大好評だった。
帰省中は、ささやかだけどはっきり親孝行もでき、
あと少し、もうあとほんの1時間足らずで、
実家を立つという時になって、
母と大ゲンカしてしまった。
母にキツイことを言ってしまった罪悪感と、
せっかく楽しいお盆にしようと頑張ってきたことが
台無しになってしまった悲しみと、
故郷をあとに、列車の中で、
自己嫌悪と後悔にさいなまれた。
「どうしてこうなったのか?」
考え続けて出てきた答えは、
「たまに里帰りし、隙あらば親孝行したい子と、
高齢で何もしてやれないのが不甲斐なく、
隙あらば全力で子の役に立とうとする親と、
おたがいに力みすぎた」だった。
きっかけは極ちいさくつまらないことだ。
立つ前、テレビに映った女性を見て、
母は私に、「あんなふうに髪を切れば」と言った。
私は、「あんなふうにすると老けて見えるから」と
却下した。
しかし、母はなぜか引かない。
「あんなふうにすれば」と、何度も、何度も言ってくる。
何度も何度も言われているうちに、
悲しくなってきた。
母に会うからと、私は、わざわざ銀座の美容院
まで行って奮発してカットしてもらっていたのだ。
田舎の親戚に会っても恥ずかしくない身なりで
いなければと、母が私のせいで恥をかかないようにと、
これでも気を使って帰省したのだ。
だんだん、私の感性や見た目まで
否定されているようで腹が立ってきた。
それにしても、母は、いつもは私の服や髪を
とやかくいう人ではない。なのに、
「母は、なぜあんなにしつこく言い続けたのだろうか?」
ああ! と思いあたることがあった。
帰省した最初の晩、母が、
「年をとってしもうて、
どんな髪型も似合わんようになってしもうた。
どうすりゃあええ? どうでもええわ。」
と私に、ちょっと自虐的な愚痴を言ってきた。
「そのままでいいよ、きれいよ。」
と答えようものなら、えんえんこの話は終わらない。
経験上、わかる。
母は、「いやそんなことはない、似合わなくなった」
と言い続ける。
母は悩みを打ち消され、わかってもらえないと
感じるからだ。
私が受け入れるまで、えんえんと言い続けるだろう。
かといって、
「ああしろ、こうしろ」と言ったら、それは、
「変われ」と言っているのも同じ。
いまのありのままの母の姿をよしとしないことになる。
傷つけてしまう可能性がある。
母のこの手の愚痴にどうしたものか、いつも迷う。
で、今年は、
「私も、いい年になってきて、
これまでやってきた髪形が似合わなくなったんよ。
私も、年とって、似合う髪型がなくて、
私もどうしようか悩んでいるの。」
と言ってみた。
嘘ではない、と自分で自分に言い聞かせた。
正確には、そんなふうに悩んでいたのは
10年以上も前のことだ。
それを、いま悩んでいるかのように言ってしまった。
厳密に言えばウソだ。
しかし、母は、
「ああ、あんたも悩んどるん?」
と言ったきり、ピタッと愚痴るのをやめた。
そんなことはいままでなかった。初めてだ!
しかし、なぜ正直に、
「10年以上も前に私も悩んでいたんだ」と
言わなかったのか、私。
「なぜ、そこで、ちいさく嘘をついた?」
考えたら、里帰りの間中ずーっと、
母を喜ばせたいと、
ちょっとでも隙があれば親孝行をしようと、
一瞬でも悲しい想いをさせまいと、
はりつめて必死な私がいた。
故郷を遠く離れているという負い目もある、
愛情もある。だからここぞとばかり親孝行をと、
力んでしまっていた。
それは「母も同じ」だった。
私が年代にふさわしい髪型で悩んでいる、
と思いこんだ母は、「娘の役に立てる機会がきた!」と
思ったのだろう。
だからなんかもう必死に、私に合うだろう髪型を、
全力ですすめてきたのだろう。
ぜんぜんオーバーではない。
85歳になった母は、驚くほどできることが少なくなった。
その限られたチカラを、精一杯、
子や孫、ひ孫に向けていた。その想いがひしひしと
伝わってくる。
「何もしてやれない」と思うのが母にとっては一番辛く、
母が髪型をすすめて、
私が、「あ、それいい! さすがお母さん、ありがとう!」
と言うのが、母にとっての最高のシナリオだったのだろう。
母はその瞬間をもとめて、
最初の晩から、ずーっと、私の髪型を気にし続けて
くれていたのだろう。
母も必死なら、子も必死。
私は、母には何でも最高を一瞬一瞬届けようと、
欲張り、りきんでしまっていた。
「10年も前に髪型で悩んでいた」と
ただ正直に言えばいいだけだったのに。
それが等身大の私なのに。
もっとスペシャルに共感しなくちゃ、
もっと全力で寄り添わなくちゃ、とりきんで、
いま悩んでないのに、いま悩んでるとすりかえた。
「りきんだらダメだ。」
りきんだから、自分の表現は出来ない。
私がいつも表現教育で言ってることではないか。
人は、正直な想いを表現できているとき歓びを感じ、
偽れば、微量でも疲れる。ストレスが溜まる。
たまの里帰りで、
自分以上に良い人間にふるまおうとして、
無自覚にりきんでしまっていた。
りきめば不自然になり、不自然は偽りに通じ、
微量でも偽れば、積もり積もって互いに疲れる。
「実家でこそ平常心、自然体、正直でいること大切。」
Twitterでそんなようなことをつぶやいたら、
「ひさびさに実家に戻ったわが子が、
自然体でいてくれたら、何より親は嬉しいのではないか」
とコメントをくださった方がいた。
ちょっと泣きそうになった。
子が気を遣えば親も使う。
こんどこそ、自然体のいつもどおりの私を
実家で生きようと思う。
お盆に届いた、このおたよりを紹介して
きょうは終わろう。
<解けたわだかまり>
私は最近、山田さんの本
「おとなの進路教室。」や「おとなの小論文教室。」
を読み、自分の過去と照らし合わせるうちに、
親との間にあった蟠り(わだかまり)を解く
糸口を見つけました。
私は、やりたかったことが出来ない後悔を、
大学時代からずっと引きずっていました。
理由は親に賛成されず、自分も努力を怠ったからです。
しかし、山田さんの本を読み、
「なぜこんなにも自分の過去に執着しているんだろう?」
と思った時、納得する決断を
親と話し合うことができなかったからだ
とわかりました。
大学1年生の時、東日本大震災が発生し、
被災地であった私の故郷は
大きく津波の被害を受けました。
私の親は海産業を営んでおり、
震災のダメージと風評被害で家業は廃業寸前でした。
一方、東京で大学生の私は、
状況を表面上で理解しつつも
自分のやりたいこと探しで精一杯でした。
やりたいことをやっと見つけた私は、
親に何度も説得にかかりますが、
親は、すべて却下。こちらの状況はわかってるのか、と。
この後、「自分は何をやりたいのか」がわからず、
卒業後は何度か転職を繰り返しました。
もし、私が家族の状況を理解し、
それを踏まえてやりたい気持ちを伝えていたら
状況は異なったのではないか、
たとえ話し合った末にその時に「やらない」という決断でも
納得していたのではないか、と思います。
この経験を踏まえ、
家族でもっと話がしたいと思うようになり、
伝えようという動機に繋がりました。
お盆休みに帰省し、母親に上記について打ち明けました。
すると、母もある「告白」を私にしてくれました。
それは、母にとって辛いトラウマだったのですが、
いつかは子供たちに打ち明けなければと
思っていたそうです。
自分と同じような苦しみを味わってほしくない
という一心で子供たちを育ててくれたという
思いが伝わりました。
そして、なぜ私をこのように育てたかが
はっきりとわかりました。
年中無休で働き、厳しい父と気の強い祖母に耐え、
自己主張をしない母を、
どこかで私は、こうはなりたくないと思っていました。
しかし、母の告白を聞いて、
28年生きていても、親の苦労を知らず、
自分のことで精一杯の自分が恥ずかしかったです。
こんな素晴らしい親からちゃんと授かった命なのだから
胸を張って生きようと思うことができました。
「伝えるは派生する!」
親に伝えることによって、
親も心を開いてくれたのです。
(S.A)
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録音版をぜひお聞きください。
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インターネット環境があれば、だれでもどこからでも
無料で聴けます。
聴取サイトは、http://www.jfn.co.jp/susume/
(MP3ダウンロードのボタンをクリックしてください)
または、iTunesからのダウンロードとなります。
ほんとうにおかげさまで本になりました!
ありがとうございます!
▲『おかんの昼ごはん』河出書房新社
「親の老い」への哀しみをどう表現していいかわからない
私のような人は多いと思います。
読者と表現しあったこの本は、思い切り泣けたあと、
胸の奥が温かくなり、自分の進む道が見えてきます。
この本が出来上がったとき、おもわず本におじぎをし、
想いがこみ上げいつまでもいつまでも本に頭をさげていました。
大切な人への愛から生まれ、その先へ歩き出すための一冊です。
『「働きたくない」というあなたへ』河出書房新社
「あなたは社会に必要だ!」
ネットで大反響を巻き起こした、おとなの本気の仕事論。
あなたの“へその緒”が社会とつながる!
『新人諸君、半年黙って仕事せよ』
―フレッシュマンのためのコミュニケーション講座(筑摩書房)
私は新人に、「だいじょうぶだ」と伝えたい。
「あなたには、コミュニケーション力がある」と。
――山田ズーニー。
▲『人とつながる表現教室。』河出書房新社
おかげさまで「おとなの小論文教室。II」が文庫化されました!
文庫のために、「理解という名の愛がほしい」から改題し、
文庫オリジナルのあとがきも掲載しています。
山田はこれまで出したすべての本の中でこの本が最も好きです。
『おとなの進路教室。』河出書房新社
「自分らしい選択をしたい」とき、
「自分はこれでいいのか」がよぎるとき、
自分の考えのありかに気づかせてくれる一冊。
「おとなの小論文教室。」で
7年にわたり読者と響きあうようにして書かれた連載から
自分らしい進路を切りひらくをテーマに
選りすぐって再編集!
▲文庫版でました!
あなたの表現がここからはじまる!
『おとなの小論文教室。』 (河出文庫)
ラジオ「おとなの進路教室。」
http://www.jfn.co.jp/otona/
おとなになっても進路に悩む。
就職、転職、結婚、退職……。
この番組では、
多彩なゲストを呼んで、「おとなの進路」を考える。
すでに成功してしまった人の
ありがたい話を聞くのではない。
まさに今、自分を生きようと
もがいている人の、現在進行形の悩み、
問題意識、ブレイクスルーの鍵を
聞くところに面白さがある。
インターネット、
ポッドキャスティングのラジオ番組です。
「依頼文」や「おわび状」も、就活の自己PRも
このシートを使えば言いたいことが書ける!
相手に通じる文章になる!
『考えるシート』文庫版、出ました。
『話すチカラをつくる本』
三笠書房
NHK教育テレビのテキストが文庫になりました!
いまさら聞けないコミュニケーションの基礎が
いちからわかるやさしい入門書。
『文庫版『あなたの話はなぜ「通じない」のか』
ちくま文庫
自分の想いがうまく相手に伝わらないと悩むときに、
ワンコインで手にする「通じ合う歓び」のコミュニケーション術!
『17歳は2回くる―おとなの小論文教室。III』
河出書房新社
『理解という名の愛が欲しいーおとなの小論文教室。II』
河出書房新社
『伝わる・揺さぶる!文章を書く』
PHP新書
内容紹介(PHP新書リードより)
お願い、お詫び、議事録、志望理由など、
私たちは日々、文章を書いている。
どんな小さなメモにも、
読み手がいて、目指す結果がある。
どうしたら誤解されずに想いを伝え、
読み手の気持ちを動かすことができるのだろう?
自分の頭で考え、他者と関わることの痛みと歓びを問いかける、
心を揺さぶる表現の技術。
(書き下ろし236ページ)
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