第2回 モノをためない人
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糸井 |
旅行がおっくうだとか行きたくないという
僕の心理をよく考えてみると、
安定した暮らしへの憧れがあって、
さらに細かく分析すると、
「あれ」「それ」といったものが
いつでも手にとれる場所にいたいという
思いがあるんです。 |
白幡 |
居心地のいい自分の日常から
抜け出すのがイヤなんですね。 |
糸井 |
だから旅行のとき必ず爪切りは持っていくし、
忘れたら買う。
僕の「旅行は嫌い」の象徴が、
たくさんたまった爪切りでもあるんです。
ホメオスターシス
−−恒常性を守りたいという気持ちが人一倍強い。
なのにいったん出かけていくと、
実はそういうことを気にしていなかったりする。
この矛盾は何でしょう。 |
白幡 |
忘れてるんじゃないですか、旅先では。 |
糸井 |
忘れてるんですかねぇ。 |
白幡 |
恒常性というか、僕も安定したものは好きですよ。
おととし一年くらいケンブリッジにいたんですが、
その間、何度か日本に帰ることがあって、
そのうち、どっちに定住しているのかわからなくる。
そういうふうに、昔と違って現代は
定住可能地がいっぱいありますよね。 |
糸井 |
旅先で住めば住めてしまう。 |
白幡 |
そういった感覚がいっぱいできあがってくると、
日本人の旅行というものも変わってくるんでしょうね。 |
西江 |
僕なんか、以前は二、三年に五、六回は
住む場所が変わっていた。
引っ越しが好きなんですかとよく聞かれるけど、
先ほどから言っているように、
移り住むのは好きじゃないんです。
同じところにいたい。
だけど定まった住む場所がない。
たとえば東京にアパートを借りても、
そのひと月後には違う場所で
三ヵ月仕事をしなきゃならないとしたら、
結局、留守の間も無駄な家賃を払うことになる。 |
糸井 |
それで、仕事のたびに住む場所を変えると。
いいなあ。
何でいいと思っちゃうんだろう。
ご本人、大変なのに。(笑) |
西江 |
だから僕は何も持っていないというので有名だったんです。
いちおう学問をやっていますけど、
以前は、家に机がないのでみんな驚いたらしいです。
原稿書くのは電車の中やベンチだったり。 |
糸井 |
旅人だなぁ。
今も旅続きですか。 |
西江 |
妻がアメリカ人で、今はアメリカにいます。
息子はオランダ。
それでもここ三ヵ月の間に
家族には二回会っていますし、
今、急にアメリカに行く用事ができても、
僕は平気でこのまま成田に行けちゃう。
荷物はないし。 |
白幡 |
荷物、ないですか。 |
西江 |
ええ。
きょう持っている荷物(A4大の書類入れ)のほうが
多いくらいです。
着替えも持たない。 |
糸井 |
旅に出ると、入浴だとか、歯磨きもしないそうですね。 |
西江 |
したがって手拭いも持ってない。
でも大丈夫です。 |
白幡 |
周りはどう思うか知らんが、
自分としては大丈夫。(笑) |
糸井 |
江戸っ子の感じがしますね。
何か持ってても、
どうせ火事で焼けちゃうんだからというような。
ストックするという考えもないでしょう? |
西江 |
ないですね。
モノが少しでもたまると、
誰かにあげますから。 |
白幡 |
そうか、ストックへのこだわりとか、
モノとのつながりの度合いによって、
旅人から旅行者まで
さまざまに分けられるという感じがしますね。 |
西江 |
クレジットカードはもちろん、
銀行でお金をおろすカードすら持っていないし、
車の免許証もない。
でも困ったことはありませんよ。
四十歳でサラリーマンになるまでは、
健康保険証も持ってませんでした。 |
白幡 |
必需品はパスポートだけ。 |
糸井 |
ビザが必要なところもありますね。 |
西江 |
ビザがいるのに、ビザなしで入った国もあります。
たとえばシーラカンスがいるコモロという国なんか、
みんな入りたくてもなかなか入れないんだけど、
僕は何もなしでそこにも入りましたし。 |
糸井 |
どうやって?
「よぉッ!」(笑) |
西江 |
そんな感じです。 |
糸井 |
水戸黄門の世界に近い。 |
西江 |
「やあ、こんにちは」と入っていくと、
なんだかみんなにあたたかくしていただいて。(笑) |
糸井 |
どこに行っても
地元の人に間違えられる人っていますよね。
海外に行ってるのに、
そこで道をたずねられたりとか。
西江さん、そのジャンルの人ですね。 |
西江 |
そのジャンルです。
僕自身、千葉に行くのもインドに行くのも同じ感覚。 |
白幡 |
僕なんか、旅行の優等生ですよ。
ちゃんとビザもとり。 |
糸井 |
いや、みんなそうです。(笑) |
西江 |
僕もちゃんとビザもらって入ったことは、
もちろん何回もありますよ。(笑) |
白幡 |
秘境、辺境と言われるところにもかなりいらした? |
西江 |
テレビで、日本人が今回初めて訪れた
ギアナの奥地とかサハラのどこだとか紹介してますね。
あれ、僕が以前に住んでいたところの近く(笑)。
うちの子どもは生後四週間で海外に出て、
まだよく歩けない頃に、
マサイ族の真ん中に住んでました。 |
白幡 |
西江さんの場合、
旅の楽しみ方うんぬんといったものを、越えてますね。 |
糸井 |
定住や安定にこだわらず、
この世が浮世なんだと思えば、
西江さんのように楽しくなっちゃう。
いいなぁ。 |
西江 |
旅は楽しいですけど、
その「楽しい」という中に、常に恐怖はあります。
旅をしているあいだはどこに行っても、
瞬間的に何が起こるかわからないという恐怖と
一緒に生きていますから。 |
糸井 |
その恐怖まで含めて楽しみなんですね。
未知との遭遇というか。 |
西江 |
そうです。
ただ、その恐怖まで楽しむという感覚が、
サラリーマンになってから
少し薄れたような気はしますが。
(つづく)
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