BOOK
男子も女子も団子も花も。
「婦人公論・井戸端会議」を
読みませう。

「旅」か「旅行」か

第2回 モノをためない人

第3回
日常からの脱出

糸井 西江さんは生まれも育ちも東京で、
最後は東京に定住しようという気持ちはないんですか。
西江 最後じゃなく、最初からいたいんだけど、
いられなかったんですよ。
白幡 日本は真の旅人には住みにくいですか。
西江 僕は自分の皮膚の外は全部、
「異境」だと思ってるんです。
その異境の中でいちばん怖いところといえば、
東京です。
みんな自分に姿が似ていて、すごくやりにくい。
糸井 スズメの顔を覚えた西江さんにしても、
個体識別がしづらいのか。
それに都市的になっていけばいくほど、
旅人さんは親切を受けにくくなりますね。
袖すりあうも……と言いますけど。
西江 袖、すりあわないです。
ただ、スリに出会うだけ。
糸井 たしかにね。
白幡さんが旅行に行きたいと思うのは
どういうときですか。
白幡 外国から帰って二、三ヵ月すると、
次、行きたくなります。
簡単に言えば、
皮膚感覚みたいなものが飽和状態になってくると、
それを破りたくなる。
糸井 日常のリズムを壊したい。
じゃあ、旅はお祭りでもあるわけだ。
白幡 そうです。
日常というものを
どれだけの期間耐えられるか、引き受けられるかは、
人それぞれでしょうが。
僕はさっき西江さんの話に出た
コモロとか、戦時下のイランにも
行ってみようと思ったことがありました。
だけど現実には我が身一つではないし、
「ちょっとそれはやめといたほうがいいんじゃない」
と言われれば、
「はい」と。
そういうことが自分の常識に取り込まれていますね。
糸井 定住のリズムをどこまで壊せるか。
その度胸はどんどんなくなりますよね。
白幡 年齢が上がるにつれ、
常識だとかずいぶんいろんなものが
皮膚感覚の中に入ってきます。
ただ、それを破りたいという思いは、
意欲としては薄れるにしても、
ずっとあるとは思うんですよ。
糸井 豊かになればなるほど、
守るべきものがたくさん出てくる。
それを守りつつ、
異界とのコミュニケーションを楽しもうとすれば、
旅が旅行化、観光化していくのも当たり前ですね。
白幡 ただ、体験はそのつど新たに生まれるものだし、
どうしたって個人的なものだから、
旅行であっても、旅的な部分は
なくならないんじゃないでしょうか。
糸井 旅の準備で、僕が爪切りを持っていくように、
日常、繰り返していることを、
旅先でも保証するみたいなこだわりはありませんか。
白幡 パスポート、航空券、現金にカード、
これだけは忘れないよう出発前に箱に入れてますけど、
他の準備はまったくしない。
基本的に何とでもなると。
ただ徹底度は西江さんにくらべると……。
糸井 くらべちゃダメですね。(笑)
西江 僕は移動するときには必ず、
行き先の下調べはできるだけ細かくやります。
下調べがあればあるほど移動は楽になる。
白幡 えっ、ちょっと意外な気がする。
西江 いや、事前に図書館などで調べてなくても、
機内や空港に地図とかパンフレットが
置いてあるでしょう。
あれでいいんです。
それを見て、この辺にホテルが固まってるから
安い宿もあるだろうとか、公園とか高い建物といった
目印になるものも見当つけておく。
だから、初めての街でも迷ったり困ったことないです。
糸井 船舶を扱うときには観天望気といって、
湿気とか風、日の光なんかで
状況判断することが大切らしいんです。
それに似ていまね。
言葉の問題はどうですか。
白幡 言葉ができるできないは、
僕はほとんど苦にならない。
どこへ行っても大丈夫だと思っています。
西江 言葉を知らなくても、
歩くくらいは何とかなります。
アフリカの奥地に入って、
はじめて耳にするの言葉を話す人々に出会っても、
その装いやふるまいから、
ある程度は相手を理解するのは簡単です。
白幡 そうか、簡単ですか。
西江 日本語や英語、フランス語、ドイツ語なんていうのは
所詮、同じような仕組みを持ったものの変種ですけど、
人間の言葉には考えられないような
仕組みをもっている言語もざらにあります。
しかし、共通しているのは、
いろいろな音声を使っている点ですね。
たとえば「カ」と言っても、
いろいろな種類のカがあって、
それによって意味が異なる。
糸井 じゃあ、音を聞き分ける。
西江 僕は糸井さんがどんな声を出しても、
今、舌がこう上がっているとか、
どことどこが接触しているとか、
口の中を断面図を、ほぼ間違いなく描けますよ。
そうやって音声を判断し、
あとは組み合わせ、規則性を引き出す。
同じことを意味の単位でも行なう。
言語の仕組みを捉えるには、
「これは何ですか」
と単純に尋ねても無駄です。

(つづく)

第4回 真面目に驚こう

第5回 最後に戻るところ

2000-06-28-WED

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