すごいお母さん、 EUの大統領に会う   香川県丸亀市に 尾崎美恵さんという女性が住んでいます。 ごくふつうの主婦として家を守り、 ごくふつうに3人のお子さんを 育てていましたが、 ある日、たった一人で四国の文化を ヨーロッパに紹介する活動をはじめます。 その行動力はすさまじく、 なんと「EUの大統領」にまで会ってしまいました。 いったい、どんな方なんでしょう。 同じく丸亀市出身の「ほぼ日」藤田が 会いに行きました。
第3回:原動力になったもの
ーー 四国とヨーロッパをつなぐために
「四国夢中人」という市民団体を
立ち上げたとのことですが、
どういうきっかけではじめられたんですか?
尾崎 これがもう、単純なんですけど、
フランス語を教えているとき、
パリで「ジャパンエキスポ」という
やけに盛り上がっている
イベントがあるのを知ったんです。
私、こんな年で
フランス語の講師をやっているんだから、
人ができないことをやらないと
意味がないんじゃないかと。
そこで、「香川のうどんを紹介しよう‥‥」
と考えたんです。
ーー さぬきうどんを。
尾崎 そう。さぬきうどんを食べてほしいし、見てほしい。
それも、ネギや生姜をトッピングするセルフうどん。
フランス料理は出されたものを
食べるというのがあたりまえですが、
うどんには自分で作る楽しさがあります。
「釜揚げ」とか「釜玉」とか、食べ方も
30種類ぐらいあっておもしろい。
たかがうどん、されどうどん、侮るなかれです。
で、そういうものを向こうでも
紹介できたら楽しいのに‥‥と思ったら
すぐに主催者に電話してました。
ーー また!
主催者に直接電話を。
尾崎 ええ、ジャパンエキスポの、パリの主催者に。
「ブースを借りて四国の文化や、うどんを紹介したい。
 イベントの経験は、全くない。オッケーか?」
と聞いたら「オッケーだ」と言われたんです。
ーー わぁ、またトップから許可をもらって。
尾崎 はい。でも、電話を切った後で、
「え、ちょっと待って。できるって言ったって、
 お金もかかるし、私うどん屋さんじゃないし、
 うどん打てないし。どうしよう」
って‥‥。
ーー (笑)
電話かけたあとで、悩む。
尾崎 いつも順番が逆なんです。
でも、もう行くしかないか、みたいな。
しかも私、ジャパンエキスポには行ったことがない(笑)。
話だけを聞いた状態だったから、
どんなところかも分からない。
よく聞いたら、イベントのブース代だけで
かなりかかるんです。
そこで、「四国のPRになるから」と
自治体に支援を頼んだところ、
四国運輸局から
「ブース代は払えませんが、
 荷物の送料なら支援できます」と、
ご提案いただきました。でも、
「送料はいいです。全部背負って行ってもいいので
 ブース代だけお願いできませんか」と言って
最初の年はブース代をお願いしました。
まぁ実際は背中に背負ってなんて行けないから
送料も相当かかりました。
日本からフランスにダンボール箱を
20個送るだけでも、20万円以上必要。
自分の渡航費も要ります。
だからもう、イベントに出展する物品は
みなさんに支援をお願いするしかない。
そのために走り回りました。
ーー どういうものを集めたんですか?
尾崎 まずはうどんですよね。
香川県中のうどん屋さんに頭を下げて、
袋に入ったおみやげ用の「半生うどん」を
たくさん提供していただきました。
それと同時に、新聞社に
ジャパンエキスポに出展するという
エッセイを投稿し、
香川経済同友会でプレゼンテーションして
「香川のPRをするために、ご協賛お願いします」
と多くの方々に呼びかけました。
そして、四国運輸局、香川県、
四国ツーリズム創造機構などの自治体に行って
「英語で作っている観光パンフレットを
 全部フランス語で作ってほしい」とお願いし、
四国遍路のフランス語版パンフレットまで
作ってもらったんです。
香川県はパンフレットなどの送料も
負担してくれました。
ーー うどんと、フランス語版パンフレット。
ほかにご用意されたものは‥‥
尾崎 香川の伝統工芸品を中心に集めました。
知り得る限りの場所へ行き、
提灯、水引アクセサリー、
庵治の石灯篭、漆器、凧などを
提供していただいたんです。
親戚の今治タオル屋さんからは布巾や手ぬぐい。
ほかにも和小物、Tシャツなど‥‥
合計30品目くらいです。
そうそう、丸亀うちわも持って行きました。
うちわは軽いし、いただいたものを
1本でもたくさん配りたいですから
無理にダンボールに詰め込んで。
でも、今考えたらほんとに
おそろしいことをしたなと思います。
ぜんぶ「ただでください」と言って
お願いしてましたからね。
ーー イベントのスタッフを集めるのも
大変だったんじゃないでしょうか。
今見せていただいた報告書には
「イベント会場に搬入・撤収してくれる
 親日派のフランス人が見つかった」
と、書いてあるんですけど‥‥。
尾崎 あ、私が高松駅でナンパした方なんです。
今もものすごくお世話になっていて。
ーー ナンパ‥‥!?
尾崎 ほら、私、「外国人ストーカー」だって
言ってたでしょ?
高松駅でたまたま外国人の男性を見かけて、
何人かも分からなかったんですけど、
「ハーイ!」みたいに声かけたことがあったんです。
そしたらフランス人で、日本語も堪能な方で。
10分くらいしゃべって、
「いつかフランスに行く機会があったら連絡しまーす」
と言って名刺だけは交換していたんです。
それっきりだったんですけど、
ジャパンエキスポに出展することになって
荷物の受け渡しをどうしようか困っていたときに、
ふっと、思いだしたんです。
そういえば、パリに住んでいると言ってたなと。
すがる思いで電話をしました。
ーー ‥‥その方は1回だけ
高松でお会いした方なんですよね。
尾崎 ええ。
ーー どういう方かも分からないのに!
尾崎 ええ。その時点で分かるのは、
パリに住むフランス人で
日本語がしゃべれる、ということだけ。
で、その方に電話して
「こんどパリのジャパンエキスポに
 出展することになったんですけど‥‥」と言ったら、
「おぉ、来い、来い」って言うわけです。
「来い、来いって‥‥あなたは何者でしょうか?」
私のほうが何者だ、って感じだけど。
ーー (笑)
尾崎 またもや順番が逆なんです。
「お世話になります」と言ってから、
相手はどんな人なんだろうと少し不安になって。
私のやってることって、めちゃくちゃでしょう。
それで、最初の年は
長男のお嫁さんも一緒に、パリに行ったんです。
ーー お嫁さんを連れていったんですか?
尾崎 ええ、ちょうど長男が結婚したばっかりで、
お嫁さんは仕事をしてなかったから
「パリ行く?」って誘ったの。
そしたら、
「え、パリ?! 行く、行く!」って。
ーー 本当は、知らない人の家に行くのに。
尾崎 そう(笑)。
そんなの主人にも絶対言えませんよ。
高松で10分だけしゃべった方のところに
お世話になるなんて話。
でも、その方には、
いろんな面でものすごく支援していただきました。
フランスって、宅配便のようなシステムがないんですよ。
つまり、フランスに送ったものを
いったん誰かに引き取ってもらって
当日会場に搬入しないといけない。
それを、その方がすべて引き受けてくださったおかげで
ジャパンエキスポに出展できたんです。
ーー なんて親切なフランス人!

▲お世話になった、親日家のザバヴァさんファミリー
尾崎 しかも、私が荷物をたくさん送り過ぎたせいで、
その方の乗用車には積みきれない。
そしたら、友だちの車まで手配してくださって。
イベント終了後も、荷物を日本へ持って帰ると
また送料がかかるので困っていたら、
「毎年出展するなら、置いといていいよ」
と言ってくださって、
今もその方の納屋に置かせてもらっています。
すべて快く引き受けてくださって
本当にありがたいです。
まぁ、むこうは「ひどい日本人に当たった」と
思っているでしょうね。
ーー (笑)
イベント自体は、どうでしたか。
尾崎 4、5日間は立ちっぱなしで、
忙しくて食事が全くとれませんし、
クーラーのない会場に
入場を待ちわびていた数万人の若者が
怒涛のように押し寄せてくるんです。
もう何が何だかわからない状況で、
迷子にならないようにするのが精一杯でした。
ーー 想像しただけで大変そうです。
「ほぼ日」も、ときどきイベントをするんですけど
1日だけの開催でも、けっこう準備が‥‥。
尾崎 大変でしょう。
ーー はい。
それを5日間も外国でやるなんて‥‥。
尾崎 とにかく日本語は全然通じないわけだから
そのストレスだけでもすごいし、
楽しい気持ちなんて、微塵もないですね。
ーー 微塵もない(笑)。
尾崎 微塵もないですよ。
睡眠不足と過労でげっそり痩せました。
ただね、みなさまの協力を得て、
この大規模なイベントに参加できたことで、
ヨーロッパの人達がどれぐらい日本に対して
熱い思いを持っているかというのを
全身で感じたんです。
「これは何かやらないといけないぞ!」
と思いました。

▲ジャパンエキスポにて、
 日の出製麺所による「手打ちうどんの実演」。
ーー いっそうの情熱を燃やされたんですね。

▲在仏日本大使館公邸での前夜祭。
尾崎 ええ。そして、ジャパンエキスポの前夜祭が
在仏日本大使館公邸で行われたんですけど、
我々もそこに招待されて行ってみたら
なんと、持参したあの丸亀うちわが、
大活躍してくれました。
うちわを手にした招待客が、
涼しそうに扇いでいるのを目の当たりにして、
「海外に四国を売り込める」
と確信したんです。


(つづきます)
 
2014-06-23-MON

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