岩井澤健治監督の長編アニメ映画「音楽」を、オススメします。
長編アニメ映画、と聞くと、
今まで自分が観たことのあるアニメを
なんとなく想像するかもしれませんが、
「音楽」はそのどれとも違う映画です。
とは言っても、アニメはアニメだとあなたは思うはず。
そりゃあそうです。でも、違うんです。
明らかに「音楽」はほかのどのアニメとも違う。
この映画の凄さを伝えるには、
まずはその制作の背景や
プロセスを伝えるしかありません。
この映画の制作がスタートしたのは、2012年。
そうです実に、8年前。
その制作期間中、
監督がたったひとりでコンテを描いたり
作画をしている時期は、びっくりするほど長い。
もちろん作画や音響、撮影のスタッフの方たちも
予算とタイミングに応じて参加しているとはいえ、
制作への意思において断固揺るがぬ
「個人」である監督が
静かにその中心にひとり、ずっと作っている。
劇場版完成までの制作期間は、
7年5ヶ月15日です。
40000枚超の作画は、このデジタル全盛の時代に、
手描き(さらにそれを清書)。
長編アニメ映画「音楽」は、
石の上に居座って石が超絶熱くなるような状態を
じっくりジリジリ7年半続けることによって産み出された、
壮大な長編アニメ映画なのです。
この映画の異様さと凄みは、
完成後、すぐに作品として評価を得ます。
ついに全編がおおよそ完成し、
クラウドファンディング向けの上映がされたのが、2019年9月。
同月、第43回オタワ国際アニメーション映画祭
長編コンペティション部門で、
みごとグランプリを受賞しました
(この映画祭においては過去に
山村浩二監督が短編部門で、
湯浅政明監督が長編部門で
グランプリを受賞しています)。
以降、さまざまな映画祭で招待上映されつつ、
71分に及ぶ劇場版が完成したのは、
2019年11月27日。
そして、そんな壮大な個人制作長編アニメ映画の
全国映画館での上映が、
2020年1月11日からついにスタートしました。
原作は2005年に出版された
大橋裕之さんのマンガ「音楽と漫画」。
独特のタッチ、特徴的な間とコマ割り。
描かれる場面のいくつもが
読み終わったあともじんわり、
そしてハッキリと心に残ってしまう、名作です。
楽器を触ったこともない不良たちが
バンドを組む、というこの物語を、
岩井澤監督は「ロトスコープ」という技法を用いて
制作することにしました。
「ロトスコープ」とは、
いちど実写で撮影した動画をもとに
それをなぞって複数枚の静止画を描き、
アニメーションにする手法です。
いまサラッと説明してみましたけど、
勘のいい方は思ったでしょう。
「それはどうかしてる。」
はい。僕もそう思います。
その技法を知った上で、
完成されたものを観終わったいまでも思っている。どうかしてる。
だって、くりかえしになりますけど
71分あるんです、この映画。
1秒間のアニメーションをつくるのに、
10〜12枚の静止画を手で描く必要がある。
そして背景画も、別に描く。
ああ、もう書いてて怖くなってきた。
なんでそんなことができたんでしょう。
制作のながれはこうです。
まず映画のコンテ通りの動画を撮影する。
もう、これもサラッと書いちゃいましたけど
あたりまえのことながら
俳優さんに演技してもらう必要があります。
カメラも要ります。ロケだって必要です。
バンドの物語なので演奏シーンもあります
(実際にこの映画のためにフェスを行い、
シーンを実写撮影しています)。
もうここまで書いたので
余計なあたりまえも書いちゃいますけど、
スタッフも含めぜんぶ人間がやってるので
撮影のために移動しますし、ごはんだって食べる。
フェスのステージだって作らなきゃいけないし、
演奏してもらうバンドの人も要る。
そこにかかる時間‥‥そして費用‥‥!
そしてその、すごい時間をかけて撮った動画を、
1秒あたり10枚ほどの静止画にします。
動画はここで、いったん静止画に。
え‥‥?
そしてそこから背景を取り除き、
人間だけをアニメのキャラにデフォルメして描く。
ええ‥‥?
そしてそれを別に描いた背景画とあわせて、
つなげてアニメーションにする‥‥
うわああ‥‥それを71分、
つまり4260秒ぶん‥‥×10枚としても、
えええええ‥‥!?
さらに声優さんをオファーし、収録し、
劇伴を足したり合わせたりする時間、
編集する時間も、
そして素人には思い至らないような映画制作のさまざまな手間、
関わる人達の作業が、きっとある。
想像してみるだけでもすごい。ああ怖い。
そんな狂気じみた制作をみごとに終わらせ、
完成させたのがこの岩井澤健治監督の
長編アニメ映画「音楽」なのです。
それでももちろん、
いくら苦労して作られた作品でも、
原作が名作でも、映画祭で賞を得ていようとも、
声優陣が豪華でも、参加ミュージシャンが素晴らしくても、
面白いとは限りません。
いくら製作期間が長かろうが、
だれがどう苦労しようが、
おもしろくないものは、世の中にある。
それが表現の別の怖さです。
でも、大丈夫です。
すっっっっごいおもしろいです、この映画「音楽」!
ところどころクスクスわははと笑っちゃうし、
キュンとするところも、
ハラハラするところもある。
そしてバンドの出てくるシーン。
主題通り、「音楽」が好きな人にはかならず響く。
セリフのあのびっくりするくらいの間。
そして、音。
味わったことがない種類の感動。
あとこれぜんぶ手で描いたのかと思うと
やっぱり頭がクラクラする。
映画として、エンターテイメントとして、
ほんとうにちゃんとしてるし、こんなの観たことない。
この作品に7年半の時間を費やした監督の、
その静かで狂った情熱に、
拍手をおくりたくなるはずです。
唯一、この映画に難があるとしたら、
それはものすごく検索しづらいことじゃないでしょうか。
検索が幅を利かせたこの時代に、
タイトルまわりに一般名詞が多すぎるよ、
長編アニメ映画「音楽」。
でもそんなことはもういい。
それも言ってみれば、ロック。
とにかく劇場で、ぜひ観てください。
きっとだれかに話したくなります。
渋谷パルコ4階「ほぼ日カルチャん」では
2020/2/22(土)から
映画「音楽」の原画展示と販売(!)、
およびTシャツ・パーカー・バッグの販売を
おこなっています。
ぜひ、こちらもお越しください。