第1回 誰にも見てもらえなかった。
※対談には、『えとえとがっせん』の編集を担当した筒井大介さんと、
装丁を担当した大島依提亜さんも同席してくださいました。
- 糸井
-
ぼくが石黒さんのことを知ったのは、
いつが最初だったのかな。
- 石黒
-
たしか一度、南青山のビリケンギャラリーで開催した
「化け猫展」にも来てくださいましたよね。
- 糸井
-
そっか、「化け猫展」のときからか。
あそこはぼくの散歩コースなんですよ。
- 石黒
-
そうなんですね。
それと、いつだったか、
伊藤の描いた漫画、
『伊藤潤二の猫日記 よん&むー』を
ほぼ日で紹介してもらっているんです。
私、それに出てくる「A子」です。
(※伊藤さんは石黒さんのご主人です。)
- 糸井
-
ああ。そう考えると、石黒さんのことを知ったのは
『よん&むー』が一番最初だったのかも。
いろんなところで石黒さんと、
すれ違っていたんですね(笑)。
- 石黒
- そうですね。
- 糸井
-
それから、石黒さんの絵本『いもうとかいぎ』を見て、
これはすごいなぁと思ったり、
その間に、猫の漫画をTwitterで見せていただいたり。
- 石黒
-
はい。Twitterで猫や家族の絵日記を
ちょこちょこ描かせてもらっていて。
- 糸井
-
ああいう表現は、
インターネットがものすごく向いてますね。
石黒さんのように、ちゃんと絵を描ける人が、
あえて左手で描いたみたいなものが
Twitterで泡のように出てきていて、
ぼくはそのこと自体に興味を持ったんです。
最近、雑誌『考える人』に、
漫画についての連載を頼まれて、
「ぼくは専門家じゃないけど、
興味あることだけでいいんだったらやるよ」と言って、
石黒さんとヒグチユウコさんの漫画を取り上げたんです。
どちらも、Twitterでさっと描くものが、
すごくおもしろくて。
手は抜いているんだけど、心を抜いていないというか。
- 石黒
-
そうですね。
手は抜いてますね(笑)。
- 糸井
-
抜いてますよね(笑)。
抜いてないと描けないでしょう、あれは。
- 石黒
-
はい。
そのときおもしろかったことを
その場で描くという感じなので、
丁寧に描いていると、
このおもしろさが消えちゃうと思って焦るんです。
それで、あれくらい雑になっちゃいます。
- 糸井
-
個人的な日記じゃないけど、
発表もしないかもしれないというくらい、
ギリギリの感じがありますよね。
何だろう、枕草子も
そういうふうに書いたんじゃないかなと思います。
似たようなことをヒグチさんもなさってますね。
パーンとすごい速度でTwitterにアップされてて、
自分も出てくるし、ファンタジーもあるし、
たまにホロリみたいなものもあるし。
- 石黒
-
あぁ。
私もホロリ‥‥あるかな。
- 糸井
-
いや、おたくなんてもう
姉妹ものとかで、
「たまんないな」みたいなものがありますよ。
お子さんは読んでいるの?
- 石黒
-
はい。勝手に見てます。
下のコなんか特に自分のことが大好きだから、
自分が描かれていると嬉しいみたいです。
- 糸井
-
子どもはだいたい自分が大好きですよね。
ぼくも、娘のトイレトレーニングのときに、
下手な絵を描いて絵本をつくって読ませたら、
サッとできるようになったんです。
娘が主人公になって、
「わたしはトイレが大好きです。
こうやって座ってちゃんとオシッコします」
というものだったんだけど、
ケラケラ笑って喜んでました。
- 石黒
-
あぁー、それはいいかも。
子どもはそれ、絶対やりますね。
- 糸井
-
ここのところ、ぼくは
普通の漫画を読まなくなっていたんですよ。
何かを感じてほしいものに対して、
「疲れるからいいよ」みたいになっていて。
なのに、Twitterを通して目にする、
休み時間に描いた漫画、みたいなものには、
すっごく手が伸びるんです。
「さあ、おもしろい話するよ」
という人の話を聞くよりは、
ブツブツつぶやいている人のほうがおもしろい、みたいな。
- 石黒
- (笑)
- 糸井
-
とよ田みのるさんという、
ちゃんとした漫画を描いている人がいるんだけど、
彼も、自分ちの子どものことを描いた漫画を
遠慮がちにTwitterで描きはじめたら、ウケちゃった。
子どものかわいさをそのまま描くのは恥ずかしいから、
子どもと奥さんを「たぬき」にして描いてるんですけど、
それがまたかわいいんです。
読者と正面入口から会っていないようなものこそ、
かえって作者の力量や世界観が分かるんですよね。
というわけで、石黒さんの漫画も
Twitterで読んでいて好きだったんですけど、
最近はなんか、
「実は、こういうこともできるんです」みたいに、
ドドドドッとちゃんとした作品を出されてますよね。
急にやる気になったんですか?
- 石黒
-
(笑)いやいや、私、けっこう経歴は長いんです。
20代からずっと妖怪の絵を描いていました。
ただ、全然誰にも見てもらえなかったんです。
- 糸井
- 見ないですよ。
- 石黒
-
(笑)ですよね。
妖怪を描いている人って、ほぼいないし、
持ち込んでも突っ返されて。
で、30代のはじめに結婚して、子どもができて。
そうすると育児でブランクが空いて、
その期間、本当に何にもしなかったんです。
誰にも見てもらってなかったくせに、何もしなかった。
‥‥あ、ちがう、途中で一度、
本を出してもらったことがありました。
- 糸井
- へえー。
- 石黒
-
出版社に持ち込んだら、たまたま編集長が見てくれて、
「なんか、おもしろいね。
ちょっと出してみようか。
今の世の中、何があたるか分かんないからね」って。
- 一同
- (笑)
- 糸井
- そのセリフを言ったんですか。
- 石黒
-
そう。すごく覚えてます。
で、必死になって1年かけて描いて出したのが
『平成版 物の怪図録』という本です。
でもやっぱり売れなかったんです。
初版で絶版になりました。
- 糸井
-
まぁ、何が売れるか分かんないけど、
だいたい売れなさそうなものは、
売れないんですよね。
- 一同
- (笑)
- 石黒
-
そうです、本当に変わったものを
出してくれましたね。
こっちは、
「絶版になったけど嬉しいな、私の本ができた!」
という感じでした。
その後、本格的に育児に入って
何もしなくなったんですが、
それでも最初から見ていてくれた
編集さんがいたんです。
子どもの手が離れたころ、その編集さんが、
「何か出そうよ」と言ってくれて、
イソップ寓話の「猿の裁判」という話をネタにして、
『おおきなねことちいさなねこ』
という絵本をつくりました。
それもまた全然ダメで、絶版になりました。
その絵本は昨年復刊しましたけど、
当時は初版絶版が2回続いたんです。
それで、ずっと書き溜めていた妖怪の絵を手に、
「もうちょっと動かなきゃ」と思ったんです。
実は『平成版 物の怪図録』を出したころから、
私の作品を京極夏彦さんが見てくださってまして。
- 糸井
- 妖怪つながりですね。
- 石黒
-
はい。
声をかけ続けてくれていました。
それで、京極さんつながりで
ギャラリースペースが借りられると聞いて、
京極さんの何かのパーティのときに
ノコノコ出かけて行って、
担当の人に「個展やりたいんです」と言ってしまいました。
そしたら「いいですよ」と言ってくださったので、
神楽坂のギャラリーで個展を開いたんです。
だけどそのあとも特に何もなく‥‥。
描いてはいたけど、何もないというのが続きました。
- 糸井
- それは何年くらい前の話ですか。
- 石黒
-
そんなに昔じゃないです。
だから、ここ何年かで、急に状況が変わったんで、
ちょっとオロオロしてます。
- 糸井
-
おもしろいですね。
急にがんばったんじゃなくて、
急に周りの目が向けられはじめたんですね。
(つづきます)
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